特攻兵器ヘルタースケルター

ヘイ

最低最悪の兵器

 

 

 戦場を駆けるは数多の車椅子。

 脳波接続によって一早い機動を可能とした戦術兵器、名称をヘルタースケルター混乱を齎すモノと呼ぶ。

 車輪の上に取り付けられたポケット。その中に格納された強化ワイヤーに繋がれたサイドアームが飛び出し、敵の戦車を掴む。

 それに自らの身を手繰り寄せるようにして加速する。

 ヘルタースケルターの運転速度は時速にして二百十キロメートル。この走行速度はヘルタースケルターの軽さが可能としている。

 軽量兵装、ヘルタースケルターに与えられた機能は恐怖を取り去る事と、如何に相手に効率的に接近するかである。

 

「ひっ!」

 

 本来、怪我人などが乗用することを目的とする車椅子を兵器として流用したヘルタースケルターは、生命の有効活用をモットーに作り上げられた。

 だが実際の所は人間を単なるパーツとしか考えない危険思想とも言える兵器である。

 至る所で爆発が起きる。

 それも高威力。

 

「…………」

 

 血液をも蒸発させるほどの高温爆発。

 軍用ドローンの映像にはヘルタースケルターが戦場で猛威を振るう様子が映し出される。

 

「臆するなッ! 掴まれる前に殺せ!」

 

 指示を飛ばすのは一人の軍人だ。

 右手には東洋由来のものと思われる反り返った剣。

 

「そうは言っても……!」

「たかが時速二百キロ! 銃の方が早い!」

 

 ただ、問題だったのは銃弾が当たってもヘルタースケルターの勢いは止まらないと言う事だ。

 痛みを持ってしてもヘルタースケルターは停止しない。

 

「頭を狙え! あの頭から伸びるコード! 大方、あそこが重要な機能を果たしているのだろう」

 

 そう言いながらもヘルタースケルターに搭乗するパイロットを縦に真二つに切り裂く。彼の活躍はさながら刀の英雄。一騎当千の怪物だ。

 

「む、無理だ、当たらない! 狙いが定まらない!」

 

 彼が言った通りに頭を狙おうとするが的が小さくなっただけ。

 

「おい、テムズ!」

「い、嫌だ!」

 

 褐色肌の男の腕をヘルタースケルターのサイドアームががっしりと掴む。武装をしていても関係ないだろう。

 

「た、隊長……たす、け……」

 

 暴走した巨大なエネルギーが刺激され半径五メートルを吹き飛ばす。

 

「ぐぅっ……」

 

 近くにいた刀を手にした彼も爆風に煽られ吹き飛ばされてしまう。

 

「拙い……!」

 

 最悪の光景だった。

 戦場の至る所で爆発が起きている。人が死んでいく。仲間だけでなく敵も。

 最初は笑っていたはずだったのだ。

 車椅子が戦場に来るなど。大人しく家に帰っていろと。

 だが、結果はこれだ。

 爆弾を積んだ車椅子が彼等を掴んで離さない。相打ちをそもそもの目的として作り上げられた悪趣味な特攻兵器。

 それこそがヘルタースケルターだ。

 

 

 

 

 

「どうですか! 議員様方、ヘルタースケルターの能力は!」

 

 先程の様子はプロモーション。

 全ては連邦議会への提案のために。

 

「素晴らしい……! だが、気になるのは東洋の剣術使い」

「ああ、君達のヘルタースケルターに勝るとも劣らない気迫! まさに剣鬼だ!」

「カメラの映像だと言うのに喉元に切先が突きつけられたようにビリビリとしたよ!」

 

 腑抜けた感想を述べて彼等は笑う。

 ヘルタースケルターの活躍を見せた若き天才女性科学者は歯噛みする。

 注目を浴びるべきはヘルタースケルターだろう。量産型、誰にだって乗れる。人さえいれば低予算で生産可能な兵器だ。

 退役間近の人間、四肢を欠損してしまった使い物にならない兵士でも乗せて戦場へ送り出せば良いだけなのだ。

 

「私が聞いているのは、ヘルタースケルターを連邦の正式な兵器として運用するのか、否かです!」

 

 顔を真っ赤にして女は怒鳴る。

 議員も驚いたように目を見開くが、怒りを覚えたような様子ではない。

 

「失礼……」

 

 一つ息を吐き女性が謝罪を述べる。

 

「良いのではないか?」

 

 響めきが起きた。

 引き起こしたのはぷっくりと膨れた腹を持つ逞しい髭を生やした老人。その目には邪智が宿る。

 

「どうせ死ぬのは幾らでも換えの効く凡骨。儂等には影響などあるまいて。好きにしたら良かろう」

「そ、それもそうですな!」

「議長殿の仰る通りです!」

 

 議長、ハンズリー。

 自らを太陽と宣うこの男は、この場における意思決定権を有しているのだ。

 彼の決定が結局のところは議会の決定であり、多数決と言っておきながらもハンズリーの意思で全ては変わってしまう。

 

「では、ヘルタースケルターを正式に連邦の武装として取り扱っていただくと言う事で……」

「許可しよう」

「ありがとうございます!」

 

 快い返事をもらえた事に満足をしたのか白衣をはためかせ、女は退室した。

 狂気的な笑みを浮かべて。

 

 

 

 

 

「よぉ、くそ女」

 

 あの戦線で生き残った男。

 全てのヘルタースケルターの爆発、爆風から逃れ切り刻んだ傑物。

 クロス。

 今は牢の中、首輪を嵌められ鎖に繋がれている。

 人を食い殺す虎であろうともここまで厳重に縛り付けて仕舞えば恐るるに足りない。

 

「どう言うつもりだ、こんな所に入れやがって」

「あら、随分やつれたのね」

「二ヶ月だ……。お前が人を人とも思わない手段を使い、俺を疲労に追い込み麻酔弾を打った」

「ええ、対処方法なんてそれくらいしか思い浮かばなかったから」

「今ここに刀があればお前を斬り殺してる」

「もしもの話をする男は嫌われるわよ」

 

 一度でもこの檻を開けば凄まじい威圧を飛ばしてくることは明らか。一度、彼女はそれでやらかしをしている。

 害がないと理解しているのにあわや失禁しかけたのだ。

 

「それに今のアナタは囚われて直ぐほどの気迫が欠けている。無理な話ね」

 

 原因は眠りそうになるたびに覚醒状態へと引き戻し、飯を食べさせないという拷問じみた状況を作り上げていたからだろう。

 だと言うのに、クロスは未だに発狂状態に陥る様子を見せない。常人であれば既に死んでいてもおかしくないはずなのに。

 

「アナタの異常な精神力が気になるのよね」

「教えるか、バァーカ」

「そう、なら眠らせてから確認させてもらうわ」

 

 答えも聞かずに麻酔を打ち込む。

 

「て、めぇっ……」

 

 しっかりと崩れ落ちたのを確認して彼女は檻の鍵を開く。

 

「さて、と」

「────俺もさてどうしようかなって所だ」

 

 声が聞こえた瞬間にはもう遅い。

 クロスは女性に馬乗りになり手を縛る鎖を彼女の首に当てる。

 

「か、はっ」

「テメェを殺すか、情報を吐かせるか。いや、殺した方が早いか」

 

 そもそもに引き出したい情報というものがクロスには存在していない。

 仲間が死ぬ要因を作り出したこの女を殺したところで心は痛まない。

 

「こ、れが何か……分かるか?」

「分からなくともお前を殺せば関係ねぇよ」

 

 クロスの結論に間違いはない。

 いちはやく殺してしまえば彼女の手にある何かは意味をなさない物となる。

 使おうとしても使わせない。

 これが戦場の鉄則だ。

 

「どうせ俺のこの首輪の爆破装置とかだろ。それこそ意味ねぇよ、寧ろ止める意味がねぇ」

 

 ミシミシと女性の首から音が鳴る。

 呼吸ができない、力が入らない。彼女の右手からスイッチが転がり落ちる。

 

「ふんっ」

 

 ボギンと、不気味な音が鳴った。

 完全に首の骨を折ったのだ。

 

「これで終わりか。随分呆気ねぇのな、科学者ってのは」

 

 生身ではこんなもの。

 ヘルタースケルターほどの脅威にはならないのは当たり前のことだ。

 

「おい、お前らの仇は取ったぞ。……で、これからどうしたもんか」

 

 死体と成り果てた女の懐を弄り鍵を取り出し、危険性の高い首輪から順に外していく。

 

「ふぃーっ、ようやく解放っと。寝みぃが先にずらかるか。死体とおねんねする気もねぇからな」

 

 ただ、問題は次の局面へと転がっている。ヘルタースケルターが連邦全土での一番武装として運用されるという事は彼女が死亡したからと言って変わらない。

 

「出来ることっつったら、内部からの破壊工作、か」

 

 当面の問題はどのようにして、連邦の目を欺きヘルタースケルターの破壊工作を進めるかだ。

 こうして、クロスの暗躍が始まる。

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