第4話 クリフとクマゴロー

「どうだ、すごいだろ。これ全身クレーンゲームで取ったんだ」


 私は大学で偶然会った、半年前にペロペロキャンディをくれた人物に自慢した。にゃにゃタロ全身コーデ、素晴らしいだろ、ホレホレ。


「、、、うん、すごいね。かわいいよ」


 にゃにゃタロのかわいさは全国共通。男子大学生にもかわいいと評されるのも間違いない事実。彼の後ろで女子大生の集団もカワイイカワイイ騒いでいる。


 しかし、彼は何か言いたそうな表情でこちらを見ている。このコーデに何か不満があるのか。


「正直に言っていい?」


 彼の言葉に私は頷く。


「確かにクレーンゲームで取れたモノを自慢したい気持ちは痛いほどわかる。けれど、キャラクターが大きく描かれているものを周りを気にせず着られるのは、せいぜい幼稚園か、小学生低学年あたりかな。しかも、全身コーデとなるとさらにハードルは上がるね。一般人がソレを着れるのは何かのイベントとか、本人に世間の目が気にならないほどの主張がある場合とか?まあ、クリフさんは似合っているから良いと思うけど、大学生が着るならせいぜいワンポイントがついたTシャツやパーカーかな。マスコットをバッグに一つつけるぐらいとか、そんな感じで一日で全部見せるんじゃなく、日替わりで一日一、二個ずつ身に着ける程度で良いんじゃないかな」


 後ろの女子たちは、正論なんだけどカワイイからいいじゃんとか、カワイイは正義とか彼に抗議している。

 正論なのか。。。


「ためになる意見をありがとう。全身にゃにゃタロに包まれたい気持ちが先走ってしまったが、確かに言われてみると全身主張しすぎていて子供っぽい感じがあるかもしれないな」


 彼は頷いている。


「クリフさんは大人の女性だからわかってくれると思っていたよ。日本での生活が黒歴史になったら、それこそもったいないからね」


 どうも彼はこの言葉を後ろの女性たちに聞かせているようだ。良識ある人間というのは彼のことを言うのであろう。


「ちょっと何するのよっ」


 私の後ろで声が上がった。女子学生数人がスマホを構えているが、男性がその前に手で邪魔をしているらしい。


「本人に無断で写真を撮るのは良くない。盗撮だ」


「だって、かわいいんだからいいじゃない」


「どきなさいよっ、このクマゴローっ」


 女子数人がクマゴローと呼ばれた男性に牙をむく。その男性は大柄で筋肉質ではあるのだが、脂肪も適度についている。特徴的な外見なのはざっくりと切った髪に、伸びている髭だ。大学生で髭を伸ばしている人物ははじめて見た。印象は山から下りてきた熊。クマゴロー、そのままの名前だ。


「名は体を表す。さすがだ、クマゴローとやら。褒めて遣わす」


「クリフさん、彼はクマゴローという名前ではありません」


 慌てて訂正した彼の表情から言いたいことは別にあると悟る。


「お、そうなのか。なるほど、蔑称か」


 私は彼をクマゴローと呼んだ女子たちに薄く笑った。私をその辺の留学生と同じに見てもらっては困る。ちょっとドス黒いオーラが私から漏れる。


「いや、べつに、クマゴローと呼ばれるのも愛嬌があるし、俺は特に気にしていない」


「そうだよな。クマゴロー良いよな。にゃにゃタロの親戚か友人に良そうな名前だ。お前もあの名前に合っていて、すごくカッコイイぞ」


 クマゴローと呼ばれた男性の言葉にかぶせるように食い気味で、力説した。熊、最高ではないか。熊の毛はモフモフというよりゴワゴワだが、私のキューティクル魔法があれば、どんな頑固な毛でも一瞬でモフモフにできる。見た目がモフモフなら、モフモフになれるのだ。モフモフ最高!


「私もクマゴローと呼んでいいか?」


「もちろん」


 クマゴローの笑った顔もかわいい。


「さて、お前たち」


 私は蔑称としてクマゴローと呼んだ彼女らに向き直った。何を言われるのか身構えている。


「本人が嫌がるあだ名で呼ぶのはナンセンスだ。いじめに他ならない。そして、本人の許可なく無断で写真を撮影するのもいけないことだ。だが、反省して今後態度を改めるなら、私と一緒に写真を撮ろうではないか」


 私の言葉に、彼はあちゃーという顔をしている。

 私なりのいわゆる大岡裁きなのだ。

 彼女たちの今後の行動に期待だ。

 盛り上がった数人が私の撮影会をはじめると、他のやじ馬たちも寄ってきた。





「クリフさん、大丈夫?」


 大丈夫?という言葉には様々な意味が含まれている。クマゴローと騒いだ女子たちや周辺にいて便乗してきた他の者たちは去っていった。今は私と、彼と、彼の親衛隊女子たちと、クマゴローがいる。


「ふっ、大丈夫だ。コレは黒歴史なのだろう。ならば、記録には残させない。そこの女子たちも先ほどスマホで撮っていただろう」


 彼がジト目で後ろの女子たちを見た。

 女子たちがごまかそうとしたが、一人がスマホを見ていた。


「ないっ?」


「え?何が」


「さっき撮った写真、クリフさんのがないっ」


 女子たち全員がスマホを確認する。彼女らの表情が物語っている。


「誰も彼もこの姿の記録など残させない。だから今ここにいる者だけに許そう、自分の記憶に残すのだけは」


「そうきたかー。さすが、魔法の使える世界から来ただけあるー」


 彼の称賛は胸を張って素直に受け取ろう。

 ついでに彼に頼む。


「私のスマホでクマゴローと写真を撮ってくれないか」


 了承した彼に撮り方にいろいろ注文を付ける。クマゴローも快諾してくれる。


「ちゃんと全身が入るように撮ってくれ。やっぱりクマゴローの髭もゴワゴワしているな。やはり魔法でふわふわのモフモフに」


「何かブツブツ言っているけど、撮るから、笑顔ー」


 何枚かポーズを変えて撮影してくれた。


「はい、良い笑顔でした。この記録がこのスマホだけにしか残らないのは残念だね」


 彼からスマホを返される。写真を見ると綺麗に写っている。


「うーん、お前なら特別に撮影しても良いぞ」


「うーん、遠慮しておく。後ろの女子たちにデータ送って、って言われそうだし」


 おおう、後ろの女子たちが私の発言を聞いて目を光らせていたぞ。アレが捕食者の目か。うかつな発言は気を付けなければ。


「すまんな。また、こちらの世界でおかしな服装とか行動とかあったら指摘してくれると助かる。皆、カワイイとかしか言ってくれないのでな」


「それも仕方ないねー。クリフさんはかわいいからね。まあ、俺だけの視点だけじゃなんだから、クマゴローにも聞いたら?」


「それもそうだな。クマゴローもよろしく頼む」


「ああ。ただ俺の常識がここの常識と同じかというと疑問が残るが」


 クマゴローが頭を掻く。うんうん、この世界で一緒に成長していこうな。この世界では常識というモノは人の数だけあるというからな。


「いろいろな意見を聞いて選択するのは己自身だ。私は選択の責任を他人に擦りつけることはしない。安心して意見を言うが良いぞ」


 人の意見をまず聞く。

 キャラクター全身コーデがお子ちゃま向けだったとは。

 今回もまず誰かに聞いていれば、大学にこの格好で行くという間違いはおこらなかった。

 意見を聞く人間は選ばないといけないが。カワイイカワイイを連呼する人間は参考にならないのでまず省く。


 どんな意見でも私は許容する。

 私がこの世界では一番年上だからな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る