第7話ベネット、片をつける
その時、いきなり店の入口から道路工事で使うローラー車が中に飛びこんできました。
「うわーー!何だこりゃーー?!」
突然のことに慌てふためき、運転席の人影に散弾銃をめったやたら発砲するヒョロ。
「ちくしょー!これでもくらえ!」
私たち人質の三人も、近くのテーブルの下に急いで隠れました。
「ったく、今日は厄日だわ!!」
しばらくして銃声が止んだ後、私はゆっくりと顔をテーブルの上に上げました。
「なんだってこんなもんが?」
「駅前で道路工事してたろ。多分あそこからもってきたんじゃね?」
私の目に映ったのは、そう言いながら、エンジンがうなり声を上げたまま停車しているローラー車に歩み寄る二人の姿でした。
「おい、これって?!」
二人組のうち、ヒョロの方が散弾で蜂の巣になった人影を見て、そう大声で叫びました。
「そんな、バカな。な、なんで……なんでこの娘がここにいるんだ!」
二人の驚いた様子は尋常ではありません。
一体誰が運転してたのでしょう?
私は目を細めて、運転席の人物を凝視しました。
そこに乗っていたのは……。
「へっ?人形?」
そうなんです!
運転席にいたのは、等身大の下着姿の女性の人形でした。
でも、その人形、最初はマネキンかと思ったら、どうも違うみたいなんです。
顔がなんかアニメのキャラみたいですし、胸に〇首とかついてて、やたらリアルな出来なんです。
「ああ~、クルミたんを撃っちゃうなんて、なんてことをするんだよ!」
どうやらあの人形の名前は「クルミたん」というみたいです。
「ホントにクルミたんか?」
「間違いないよ!エロデパートに僕たちが取り置きしておいた、最後の一体だよ!どうするんだ!次の再生産は何時になるか分からないんだよ!」
「言われなくても分かってる!だから50回ローンを組んで予約したんじゃないか!」
……あんな人形に50回ローンって。
一体何に使うんですか!
私の想像の限界を遥かに超越してますよ!
つーか、あまりに恐ろしすぎて想像したくもないですよ!!
「でも、一体誰がこんなことを?」
バターーーン!!
次の瞬間、裏の勝手口から、拳銃を構えたベネットさんが飛び込んできました。
「残念だったな。トリックだよ!」
「ベネット先輩!」
思わず、喜びの声を上げるサリーちゃん。
ああ~、やっぱりこの人でしたか。
助けにきてくれたのはいいんですけど、これじゃあ、どっちが悪役か分かりませんよ!
今度助けに来る前に、ちゃんと「I WILL BE BACK」って言って下さいよね!
「くそー!ふざけたマネしやがって!銃を捨てろ!じゃないとこいつらの脳みそを床にぶちまけるぞ!」
私たちに銃口を向けながら、そう大声で叫ぶヒョロ。
ベネットさんが助けに来て、状況はむしろ悪化したといえるでしょう。
「さっさと捨てろ!それともこのダイナマイトで木端微塵になりたいか!」
デブも負けじと、身体に巻いたダイナマイトから伸びているコードの先の起爆スイッチを見せ付けます。
大丈夫、人質は私だけじゃないんです!
いくら何でも大事な後輩のサリーちゃんやクックちゃんを危険に晒すわけないですよね。
きっと何か考えがあるに違いありません。
そうですよ、きっと……。
「好きにしな。俺様の店じゃねーよ!」
……何もないみたいです。
「こんなボロ店、跡形もなく木端微塵にしてくれた方がスッキリすらぁ」
ベネットさん、後で絶対叔母さんに言いつけてやりますからね!!
しばらく、三人はにらみ合い、緊迫した時間が続いた後。
「まあ、落ち着けよ。うちの店にクレームがあるんなら、話を聞こうじゃねーか。これでも俺様、話の分かるほうでね」
と、言いながら、ベネットさんは拳銃を下し、店の床に放り投げました。
「話すことなんかない!俺たちは勇者なんだ!この魔宮に巣くう邪神とお前ら手下どもを倒すためにやってきたんだ!」
「邪神?魔宮?なにバカなこと言ってんだ。ここはただのメイド喫茶だろうが」
……いや、ただのメイド喫茶とはほど遠い店だと思いますけど。
「うるさい!僕らはOASじゃ、999階の最上階まで行って、ラスボスを倒したこともあるんだぞ!それに比べたら、お前らなんか倒すのは朝飯前だ!」
「あのなー、ゲームとリアルをごっちゃにするなよ。格ゲーでチャンピョンになったからって、リアルでプロの格闘家に勝てるわけねーだろうが」
「そんなことない!信じる心さえあれば、叶わない夢はないんだ!漫画でもアニメでもゲームでも、みんなそう言ってるじゃないか!」
「ったく、信じる者は救われるってっか。アホらし」
ホントですよ。
そこらじゅうのメディアで、「信じることの大切さ」とか、馬鹿の一つ覚えに連呼しやがるから、こういうノータリンどもが発生するんですよ!
少しは「疑うことの大切さ」も教えろっつーの!
「黙れ!お喋りは終わりだ!さあ、お前もこっちにこい!」
業を煮やしたのか、ヒョロが一方的にそう言い放ちました。
ああ~、もう終わりです。
さようなら、お父さん、お母さん。
ヒカルは、こんなとんでもない場所に私を追いやったお二人をあの世でうらみ続けますからね。
てな具合に私が今生の別れの気分に浸っていたら、
「そいつは無理な注文だ」
と、ベネットさんは1ミリも慌てるそぶりを見せず、クールに言い返しました。
「なんだと!」
「俺様はキ〇ガイとは取引しない主義でね」
ったくもう!何でこの店の従業員は放送禁止用語愛好家ばかりなんですか!
「ふざけやがって!僕らはキチ〇イなんかじゃない!アキバを救うヒーローだ!」
「いいや、お前らは病気だよ。俺様が治してやる」
怒りで我を忘れ、ヒョロは銃口を私たちからベネットさんの方に向けました。
「くたばれ!!」
引き金に指をかけるヒョロ。
ああーー!神様!!
「甘いんだよ!糞ガキどもが!」
しかし、この時を待ってたとばかり、ベネットさんは電光石火隠し持っていたナイフを二人に投げつけました。
「うぎゃーーーー!!」
デブは起爆スイッチを持ってる腕に、ヒョロは股間に、それぞれナイフが命中!
そして、デブは痛みでダイナマイトのスイッチを床に落としてしまいました。
「伏せろ!」
私たちにそう叫びながら、ベネットさんはスカートの中に隠し持っていた、もう一丁の拳銃を抜いて、ありったけの弾丸をヒョロの身体にぶち込みました。
ガーーン!ガーーン!ガーーン!ガーーン!ガーーン!ガーーン!ガーーン!
「ぐああーー!」
血まみれで壁に激突し、そのまま崩れ落ちるヒョロ。
「ちくしょーーー!!」
ナイフの刺さった腕を抑えながら、デブは弾装を交換していたベネットさんに飛びかかりました。
「死ねー!死ねー!死ねー!死ねー!死ねーーー!!!」
キッチンの中で激しくもみ合う二人。
「僕らはヒーローなんだ!ヒーローは絶対負けないんだーー!!」
「クソッタレ!あの世でほざいてろ!」
デブをキッチンの床に投げ飛ばし、足で首根っこを押さえ、そのまま腕を引っ張り首をへし折るベネットさん。
バキッ!!
「うぐあああああ!!」
首の骨の折れる音とともに店中にデブの断末魔の悲鳴が響きわたりました。
私はあまりのことに言葉も出ません。
ゆっくりと立ち上がり、デブの死体を見下ろしながらベネットさんは吐き捨てるようにつぶやきました。
「俺様は「キング・オブ・メイド」なんだよ。キッチンじゃ、誰にも負けねぇ」
ああ~、何てことでしょう。
目の前で起こったことが、とても信じられません。
「ベネットさん」
ようやく、微かに言葉を出せるようになった私は。
「ベネットさん、ベネットさんって!」
そう、今、私が言わなくちゃならないことは。
「ベネットさんって接客担当で、調理担当じゃないでしょーーー!!キッチン関係ないじゃないですかーー!!あと、キングじゃなくてクイーンですからね!」
わずか一日で、私も、すっかりこの店に馴染んだようです
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