第4話大佐、命名する
第三話・大佐、命名する
「あ、ありがとうございます~~。「大佐」~~~」
私の説得が功を奏したのか、ようやく叔母さんのご機嫌が直り、「いないもの」ごっこは終了しました。
「いいこと~、ホントにこれが最後だからね~。今度やったら、お店から永久追放するからね~。OK?」
「お、OK~~」
「ベネット」さんと叔母さん、そして私の三人は店の入り口に向かって歩いています。
「ベネット」さんといえば、相変わらず顔面土砂崩れ状態です。
これじゃあ、ほとんど遊園地で迷子になった幼稚園児みたいなもんで、とても大人の女性とは思えない有様です。
「ごめんよ~~。もう~しないから~~」
「はい、はい、泣かないの~」
あ~あ、泣きたいのはこっちですよ~。
叔母さんがお店の入り口のドアを開けようとしたら、中から四人組みの男性のお客さんが出てきました。
「行ってらっしゃいませ~。ご主人様~」
叔母さんがメイド喫茶でお馴染みのお帰りの挨拶をすると、
「は、はい!い、行ってきます!!」
四人のお客さんは、一昔前の新宿歌舞伎町で、ぼったくりにあった地方出身者のごとく、顔面蒼白状態で、その場から消え去りました。
「あら、あら、どうしたのかしらね~」
あの四人は常連さんじゃなかったみたいですね。
そりゃまあ、あんな鉄火場を見せ付けられたら、逃げ出したくもなりますよ。
多分あの四人は生涯メイド喫茶に足を踏み入れることはないでしょう。
「さあ~、ここが私のお店「羽の生えたカヌー」よ~。どう~、ご感想は~?」
「は、はあ~」
お店に入ると、私は店内をゆっくりと見回しました。
お店の内部は奥行きのある長方形で、入り口の横の窓際(さっき「ベネット」さんが男の人を放り出した窓です)に四人がけの席が一つ、入り口の前方の左の壁際に同じ四人がけの席が三つ、反対側の右の壁際はカウンター席になっていて、六人ほど座れるようになっていました。
内装はシンプルですが、ヨーロッパのアンティークな小物や、多分無名の画家の作品なのでしょうが、見てるとなんともいえない心地よさを感じる風景画などが飾られていて、外観とは裏腹に洒落たお店になっています。
ふ~ん、叔母さんって、意外とまともな感性してるんだ。
「ここが叔母さんのお店ってことなら、やっぱり叔母さんが店長なんですよね」
などと、失礼極まりないことを考えているのを御くびにも出さず、私が尋ねると、
「いいえ~、私はマネージャー兼オーナーよ~」
叔母さんから意外な答えが返ってきました。
まあ、経営者が別に店長を雇うことはよくあることですが、こんな小さなお店で店長を雇う余裕なんてあるんですかね?
「それじゃあ、店長はどなたが?」
「ヒカルちゃんのすぐ隣にいるでしょ~」
叔母さんは相変わらず、いつもと同じように微笑んでいます。
「え?どこですか?」
私は店内を見回しましたが、カウンターの向こう側にお店の従業員らしきメイド服を着用した女の子が二人いる以外、誰の姿もありません。
「叔母さん、誰もいないじゃないですか?」
私が叔母さんに不思議そうな顔を向けると、
「ほら~、そこで~、お尻舐めてるでしょ~」
叔母さんの口から耳を疑うような言葉が発せられました。
「えーーーーー?!」
何なんですかその人?!
昼日中こんな街中でそんなことをやってるなんて、どんなレベルの変態なんですか?!
ちょっと昔に某国の国民的アイドルグループの一人が、夜中公園で裸になったことがあったけど、その比じゃありませんよ!
「うふふふ~、横のソファーの上よ~」
ソファーの上?
私は改めて、斜め横にあるソファーに目をやりました。
すると、そこには毛むくじゃらの何だかよく分からない生き物が寝転んでいて、昼寝しながらお尻を舐めてるじゃないですか!
でも、これって?
「こ、これは………犬?猫?それとも狸?いや、あるいはコアラかなんかという可能性も」
そうなんです。
一応哺乳類なのは間違いないようですが、どんな生き物なのか皆目見当がつきません。
そんな感じで私が当惑していると、
「この子がうちの店「羽の生えたカヌー」の店長の「アリアス」ちゃんよ~。今日から仲良くしてあげてね~」
叔母さんが私の背中越しに声をかけてきました。
………………………畜生が店長って。
叔母さん!不必要に動物の権利を向上して、喜ぶのは、グ〇ーン〇ースの連中くらいなもんですよ!
前言を撤回します。
やっぱり私の叔母さんって、全然まともじゃありません。
しかたない、こうしていても埒が開きません。
ここは私が妥協して、叔母さんの「動物さん店長」ごっこに付き合うことにしましょう。
私は、「アリアス」ちゃんに顔を近づけ、
「こんにちは「アリアス」ちゃん。今日からここでお世話になる山田ヒカルです。よろしくね!」
と、ファーストフードのお店でお馴染みのまるで感情のこもっていない完全マニュアル化された0円スマイルをかましてやりました。
ところが、
「ふにゃ~~!」
こいつ=「アリアス」ちゃんは私を一瞥すると、大あくびをした後、プイっと尻尾をこちらに投げ出し、また昼寝の時間に戻っていきました。
「あら~、あら~、今日はご機嫌がナナメみたいね~。大丈夫すぐに仲良しになれるわ~」
こんなケダモノと一生仲良くなんかならなくて結構です!
「それじゃあ~、端から紹介するわね~」
お店の入り口に「準備中」の札をかけてから、叔母さんは、私を紹介するためにお店のフロアに従業員を全員集めました。
「まずはフロアチーフの「ベネット」ちゃん」
「う、う、う~~、ごめんよ~~、「大佐」~~」
「よ、よろしくお願いします(まだ泣いてるなんて、いい歳して、ちょっと大人気なさすぎるんじゃないんですかね。って、うわ~!近くで見ると、やっぱ、凄い美人!身長は叔母さんと同じくらいだから、170センチってところか。ロングヘアーの黒髪もつややかで、女の子としては憧れちゃうよ。でも、この容姿で、この性格なんて、あまりに残念すぎるよね~)」
「その隣は接客担当の「サリー」ちゃん」
「………ふん!」
「よろしくお願いします(え?!この娘、小学生?………いや、メイド喫茶でバイトしてるくらいだから、最低高校生以上だよね。でも、身長は150センチないし、童顔の上、ツインテールの髪に大きなリボンをつけてたら、どこからどう見ても小学生にしか見えないよ。う~~ん、それにしても、さっきからなんだか視線が痛いんだけど。何かこの娘に恨まれるようなことしたかな?)」
「その後ろが調理担当の「クック」ちゃん」
「(聞き取れないくらいの小声でボソっと)よろしく」
「よろしくお願いします(うわ!なにこの娘!デカッ!180センチ近くあるよね。肌がいい感じで日焼けしてるけど、地肌っぽいから、沖縄かあっちの方の出身かな?性格は大人しそうだからいいけど、何だか眠たそう顔してるし、声も小さくてよく聞き取れないな。それにしても、この店って、料理は全部冷凍食品だっていってたのに、調理担当なんて必要なのかな?)」
「で、マネージャーの私と店長の「アリアス」ちゃん。これが私のお店の全スタッフよ~」
なんだかもう絶望的なくらい前途に暗雲が立ち込めるメンツでした。
「それじゃあ~、ヒカルちゃんの~、メイドネームを決めましょうか~」
お店の人たちとの挨拶が一通り済むと、叔母さんが待ってましたとばかりに切り出してきました。
「メイドネーム?」
「お店で使う名前のことよ~。本名じゃ~、マズイでしょ~」
まあ、そうですよね。最近ストーカー犯罪とか色々ぶっそうだし。
「うちの店じゃ~、マネージャーの私が決めることになってるんだけど~」
さっきの先輩方のふざけた名前は、とても本名とは思えませんでしたけど、やはり叔母さんの仕業でしたか。
うちの母もペットの金魚に「アレクサンドロス・ペトロビッチ」などと名付ける人ですから、やはり血は争えないな~などと考えていたら、
「新人なんだから、「パシリ」でいいんじゃねー?」
と、いきなりベネットさんが口をはさんできました。
…………「パシリ」って。
「ベネット」さん、さっきまで鼻を垂らして泣いていた人と同一人物とは思えない先輩っぷりですね!
でも、そんな「ベネット」さんの非常識な提案に対し、
「却下~」
と、叔母さんは常識的な判断を下してくれました。
「え~!せっかく俺さまが考えてやったのによ~」
何をそんなに残念がってるんですか?!
そんな名前が採用される確率なんて、年末ジャンボ宝くじで一億円当たる確率と同じですよ!
どうでもいいけど、宝くじ売るなら、ちゃんと当たらない確率も発表するべきだと思うんですけど!
ところがここで叔母さんが、「ベネット」さんの思考の遥か斜め上を行く、非常識極まりない名前を提案してきました。
「そうね~、ヒカルちゃんだから~、「カルロ」なんか~、どう……」
「嫌です!」
脊髄反射なみの速さの即答でした。
「ええ~?可愛いのに~」
叔母さん!いくら可愛い娘ぶりっこしたって、三十路前の小じわは隠せませんよ!
「こら、新人のくせに逆らってんじゃねーよ!」
「ベネット」さんの脅迫があっても、私の決意は変わりません。
「とにかく、そんな物置小屋の扉を開けた途端、ピッチフォークで胸を串刺しにされるような名前断固拒否します!」
ピッチフォークっていうのは、農作業で使うバカでかいフォークみたいな農機具のことです。
「けっ、「大佐」の姪御だからって、デカイ面してんじゃねーぞ、こら!」
あ~あ、神様!!
十分すぎるほど不幸な私に何故このような試練をお与えになるのですか?
せめて名前くらい人並みのレベルの悩みでいいじゃないですか!
で、それから、どうなったかというと…………。
「それじゃあ~、ヒカルだから~「ヒッキー」とか~」
「決まりだな!」
「決まりね」
「(聞き取れないくらいの小声でボソっと)決まりですね」
「そんな名前名乗るくらいなら、名無しの女子高生で一生終えたほうがはるかにマシですよ!」
「じゃあ~、「カルロ」で決定~。反論は認めませ~ん」
「そ、そんな~」
「よろしくな、「カルロ」!」
「ふん!私たちの足を引っ張らないでね、「カルロ」!」
「(本当に聞き取れないくらいの小声でボソっと)「カルロ」か、ちょっといいかも」
「もうーー!やだーーー!!」
という具合に私のお店での呼び名は、「カルロ」に決定してしまいました。
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