第3話ベネット、号泣する
私は、その場にただ呆然と立ち尽くしていました。
すると、
「何だ、オメー、何見てんだよ?!」
と、メイド服の美女が今度は私に絡み始めました。
ああ~、どうしよう!
私はとっさに周りの人に助けを求めましたが、クモの子を散らすように、一瞬にして、私の周りから人はいなくなりました。
うわ~~、東京もんって薄情!
田舎(東京の隣ですけど)から出てきたか弱い女の子を見捨てるなんて、人として最低ですよ!
でも、今はそんな恨み言を言ってる場合じゃありません。
とにかくこの場を何とか切り抜けないと。
「あ、いえ、別に」
私は伏し目がちにそう答えました。
「ん~?テメーも、あいつらの仲間か?」
しどろもどろに答える私に、メイド服の美女は逆に不信感を高まらせたようです。
「なに黙ってんだよ!オラ!口がねーのか、おまえ?」
メイド服の美女が、じわりじわりと私に近づいてきます。
ああ~、ヤバイ!このままじゃ、私もあの二人組みたいな目に遭わされるかもしれません。
「あ、あの~~」
その時、店の中から一人の女性が現れました。
「『ベネット』ちゃん!」
メイド服の美女を「ベネット」と呼んだその人は、母とよく似た大人の女性で、長い間会っていませんでしたが、一目で、私の叔母だとわかりました。
「おおー!どーだ『大佐』、見たか?俺様の活躍!」
「ベネット」と呼ばれたメイド服の美女は、くるりと踵を返し、叔母のことを「大佐」と呼びました。
「大佐」?
「ベネット」?
あだ名にしても変な呼び方ですよね。
「ええ、拝見させてもらいました。さすがはフロアーチーフね。見事な接客だったわ」
叔母はニコニコ笑いながら、「ベネット」さんの側まで歩いてきます。
「やだな~、照れるじゃねーか。まあ~、俺様プロですから」
意気揚々と自画自賛する「ベネット」さん。
次の瞬間、叔母はスパナを取り出し「ベネット」さんの顔面をおもいっきり殴打しました。
え?!
なに?!
一体何がどうしたっていうの?!
「うぐお~~~!!」
うわ~~痛そう~~。
悲痛な叫び声とともに、地面にうずくまる「ベネット」さん。
そんな「ベネット」さんを叔母さんは仁王立ちで見下ろしながら、
「何度言えば分かるのかしら?いちいち嫌がらせをする客が来るたびにお店を破壊するのはよしなさいって!」
と、激しい口調で叱責しました。
顔を笑っていますが、叔母さんは怒り心頭のようです。
「う、う、う~~~、ずびばせ~~ん『大佐』」
鼻血を手で押さえ、道路にうずくまったまま、泣きながら謝り続ける「ベネット」さん。
なんかとんでもないところに来ちゃったみたいです。
ホントはこのまま、回れ右をして、この場を後にしたいのが本音なんですけど、帰る家のない私には他に選択枝はありません。
私は勇気を振り絞って、恐る恐る叔母に声をかけました。
「あ、あの~~~」
私の声が小さく、震えていたせいか何の反応もありません。
私はもう一度叔母さんに声をかけました。
「あの~、叔母さん、お取り込み中、申し訳ないんですけど~」
すると、叔母はようやく私の存在に気づき、
「え!まあ~!あなたもしかしてヒカルちゃん?」
「はい、お久しぶりです、叔母さん」
「やだ~、しばらく見ない間に大きくなったわね~」
と、それまでの態度が嘘のように、叔母さんは満面の笑顔で応えてくれました。
ああ~、よかった、私の知ってる叔母さんの顔だ。
でも、私が声をかけた瞬間、慌てて「ベネット」さんの鼻血の付いたスパナを後ろに隠したことは見逃しませんでしたけど。
「ホント、十年ぶりくらいかしら。確か最後に会ったのはヒカルちゃんが幼稚園の頃じゃない?」
「はい、だいたいそのくらいです」
叔母さんは私の母と外見も喋り方もそっくりなせいか十年ぶりの再会だという感じがしません。
こうやって話していても、まるで家で母と話しているかのような錯覚を覚えます。
「そうよね~。そのくらい会ってなかったもんね~」
「あ、あの~、今回父の件で、いろいろとご迷惑をお掛けしてすみませんでした」
私は改めて深々と頭を下げました。
「いいのよ~、それよりヒカルちゃんの方が大変だったでしょ~。お姉ちゃんから話は聞いてるわ。まあ~お義兄さんの人の良さも、ここまでくると、もう犯罪的よね~」
まったく心底徹頭徹尾同感です。
「でも、もう大丈夫~。今日からはここを自分の家だと思ってちょうだいね~」
そうなんです。両親がほとぼりが冷めるまで雲隠れしている間、私は母の妹である叔母のところでやっかいになることになったのです。
「は、はい、あの~、もしかして、叔母さんが経営してる喫茶店って、メイド喫茶なんですか?」
私はここに来てから、気になっていたことを質問してみました。
「ええ~、そうよ~」
叔母さん私の肩に手をかけて、私の目の前にある古びたビルの一階にある小さなお店を指差してこう言いました。
「ここが私が経営してるメイド喫茶『羽の生えたカヌー』。でも、お店の常連さんは別の名前で呼んでるけどね」
「別の名前?」
こんな小汚、もとい、ささやかな佇まいのお店にも常連さんなんているんですね。
まあ、常連さんでもいなければ、このご時勢とてもじゃないけどやっていけはしないでしょうけど。
「そう、この店は秋葉原に出来た十三番目のメイド喫茶。だから通称『アキバ13』って呼ばれてるわ~」
「アキバ13」
それにしても店名が「羽の生えたカヌー」で、常連さんの通称が「アキバ13」って何かの冗談でしょうか。
もっとこう乙女ちっくで、プリティな店名とか思いつかないんですかね。
そう、例えば、気品漂うイメージで「金色の春風」とか。
…………すみません、私現国の成績はCなんです。
それから、
「さあ、中に入ってちょうだい~。お店の皆に紹介するから~」
と、言いながら叔母さんは私を店の中に連れて入ろうとしました。
でも…………。
「あ、あの~、あそこで倒れてる『ベネット』さんはいいんですか?」
私は道端で、うずくまって泣いてる「ベネット」さんのほうを指差して言いました。
なのに叔母さんときたら、
「ん~~~『ベネット』?」
と、まるで「ベネット」さんのことが見えてないかのように振舞います。
ちょっと叔母さん!
An〇therの「いないもの」だって、一つ間違えればイジメになっちゃうキワドイネタなんですからね!
「さっき叔母さんがスパナで張っ倒した人ですよ!」
私はもう一度「ベネット」さんの方を指差して大声でいいました。
「う、う、う~~~、『大佐』ごめんなさ~~~い」
それにしても…………女優かモデルかと見紛う美貌の持ち主で、六本木でも歩けば、すぐにナンパ男の10人や20人ひっかかりそうな人が、顔面全体涙と鼻水でパック状態とは。
「ベネット」さん、同じ女として悲しすぎますよ!!
「もう、そんな無視しないで、ほら、あそこにいるじゃないですか。泣きながら謝ってるんだから、許してあげて下さい」
私の本意が伝わったのか、ようやく叔母さんは「ベネット」さんの方に目をやって、
「そうね~~~。確かにあそこにいるのは………」
「『大佐』~~~!!」
絶望のどん底で、一すじの光明が見えたかのように歓喜の表情を浮かべる「ベネット」さん。
なのに叔母の次の一言は、
「死体だけよね~」
………………でした。
「『大佐』ーーーーーーーー!!」
ああ~~、初めて知りました。
人って、本当に血の涙を流すもんなんですね。
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