恋はいつも世界のどこかで〜職場の恋

逢坂 透

第1話 可能性は「ない」方がいい

ない、

ないか、ないですか。


ないよ。

彼とはもう長いから

何年か先に、結婚しようとお互い考えてるし。


そうなんですね。

話していただいて、ありがとうございます。

でも、

可能性は『ない』として。

それでも、先輩のこと好きでいていいですか


それは日野くんの心の中のことだから、私には答えようがないよ


そうですよね。

困りますよね。


困るというのとは違うかな。

そんな風に気持ちを伝えてもらって、

とても嬉しい。

それは間違いない。

この会社きて、もうすぐ1年だよね。

一緒に仕事してきて、日野くんという人を私なりに見てきたからね。

ただ、その気持ちには応えられないというだけ。

私は日野くんとの関係性を変えない。

日野くんの気持ちを今はそのまま受け取る。

嬉しいよ。

ありがとう。


今、

うわッとなりました。

告白して良かった!って思っちゃいました。

高階先輩は、もうなんて言っていいか。

惚れがいがあり過ぎですね。

すみません。

なので、きっと、これからもそういう気持ちで先輩のこと思ったり、見たりしてしまうと思うんです。

しばらくは、そういう自分に正直でいさせてください。


それも謝ることじゃないよ。

でもね、

そうだな、

私への気持ちに区切りがついたら、その時は、またちゃんと教えて欲しいかな。


分かりました。

今は想像できないし、辛いですけど、約束します。

あぁ、


何?


いえ、ちょっと思い出したことがあって。


今の話の流れで?


はい。

可能性はないって、前にそんなことあったなって。

大学の時のある女性とのことです。

その人は結婚してたんで。


不倫!

日野くん!が!?


あ、いや、違います。

全然、そういうことはなかったんです。

ただ、一緒にいた時間があっただけで。


『一緒にいた』って意味深だね。


う〜ん。そうですね。

先輩の感想も聞いてみたいので。

ちょっと長くなっちゃいますが、いいですか。

専門課程に進んだとき、ゼミのクラスに主婦の方が入ってこられたんです。

綺麗な人でした。

少し不思議な感じのする女性で、お嬢さまっぽいというか。

30歳くらいだったと思うんですけど、ファッションも花の飾りの付いた薄いピンク系のワンピースとか。

頭は良い方で、成績も優秀なんですけど、どこかコミニュケーションが不安定な感じがあって・・・

ある日、大学を出て駅に向かっていると、後ろからその女性に声をかけられました。

ちょっと話がしたいと。

まあ、ゼミ仲間なわけですし、断る理由もないので近くの喫茶店に入ったんです。

それでコーヒー飲みながら、話をしてたんですが、まったく要領を得なくて。

どうしたんですかと聞いても、僕から話があるんじゃないかって言うんです。

誘われたのは僕の方なのに。

本当に分からなくて、僕が何を話すと思ってるのか、教えて欲しいと伝えたら、私のこと好きなんでしょうって。

驚きました。

どうも、僕がゼミでその主婦の女性が浮かないように、いろいろ声かけしたり、フォローしていたからみたいで。

そういうことをするのは、私が好きだからだ、という理屈だったんです。

僕には彼女もいるし、ゼミ仲間という意識以上のものはないということを理解してもらうのに30分くらいかかりました。

そのことを受け入れた瞬間から、その女性はすごく自分のことを責め始めたんです。

私は、ズレていて、いつも間違った解釈をして人を困らせてしまうって。

それから、身の上話になって、学生時代に旦那さんにプロポーズされてからのこと、いろんな場面で、私の判断は正しかったか、意見を聞かせてと。

興味がないわけではないので、ずっと聴きながら、僕の判断を伝え続けました。

なんていうか、本当にお嬢さま育ちで、社会に出る前に、結婚してしまったこともあって、確かに学生の僕からしてもズレてると思いました。

あと、年上の旦那さんにかなりマインドコントロールされているような、軽いモラハラを受けてるなぁと。

そうやって、ゼミの後に月に2回くらい身の上相談をするようになっちゃたんです。


その女性とは、恋愛に進む可能性がなかったってこと?


そうですよ。

ところが、付き合ってた彼女が、僕らのことを友達伝いに聞いてしまったらしくて。

完全に勘違いされました。

僕も最初に言っておけばよかったなぁって反省です。

好きじゃないし、恋愛にはならないって、いくら説明しても、ダメでした。

可能性は『ある』よねって。

ないものは『ない』って、どう説明すれば良かったんでしょう・・・

結局、その彼女とは、それで終わっちゃいました。


なんだかね、

で、その身の上相談はやめたの?


いえ、もう、犠牲を払った以上、中途半端は嫌ですから。

その後も、相談されれば付き合いましたよ。

で、半年ほどして、その女性は離婚しました。

僕が勧めたわけではなく、その女性自身の意思です。

客観的に少し判断ができるようになったんだと思います。


なるほど。

でも、そうなると、可能性が生まれたことにならない?

日野くんは彼女と別れ、女性は離婚した。


ないですよ。

そこで可能性を生んじゃったら、僕が彼女に言ったことが遡って嘘になっちゃうじゃないですか。


日野くん。

そういう、筋を通すとこ、すごく好きだな。


先輩に好きって言われたら、

それが、どんな好きであっても、なんだか溶けちゃいますね。




〜3年後〜




先輩!

すみませんお時間いただいちゃって。

結婚式の1週間前なのに大丈夫ですか。


もう段取りは終わってるから。

直前にはバタバタしない。


そうでした。

先輩の仕事はそうでした。


日野くんの方はどう?

担当していたクライアント、ほとんど預かってもらっちゃったから。


もう、大変ですよ。


だよね。


違うんです。

仕事が大変なんじゃなくて、担当の皆さんが高階さんとはもう仕事できないのかって寂しがっちゃって。

僕じゃまだ全然役不足です。


今だけだよ。

すぐに日野くん、日野くんて、何かあってもなくても呼ばれるようになるから。


だといいんですけど。


仕事、好きでしょ。

私も、もうちょっと続けたかったけれど、けじめをつけて家庭のことを全力で極めてみる。

主婦の目線で見れば、また何か発見があると思うんだ。

いつかまた働くよ。


先輩、なんか、起業とかしちゃいそうですよね。


かもしれない。

で、今日は。


あぁ、

今日で、僕もけじめつけようと思ったんです。

先輩への気持ち。

結局、好きなままでした。


ありがとう。

私も、日野くんと出逢えて良かった。

おかげで会社で過ごす毎日が幸せだった。


今日は、僕の好きを、とにかく聞いてもらおうと思ってるんです。

全部、言い尽くしたら、それで終わりにします。

すみません。


また謝ってる。


すみません。


ふふっ

じゃあ、全部聞くよ。

聞かせて。


はい。

最初は、歓迎会の飲みっぷりに惚れました。

僕はもう、途中から記憶が完全に飛んで動けなくて、改めてすみませんでした。

タクシーで運んでもらって、部屋まで肩貸してもらってたどり着いたって、後から聞いて、あれでもう先輩にやられちゃいましたね。

それからは、ずっと見てました。

月曜の朝から、缶入りのデカビタぐびぐび飲んで気合い入れてる先輩。

書類を手にして、窓際にスッと立って目を通している先輩の立ち姿。

ファッションも型にはまってなくて。フォルムから、テイストから、全体のトーンから、日によって全然違う。

それでも、素材の質感が良いから落ち着いて見えて。

気合い入れて考えごとする前に、両耳にスッと髪をかける仕草も好きでした。

トラブルがあると、間髪入れずに立ち上がってクライアントのところに向かおうとする時の後ろ姿も。

コーヒーカップ片手に、窓の外の空を見て、ふぅ〜っと息を吐く時に少しすぼまる唇の形も。

入力を終えてメールを送った後に、コツコツとノートPCの端を叩く細い指先も。

僕はそんな先輩の姿をずっと見てきました。


そんなの見られてたんだ。

ちょっと恥ずかしくなるよ。


見てただけじゃないです。

先輩には、いろいろ教わりました。

どんな仕事も、手を抜いてはいけないということ。

人間関係の築き方。

あの前原部長と、うまく仕事できるのなんて先輩だけでしたよね。

なんていうか、感情に左右されない。

人のことも、状況も、いつもフラットに冷静に受け止め、判断して対応にあたる。

感情的なバイアスがないことが、自然と伝わるから、相手は身構えない。

懐に入っちゃえば、先輩の魅力でみんなやられちゃいますし。

ずっと憧れ続けてきましたし、見惚れてきましたから。

1ヶ月ちょっと経っても、先輩のいない事務所にまだ慣れないんですよ。


もうすぐ、

4月になれば、異動もあるし、また新人も入ってきて、景色が変わるよ。


はい、分かってます。

先輩は来週、結婚されるんですから。

今日で終わりにします。





先輩、

握手してもらっていいですか。

送別会の時、結局言い出せなくて。





クライアントと後輩たち、宜しくね。

任せたよ。



はい、分かりました。

先輩の手、

思ったより、あったかいです。

ありがとう、ございました。





日野くん

いつか、既婚女性の相談相手してたって言ってたよね。

もし、

いつか私が相談したいって連絡するようなことがあったら、

日野くんは来てくれるのかな。





先輩、、

僕は来ませんよ。


いいね。




先輩、

試したでしょ。

分かりますよ。



可能性は

『ない』方がいいんです。

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