第59話 次なる試練は
部屋の前で正座をさせられてアルシーア達はナルミに怒られていた。
アルシーア、ルーフェリカ、ルーフェルメの順に並び、そこに何故かシルスも一緒に。
――やっぱり巻き込まれちゃった……
アルシーア達は上下お揃いの寝巻き、シルスはルーフェリカから借りた大きめの半袖上着姿のままである。
ナルミもタンクトップにハーフパンツとラフな格好だ。
ナルミは演舞劇団『
ショートカットの黒髪、すっきり小顔に涼しげな切れ長の瞳。
無駄な贅肉など何処にも見当たらない、踊る為だけに磨き上げられた引き締まった身体。
滑舌良くハキハキとした話し方と凛とした立ち振舞いは、ナルミの志の高さをそのまま現しているようだ。
数名の仲間と共に劇団を立ち上げ、幾度かの解散の危機やメンバーチェンジを経ながら細々と劇団を存続し、短期ではあるが公演を開催出来るほどの集客力を持つ集団へと成長させた『アツい想い』を持った人物である。
劇団関係者からも一目置かれるやり手の女座長。
不真面目な人間は大嫌い。自分に厳しく、
アルシーアのような若年者のとる
傍若無人の振舞とまで言わないにしても、『焔』の一員である限り無罪放免にする訳にもいかない。
ナルミの課した罰、『部屋の前で正座』はこの年齢の娘達に相応だろう、との判断だ。
「全く、お前の自由奔放っぷりには頭が下がるよ。下げないけど。いくら脇役と言え、舞台の華だって自覚はあるだろう?挨拶も無しで抜け出して部外者部屋に連れ込んでなんて、子供じゃないんだから。コドモだけど」
「……スミマセンデシタ」
――……素直じゃないか。でも反省はしてないな……まったく、コイツは……
アルシーアはふてくされる事なく、しおらしく素直な態度である。
ここでへそを曲げても説教が長引くだけだと判っているからだ。
「……ツリメイク落として金髪に戻すと、ホント別人だな。なんか調子狂っちゃうんだよなあ」
アルシーアの踊りと容姿には人を惹き付ける魅力がある、とナルミは思っている。
アルシーアに続ける意志があるのなら、将来的には『焔』の華になるだろう、と。
ルーフェリカとルーフェルメには申し訳なく思うが、双子の彼女達には『華』の引き立て役になってもらいたいと考える。
無論、彼女達の競争心や向上心によっては主役に抜擢する事も将来的にはあるかもしれない。
それらは全て彼女達の『本気度合い』にかかっているのだが、現時点では何処まで本気なのかは判らない。
三人共にまだまだ育成中であり、勉強中の身なのだから。
ただ、今回のような素行不良っぷりは頂けない。
反省し、己を見つめ直すきっかけになってくれれば良いのだが。
「ところでキミ」
「え、はいっ?」
ナルミがシルスの前に来て膝を付き合わせるように正座し、じいっと、シルスを真剣な眼差しで見つめる。
「誰かな?」
「え、っと、シルスです!13歳です!」
「私はナルミ。劇団の座長だ。最終日の演出には驚かされたよ」
「えっ、いや~」
えへへと笑ってみるものの、空気が重いような気がするのは、ナルミの目が真剣だからだ。
「スタッフも演者も誰もこのサプライズの事を知らなかった……何がどうしてこうなったかは聞かない。ややこしそうだからね」
――聞かないのかよっ。
アルシーアはツッコミそうになるが、ぐっと言葉を飲み込んだ。
静かな張りつめた緊張感が漂う。
ナルミの言葉以降、誰一人口を開く者はいない。
ルーフェルメは心配そうにチラチラとシルスに目配せし、アルシーアとルーフェリカはじっと自分の膝に目を落としていた。
「…………」
ナルミは腕を組んで静かにシルスを見つめる。
「…………」
シルスは肩をすくめ、ナルミと目を合わせられずに自分の膝に目を落とす。
無言で膝を付き合わせる事およそ三分。
シルスにとっては永遠にも近く感じる三分間だった。
一体、何をどうすればいいのか判らない。
初対面で怒られ、いきなり正座をさせられてアルシーア達と一緒に罰を受けている。
――この状況って、ナニ!?
おかしな沈黙を破ったのは副座長のマティルだった。
「失礼します、ナルミ座長。お客様が」
「……取り込み中なんだが?あと15分はこのままで」
――15分!?マジかっ!やってられんっ
アルシーアだけではない。他の三人も皆同意見である。
「お待ち頂けないかしらね?」
やや不機嫌に答えるナルミにマティルが申し訳なさそうに続けた。
「それが……騎士団のお方なんです」
「騎士団?」
「はい。昨日の舞台の事で聞きたい事があるから、出演していた者達に会わせて欲しい、と」
「なんだそれは。ただのファンならお引き取り願いなさいな」
騎士団と聞いてもひるまない。ナルミも相当、肝がすわっている女性である。
「それが……ファンではなさそうなんです」
「というと?」
「令状をお持ちなんです」
「令状?騎士団が令状持って捕まえに来たっての?なんだそれは。アルシーア……オマエ達まさか、抜け出してなんかやらかした?」
「えー!?なんもしてないっすよー!ここのパンちょろまかしたくらいっす!」
ナルミの疑惑の言葉に思わず立ち上がるアルシーアだったが、反論を口実にどさくさ紛れで正座から逃れたようなものだ。
「シアシアっ落ち着いてっ!」
「そうよぉ。穏便にぃ」
ルーフェリカとルーフェルメの二人もアルシーアを
――あっ、ズルいっ!
シルスだけはタイミングを逃し、ナルミと膝を付き合わせたまま正座から逃げられない。
「パン泥棒を騎士様が捕まえに来たのかな?」
ナルミの口調はどことなくいたずらっぽい。
が、目は笑っていない。
「ちょろまかしたのはあたしだけど、食ったのはコイツっす!」
びし!とシルスを指差すアルシーア。
「えー!?ヒドイですシアさんっ!食べていいって言ったじゃないですかっ!」
「全部食えとは言ってナイもんねー」
「うわ!コドモの言い訳じゃないですかー!」
「返せばいいんだよっ!吐き出せっ」
「出るワケ無いですよー!もう消化されちゃいましたよっ」
「静かにしようか」
「「!……ハイっ」」
ナルミの怒りの籠もった低い声に、二人の声が意図せずハモった。
アルシーアに普段から厳しく接している事がここで活きているなと、ナルミは内心ほくそ笑む。
「騎士様待たせる訳にもいかないか。それじゃ、会ってみようか。みんな、ちゃちゃっと着替えなさい」
ナルミもすっと立ち上がり、自室へ戻ろうとすると。
「ああああのっ!」
切羽詰まったようなシルスの声にナルミが立ち止まった。
「ん?どうした?」
「たっ、立てましぇん!足がっ!しびれてマス!」
「なにぃっ!?」
シルスの言葉を聞いた途端に、アルシーアが『エモノ』を見つけた悪戯っ子のようにニタリと笑む。
「痺れただあ?そんなもん、つっつきゃ治るんだよっ!うりゃうりゃっ」
「あひゃああうあああっやめっ!やめてえっ」
シルスの足を襲う痺れ。
シルスは普段正座する事はほとんどない。
ファルナルーク達と旅をしていた時も、野営の場合は岩や倒木に腰かけたり、地面に敷物を敷いて胡座をかいたり、正座を崩した座り方、いわゆる『女座り』や『ぺったん座り』をする事が多かった。
ナルミやアルシーア達は平然としているが、正座に慣れないシルスはいとも簡単に足が痺れてしまったのだった。
「はははっ!おもしれー!なんかクセになりそうだなコレっ!!」
「悶えるシルスちゃんっカワイイっ!ルメちゃんもぉっ!つっつかせてえっ」
はぁはぁと息遣い荒く頬を赤らめ、ルーフェルメも参加する。
「ここぉ?ここかしらぁ?」
「ルメしゃんまでっ!?」
つんつんと人差し指でシルスの細いふくらはぎをつっつくと、シルスは身悶えしながら転げ回った。
「あうあああっルメしゃんっ!やめっ!てええっ」
「ウフフフフフ♡カワイイっ」
「ここもだろ?ほれほれっ」
アルシーアはしたたか楽しそうに、びびびと痺れるシルスの左足の裏を執拗につつく。
「『いたいけなハーフエルフの少女をいたぶる魔女が二人。少女は初めての刺激に戸惑い身を
「刺激なんて求めてないですよぉっ!あっ!やめっ!あひゃあっ!」
「いい加減にしろっシア!リカ!ルメ!」
ごち!
「あだっ!」
びし!
「いたっ!」
びしっ!
「あいたっ」
「まったく、三バカ娘はチョーシに乗るとこれだっ。リカ!変なナレーション入れるなっ!」
アルシーアはゲンコツで、ルーフェリカとルーフェルメはチョップでナルミに脳天に『戒め』を受けた。
「なんであたしだけグーなんすかっ!?」
「オマエが一番タチ悪いからだっ」
「ええー!?サベツっすよー!みんなグーで殴るべきっすよー!」
「悶えるシルスちゃん見られてルメちゃんは大満足なの……」
頬に手を当てほうっと吐息を漏らすルーフェルメを見てナルミは呆れ顔だ。
「……ルメはどんどんヘンタイになっていくな……リカっ!ちゃんとカントクしなさいっ」
「はーい」
軽い返事に誠意もへったくれもあったものではない。
ナルミは額に手を当ててため息をつくしかなかった。
「まったくもう、オマエ達は……『焔』の将来が不安になるよ……」
「あの、ナルミ座長。騎士様がお待ちですよ?」
「ああ、そうだったね。シルス、立てるかい?」
「なっなんとかダイジョブれす!」
「それは大丈夫な返事なのか?さあさあ!着替えて着替えて!」
ナルミはアルシーア達を急かし部屋に押し込み、自身も身嗜みを整えに戻っていった。
◇
「騎士サマだってさっ!なんだろうねえ?」
ルーフェリカは少し楽しそうだ。
「そんなもんナルミさんに任せて遊びに行きたいんだけどなー」
と、めんどくさそうにアルシーアがぼやく。
アルシーアはいつものように寝巻きを脱ぎ捨てて襟付きのノースリーブシャツにショートパンツ。同じものを複数枚、着回ししているようだ。
ルーフェリカとルーフェルメは、昨日着ていたふわっとしたものではなく、色違いでタイトめのシルエットのワンピース。
シルスは洗濯した旅服に再び着替える。
シルスの旅服に付与されているレベル3の
うすら汚れて見えた旅服だったが、元の鮮やかさを取り戻しシルスはほっと一安心したのだった。
「ナルミさんチャンスかもねー!上手くすれば玉の輿だよ?」
「えー?無理じゃん?騎士っつったら、上流階級のお坊っちゃま軍団だろー?どっかその辺のオジョウサマとくっつくのがフツーじゃないのか?ナルミさん美人だけど、ダンスバカだしなー」
「ダンスバカって。シアシアは夢がないなあ」
「あたしは遊びに行きたいの!なあシルス!」
「あ、実は、わたしも行きたい所あったんですよー」
シルスは痺れた足に血行を取り戻すマッサージをしながらアルシーアに答える。
「ルメちゃんはシルスちゃんの行く所なら何処へでもお供するよぉ?ウフフフフ……」
――それはストーカーっていうんですよ。
この時代にはまだない言葉である。
ルーフェルメの含み笑いに軽い悪寒を感じつつ、付きまといはダメですよと言えば伝わるのかなとシルスは思うが、とりあえず今はアハハと笑っておく事にした。
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