第44話 別れの夜のガールズトーク
花火大会が終わり、数人残っていた観客や地元民達も帰ってゆく。
花火を見た場所から東門を出て少し移動しただけで、緩やかな丘の上、シルスの目的の場所『鏡面切り株』に到着した。
――ここで、本当に……お別れなんだ……
天空にはワグランの翠彗星が妖しく輝く。
「よろしくお願いしますね、親分さん!」
シルスが元気に『切り株親分』に挨拶する。
大きさはシルスが両手を広げた位、シルスの自宅の離れの二階にあった『子分テーブル』とほぼ同じである。二人程度なら余裕で立てそうだ。
メレディスの言った通り、一体どうやって造ったのか歪みの無い鏡のように仕上げられている。
シルスがそれを覗き込むと……
「んっ?ファルナルークさん……?」
そう見えたのはほんの一瞬で、シルスが一度まばたきすると鏡面切り株に映っているのは、どう見てもシルス本人。
「気のせいかな……?これ……わたしが乗っても割れたりしないよね……やらかさないようにしなきゃっ」
一瞬見えたのが自分の未来の姿であると気付く筈もなく。
どうかやらかしませんように、とシルスは両手を組んで祈るのであった。
◇
「ファル……ファイスとシルスちゃんに出会って変わったね」
「えっ、そうかな?」
「そうだよ。いつも側で見てるからわかるよ。再会した頃はさ、赤角討伐で消耗してたのかも知れないけど……こう……世の中を憂いてるっていうかさ。ちょっと影があるっていうか」
「えー!そんな暗かったかなあ」
「ファルには、笑顔でいて欲しいからさ。二人には感謝だよ。ファルは、この旅どうだった?楽しくなかった?」
「ん……うん、楽しかったよ」
「でしょ?」
にかあっ、と笑うシュレスの笑顔は子供の頃から変わらない。
「シュレスのおかげでもあるんだよ……?」
「へへー、照れるぜっ」
シュレスがごそごそとリュックをあさり何かを探しだす。
「ほれ、持ってってあげなよ」
ぽん、とシュレスに小さなケースに入った
折り畳んで圧縮され手のひらサイズの四角いケースに入っている。
夏とはいえ、高原の夜は冷える。持ち運びに便利なケース入り毛布は、旅人の必須アイテムの一つなのだ。
「え……っ……なんて言えばいいの?」
「そんなの自分で考えなきゃ!」
ぽん!とファルナルークの背を押すシュレス。
「言うんでしょ?自分の言葉で」
「……うん」
ファルナルークは毛布を手に静かにシルスの元へと歩み寄っていった。
◇
切り株親分の近くに座り、ぼんやりと満月を見上げるシルス。
満月には大きな虹の輪がかかっている。
「スゴい花火だったなあ……」
アールズの大花火を二度と見ることは出来ない。シルスはそれを知っているだけに、ことさら胸をしめつけられるような切ない感情が沸き上がる。
「今夜で皆ともお別れかあ……なんか、実感わかないなあ」
あっという間の三週間だった。
いろんな出来事が起きた13歳の夏休みだった。無事にファルナルークに出会えたまでは良かったが、写真の人物はファルナルークではないと知った時のショックといったら……
しかし、ファルナルークは間違いなく自分の祖母である事はわかっている。
では、写真の人物は誰なのか?
写真の裏に『ファルナルーク』と書かれていたことも合点がいかない。
――でも、ファルナルークさんにそっくりなんだよなあ……
「冷えるでしょ?これ、使って」
「えっ!?わわっファルナルークさん!?」
「……ごめんね、驚かせちゃった?」
「いえいえいえいえっ!そんなコトはっ」
「隣、座ってもいいかな?」
「はい!モチロンです!」
ぼんやりと考え事をしていたところに、突然ファルナルークが現れてシルスビックリ。
戸惑うシルスの肩に、ファルナルークが毛布を広げてかける。
――わわっ!ファルナルークさんが毛布かけてくれたっ!
たったそれだけのことだったが、胸の鼓動はドキドキと速くなっていく。
「ファルナルークさんは寒くないですかっ?」
「うん、私は平気だよ」
――ファルナルークさんと二人きり!この旅で初めてだなあ。
二人が肩を並べて座り、月を見上げる。
何を話せばいいのか分からない。
それはファルナルークも同じだった。
――どうしよう……
しばしの沈黙。
ただ。
時間だけが。
優しい空気を、二人に運んでくれていた。
――キレイな横顔だなあ……月の光で眼が青く光ってる……まつげ長いなあ……いい匂いするなあ……
シルスがファルナルークの横顔に見とれていると、視線に気付いたファルナルークが話を切り出してきた。
「あのね……シルスちゃん」
「はいっ」
「写真、燃やしちゃってごめんない……」
「あれは……事故です!気にしないでください!」
「それと、ね。呪いを解いてくれて……ありがとう。こんな私の事を助けてくれて、ありがとう……もし、このまま呪いが解けなかったら、ってずっと不安だったから……」
でもね、と、ファルナルークが続ける。
「私……やっぱり、エルフの事は、好きになれないんだと、思う」
「え……」
ドキドキしていたシルスの胸の鼓動が静まっていく。
「何度も理不尽な呪いをかけられて……その度におかしな目にあって……」
「…………」
なんと答えていいか、分からない。半分とはいえ、自分にもエルフの血が流れているのだ。
暗に、嫌いだ、と言われているような気がして、シルスの高揚した気持ちが沈みこんでいく。
「……エルフの事は好きになれない。でもね、シルスちゃん」
「……はい……」
「あなたの事は……好き……みたい」
「はい……えっ?」
「……もう言わない」
「えっ?……ええっ?今、好きって言いましたよね!?」
「……知らない。何も言ってない」
「えええええええっ!?照れてるっ!?ファルナルークさんっ!かわいいいいいっ」
「歳上だよ、私。かわいいとか言っちゃダメでしょ」
「好きって!ファルナルークさんに大好きって言われたあ!」
「大好きとは言ってないでしょっ。落ち着いてっ」
「わああっうれしいいいですううっ!ファルナルークさあああああんっ!うわーん!」
がば!と抱きつくシルス。
「ちょっ!落ち着いてっ!わわっ、シュレスー!見てないで助けてようっ!」
ファルナルークは、感情を爆発させるシルスをどうなだめていいものか分からず、思わずシュレスに助けを求めた。
「しょーがないなあ。ほれ、どうどうっ」
てててっと、シュレスが駆け寄っていく。
ファイス、置いてきぼり。
「シルスちゃん、毛布の使い方間違ってるよ!」
そう言うとシュレスはシルスにかけられていた毛布を勢い良く剥ぎ取った。
「わあ!なにするんですかあっ」
「こう使うんだよっ」
剥ぎ取った毛布をバサッ!と翼のように広げると、シルスを真ん中に三人まとめて毛布に包み込んだ。
「こうした方が温かいでしょ?」
シルスを真ん中に、団子状に毛布にくるまる三人。毛布に包まれる事で熱が逃げるのをを防ぎ、互いの身体が密着することで、さらに温かくなるのだ。
ファルナルークとシュレスの体温がシルスを温める。
「これ、温かいです!ホカホカ乙女だんごですねっ!」
「お、いいねー、それ。メニューにしよう!女三人毛布にくるまるとなれば!やっぱガールズトークでしょ!」
思わぬ形で、ファルナルークがチューニ状態では出来なかったであろう、シルス念願のガールズトークに発展する。
「やったっ!コイバナ?コイバナですかね?とりあえず!」
シルス切望のガールズトーク『コイバナ』
「いーねえ、女子だねえ!シルスちゃん!」
「じゃあ、わたしから!わたしが好きなのはファルナルークさんです!
これ一択です!
でもでも!シュレスさんのコトも好きです!最初に会ったのがシュレスさんじゃなかったら……今、こうしてここに皆さんといられなかったかも……だから、シュレスさんには感謝してます!」
「そのトシでフタマタは不謹慎だねえ」
「えー!フタマタだなんて、ちがいますよお!シュレスさんのコト好きなのはちょっとだけですからねっ!
ハイ次!ファルナルークさんは好きな人いるんですか?」
「ストレートに聞くなあ……いたけど、フラれちゃったよ」
「えー!?ファルナルークさん振る人いるんですか!?おバカですね、その人!」
答えてくれた事も驚きだったが、ファルナルークを振る者がいたという事の方がさらに驚きだった。
「それはアタシも初耳だわー!」
「私の話はいーの、つまんないから」
「いつか聞かせてよね!ファル」
「シュレスさんはどんな人がタイプなんですかっ?」
「お金持ち♡ウフ♡」
「ミもフタも無いつまんない答えですよ、それ」
「お金は愛を潤すスパイスなんだよー?お子ちゃまシルスちゃんにも分かる日がきっと来るよー?」
「恋に憧れる乙女にアクマの囁きをしないで下さいよー……わたしはですねえ、背が高くってー、優しくってー、抱きついたら柔らかくってー、良い香りがしてー、ちょっとドジでそれがまた可愛くってー、そんな感じの一緒にいて楽しいひとがいいです!」
「それもう、ファルのコトだよねー。あ、さっきも言ってたか」
「ちょっとドジって。私……シルスちゃんに冷たかったでしょ?どうして私なの?」
「ファルナルークさんは、わたしの……初恋の人ですから!」
「シルスちゃん……わかってると思うけど、私、女だよ?」
「いえいえ!恋に男も女もカンケーありません!わたしはわたしの初恋にウソはつきたくないんです!!写真に写ってた人がファルナルークさんじゃなかったとしても!初めてファルナルークさんに会った時のトキメキを!ずっとずっと忘れませんから!」
「そう言い切られると納得しちゃうなあ。いーこと言うねえ、シルスちゃん!昔のアタシに言ってあげたいよ」
と、シュレス。
「へへー!誉められちゃいました?シュレスさんも道ならない恋の経験者とみましたよ!」
「おー!スルドイねえ、シルスちゃん!」
「シュレス……そうなの?聞きたいなー」
「いつか、ねー!」
「ねー!」
あははっ!と声を揃え、無邪気な笑顔を見せるシュレスとシルス。
どことなく似た雰囲気の二人を、ファルナルークは少しだけ羨ましく感じるのだった。
「そう言えばっ、ファルナルークさん、結婚願望無いんですか?」
「今はまだ、ね。子供はたくさん欲しい、って思ってるよ。私、一人っ子だから、兄弟姉妹ってちょっと憧れるの。賑やかで楽しそうじゃない?
いつか、おばあちゃんになって、たくさんの孫と遊んだりして。シュレスは?」
「アタシは……うーん、わかんないや」
――そっか……ファルナルークさん……子供、たくさん欲しかったのか……
シルスは知っている。
ファルナルークが生涯で産んだ子供は一人だけだと。
その子の名は、メルリラ。
シルスの母である。
シルスは知っている。
ファルナルークは孫の顔を見ること無く、若くして亡くなってしまう事を。
シルスは、目の前にいる自分が孫である、と伝えられない事を寂しく思うのだった。
――なんて言えばいいんだろう……なにも言わない方がいいんだろうな……
「むむむ……口にチャックです!」
そう言うと、右手の人差し指と親指を唇に当て左から右にすっと動かし、チャックを閉じる仕草をする。
「ふるっ!そんなのよく知ってるねー。久しぶりに見たよ。つーか、いきなりナニ?」
と、シュレスが笑う。
つられるようにして、ファルナルークもくすくすっと笑った。
「えー?そんな変ですかあ?わたしたちの間ではフツーですよお?ナウでヤングです!」
ファルナルークの屈託の無い素直な笑顔がシルスの心を暖め、少しだけ切なくするのだった。
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