第43話 アールズの大花火
腰を抜かしていたシルスの足腰も元に戻り、足早に東門を目指す四人。
フェルヴェルに気付かれたのは予想外だったが、しばらくは追って来れない筈である。
東門が近づくにつれて人気が少なくなり、ようやく皆の心に安堵感が生まれる。
このまま街を出てシルスの目的地に向かうのが一番の安全策であるが、そこに向かってしまうと『魔法の』大花火の視覚効果の範囲外になってしまう。
外壁より内側でないと『アールズの魔法の大花火』は見られない、という事だ。
ファイスが当たり前のように、いつもと変わらない口調でシルスに言う。
「シルス!みんなで花火見て行こう!時間あるだろ?その為にここまで一緒に旅してきたんだしさ!
「え……でも……」
「なんだよ水くさいなー。今さらエンリョとか隠し事なんてナシナシ!」
「わたしっ……皆を騙すつもりなんて無くてっ……でも、言えなくって……っ……あの……っ」
「もういいよ、シルス。わかったからさ!もう何も聞かない!シルスには帰る場所があって、待ってくれてる人がいる。帰れるチャンスは明日の夜明けの一回きりなんだろ?
話せない秘密なんて誰にでもある!オレは無いけど!『謎めいた女の子とひと夏の旅!』それだけで充分じゃん?楽しかったよ、オレは!なあ、ファル!」
「そうだね……何も言わずに独りでサヨナラなんて、寂しいよね。ファイスにしては、イイこと言うね」
「うわ!初めてファルに誉められた!こわ!」
「なんでよっ!」
「ファルナルークさん……!ファイスさん……!」
「でもさー、『ひと夏の旅』ってファイスが言うとなーんか、えっちだよねー」
「えー、じゃあシュレスならなんて言うのさ?」
「『謎めいたハーフエルフの美少女とひと夏のウフフな甘ーい旅路♡』ってカンジ?」
「シュレスさんのはガチでダメなヤツです。却下です」
「あん、残念!シルスちゃんは遠くから一人でファルに会いに来たんだよね?スゴい行動力だよ!」
「自分でもビックリです!恋する乙女は無敵なのです!」
「無敵って割りには弱っちいけどなっ!」
「むっ!強くなったらファイスさんをボコりに来ますよっ!」
「おう、楽しみにしとくよ!」
◇
アールズの街には公園がいくつも点在し、街の緑化にも努めている。公園には芝生が敷かれ大なり小なりの樹木も植えられ、住民達の憩いの場となっている。
シルス達がやってきた公園には空を遮る大きな木はなく、360度と言っていいほどの夜空が広がっていた。
メイン会場から離れ出店も無く閑散とした場所ではあるが、芝生の公園には十数人ほどの地元民が花火見物に来ている。
どうやら穴場スポットのようだ。
遠くから小さいがハッキリと、メイン会場のアナウンスが風に乗って聞こえてきた。
『皆様、
「賑やかなアナウンスだなー。でも、祭り!ってカンジでいいよな!」
「こういうお仕事って、シルスちゃん、向いてるかもねー!」
「えー!シュレスさんもそうじゃないですかっ?」
「……そうかも」
くすっ、と思わずファルナルークが笑う。
――笑ってくれた!?ファルナルークさんがっ!?
旅の間のほとんどの時間、ファルナルークはにこりともしなかった。それがここへきて、旅の最終盤にきてようやく笑ってくれた。
シルスとってそれは、なによりも嬉しい出来事であり。
「ファルナルークさんの笑顔って、カワイイです!」
「えっ!?」
思わず飛び出たシルスの言葉に驚くファルナルーク。
「……歳上をからかっちゃダメだよ、シルスちゃん」
「えー!からかってなんてないですよお!曇りなき本心ですよー!」
「あんまり言っちゃダメだよー?ファルが照れちゃうからさっ!」
「あっ!アナウンス聞こえてきたっ!静かにしようねっ!」
ファルナルークが照れ隠しをするように二人を静かにさせると、風に乗って再びアナウンスが聞こえてきた。
この時、ファルナルークは耳まで赤くなっていたが、気付かれなくてよかったと、内心ほっとしていたのだった。
『さてさて、次なる
ずーっと空を見上げたままだと首が痛くなっちゃいますのでね、地面に仰向けに寝っ転がってご覧になることをオススメいたしまあす!夜空をぜーんぶ独り占め!視界全部が夢花火!的なカンジになりますよお!』
「だってさ!アタシ達も寝っ転がろうよ!ほれほれ、シルスちゃん真ん中、両隣にアタシとファル!いいねー、シルスちゃん両手に花だよ!」
「じゃあ、俺、ファルの横ー!」
「えっ、やだっ」
「なんだよ、照れんなよー!」
「くっつかないでよっ」
「芝生に寝っ転がるなんて久しぶりだわー」
「あのあのっ、ファルナルークさん!シュレスさん!お願いがっ!」
「んー?なにー?」
「手をつないでも、いいですか……?」
「かっ……かわええええ!もっちろん!ね!ファル!」
「ん……うん……いいよ」
「じゃあ、俺もファルと手ぇつなぐー!」
「さわったら二度と口きかない」
「なんだよ、冷たいなー」
先にシルスと手を繋いだのは、ファルナルークだった。
少しだけひんやりとしたファルナルークの手。それが、シルスの手と触れ合う事で、少しずつ熱を帯びてゆく。
「アタシもー!」
きゅっとシルスと手を繋ぐ。
シュレスの手はファルナルークよりも華奢な印象を受ける。細い指、薄い手のひら。剣を知らないシュレスの手もまた、少しずつ熱を帯びてゆく。
シルスの胸の奥も、ほわっと温かくなる。
「……ルディフさんがいないのは、ちょっとさみしいですね……花火……皆で見られたらよかったのに」
シルスはルディフに『チャラくてちょっとキザなおにいさん』といった印象を持っていた。
短い間とは言え、共に旅をした仲間、だと。
「アイツは……」
言いかけたファイスの横腹を、無言でとんと小突くファルナルーク。
知らない方がいいことだってある。
ファルナルークは何も言わなかったが、その横顔がそう言っているようだった。
「ルディフとは………生きてればさ、どっかでまた会えるさ!」
シルスはまだまだ若い。
共に旅をした仲間に見捨てられた、などと言えるはずもない。
傷つく事は目に見えている。
「世の中はきれいごとばかりじゃない。薄汚い事なんて山ほど転がってる。いつの間にか……知らないうちに、気付かないうちに汚い事に片足突っ込んじゃう事もある。
そこから抜け出すか、もう片方の足も突っ込んで泥沼に沈んでいくかは、自分自身が決めるんだと思うよ」
「シュレスさん……?」
「とまあ、マジメな事も言ったりして!さらわれちゃった事はいい経験になったでしょ?シルスちゃん!」
「えー……良くないですよお。もうイヤですよ、あんな経験」
「それだよ、シルスちゃん!経験したことが学びに繋がるんだからさ!」
『皆様、お待たせ致しましたぁ!今宵限りの魔法の大花火、
火薬を使わない魔法の花火!火薬を使わないというコトは!煙が出ないというコトです!
めっちゃクリアな夜空を彩る魔法の大花火を存分にご堪能あれですよー!
今年は41年に一度のワグランの
なかなかないですよ、こんな夜は!
それでは!こころゆくまで、ごゆっくり!
お楽しみ下さいねー!』
「お!始まるみたいだな!」
賑やかしいアナウンスが終わると静寂が訪れ、周りの見物人達も誰一人として口を開く者がいなくなる。
すると、唐突に音も無く空に咲く巨大な一輪の白い花。
と、朱と黄色の花が二つ。
ぱっ!とまばゆく咲くと、白い花と同じように闇に溶けてゆく。
次に咲いたのは、緑と紫、そして燈。
その三つが闇に溶けると……
次の瞬間。
空一面に7つの色が、ばあっと拡がった。
原色、淡色、半透明、グラデーション。
様々な視覚効果で彩られる7つの花。
大きな赤い花。
小さな燈の花。
落ちてきそうなほどに巨大な黄色の花。
三つ葉の青。
四つ葉の緑。
五つ葉の藍。
複数の花弁の紫の花。
東西南北、全ての空を埋め尽くす七色の花弁。
それらが消えぬ間に、次々に夜空を染めてゆく色とりどりの花火達。
別世界に迷い混んでしまったかのような、まばたきを忘れてしまうほどの幻想的な世界が夜空一面に拡がってゆく。
先ほどのアナウンスの通りに、夜空の、視界の全てが隅々まで、色鮮やかな花火で埋め尽くされていく。
――すごい……!すごいすごい!なんてきれいなんだろう……!空全部が、花火のパレットみたいだ!
五芒星、六芒星。
複数の星の形。
大きなハートマーク。
リボンや王冠。
ヒヨコや子猫など、多種多様な形の花火も次々と静寂の夜空を彩ってゆく。
一瞬の間をおいて、七色の大きな
幸福を運ぶと言われる、二重の虹だ。
心を奪われるとはこの事だと、シルスはただただ、夜空に咲く魔法の大花火に見惚れていた。
右手にファルナルークの温もりを。
左手にはシュレスの温もりを感じて。
握った両の手に自然と力が入ってしまう。
一瞬の華やかさの中に、儚い夢や希望が詰まっている。
一度きりの特別な13歳の夏休み。
――来て良かった……みんなと一緒に旅が出来て、ほんとによかった……!こんな奇跡みたいな日……二度とない!
シルスの瞳は、気付かない間に涙で濡れていた。
『皆様、次が最後の打ち上げです!光の明滅にご注意下さいね!本年もお集まり頂き、誠にありがとうございましたー!
皆様の心の中にも、大きな、大きな!大きな!!花火が咲きますように!!
それでは、どうぞ!』
アナウンスが入って数秒後。
夜空の真ん中に一つの白い花が、ぽっと咲いたのを皮切りに、次々と大きな花火が咲き散っていく。
それらが咲き散る様は、夜空一面を埋め尽くす流星群のようだ。
縦横無尽に波紋のように拡がり、
光の矢のように飛び交い、
雪のように舞い、
花びらのようにひらひらと散り、
静かに、音も無く消えて行く。
大きな白い光の玉が夜空の真ん中に現れ、4つに割れると東西南北に飛び……
4つ同時に、大小様々な、アールズを象徴する国花である白い薔薇の花を咲かせた。
天空の翠の彗星を真ん中に、夏の夜空を埋め尽くす白い薔薇。
海の底から太陽を見ているような煌めき。
まっさらな雪原にキラキラと反射する新雪のような輝き。
徐々に、その輝きが薄れ、星屑となり消えてゆく。
すうっと、静かに最後の花火の光が消え、一瞬の静寂の後。
盛大な拍手喝采があちこちで沸き起こる。
来年もくるよー!
ありがとう!
最高ー!
多くの観客がアールズの大花火を心に刻み、静けさの中にいくつもの想いが溶け、夏の夜の一大イベントは幕を閉じた。
◇
「……いやー、すごかったねえ!」
「わたしっ感激です!一生忘れないです!」
「そんな大げさ……でもないか。アタシも感動したよ。すごい良かったよー」
「さて!次はシルスの送別だな!」
「あのっ、ワガママ言っていいですかっ?」
「おっ?なになに?」
「もう少しだけ、このままでいたいかな、って」
「おおう、奇遇だねえ。アタシもだよ。ファルは?」
「……うん」
小さく頷いただけのファルナルーク。
ファルナルークはシルスの手の温もりを忘れないように、気付かれないように、そっと、少しだけ、強く握った。
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