第37話 見えない何かが崩れた瞬間
シルスが部屋を飛び出して小一時間ほど経つが、三人とも戻って来ない。
シュレスは窓を開け外の様子を伺ったり、ファルナルークに飲み物を持ってきたりしてと落ち着かない。
ファルナルークは責任を感じていた。触れただけで燃え尽きた写真。
シルスが大事そうにしているのを何度となく目にしている。
真剣な顔で写真とファルナルークを見比べ、最終的にファルナルークに向かってニヤける。
といったちょっと薄気味悪い様もファルナルークの記憶に新しい。
何故、燃えてしまったかは検討もつかないが、自分が原因なのは間違いない。うっすらと赤くなった指を黙って見つめていると、唐突にルディフが先に帰って来た。
開口一番。
「シルったんなら帰って来ないと思うぜ」
「え……探しに行ったんじゃないの、ルディフ」
「なんだよ、二人して、コワイ顔してさー。シルったんの目的地はここだろ?だったらいーじゃん。ファルっちにかかったエルフの呪いも解けたんだし。はい、この旅は終わり。俺達は次の旅にシフト!」
「帰って来ないって、どういうこと?」
「なに、ファルっちまで?シルったんのコト、煙たがってたじゃん。名前で呼ばないしさ。今さら善人ヅラすんの?」
「……それ、は、っ」
思わぬルディフの口撃に、言葉に詰まるファルナルーク。
「言い過ぎでしょ、ルディフ!」
シュレスの表情が厳しくなる。と、そこへファイスが帰ってきた。
ファルナルークもシュレスも、シルスの姿が無い事に落胆の色を隠せないでいた。
「ダメだ、見つからない。皆で探すか、捜索願い出すかしないと、この人ごみじゃ無理かも……ルディフの方は?」
「シルったんならエルフ保護舎に連れてかれたよ。別におかしな様子じゃなかったから大丈夫だろ。俺達もシルったんと一緒にいるとこの先何かと危ない目にあいそうじゃん?さっきのゴロツキみたいなのに絡まれたりさ」
「……なんだよ、それ!見捨てたのか!?」
「人聞き悪いなあ。人身売買とかの犯罪絡みじゃ無くて、保護舎預かりじゃん。危険なんてないよ」
「そんな単純なことじゃないことくらいオレにだって分かる。なんでだよ!?」
「なあ、ファイスっち……俺達マジクスの未来って考えた事あるか?」
「なに?」
「マジクスの力は消えて無くなる。それは確定してる未来だろ?マジクスはこの先ますます不要になってくる。需要と供給ってヤツだ。街の外の護衛だってそうだ。冒険者の方が割安で強い。力を失くしたマジクスなんざ一般人と変わり無い。
答えは簡単だ。魔力が尽きて死んでるんだよ。赤角に成ることで生命力を爆発的に増幅させるんだとさ。それが供給元になって、あんなチカラを発揮してたんだ」
一瞬の間を置いてルディフが続ける。
「皆も感じてる筈だ。『マジクスの力は生命を削る』って。このままただの一般人になって、やっすい給料で働いて一生を終えんのか?そんなバカな!クソツラい戦いやらされて、能力が消えたらお払い箱!力がなくなったら俺達はゴミクズだ。ゴミクズがどうなろうが、そんなの誰も気にも止めねーだろ。
だったら!面白おかしく生きた方が楽しいに決まってんじゃん!ファイスっちもそうだったろ!?だから一緒につるんで旅してきたんだろ!?」
「だからって仲間を見捨てたのか!?あの子が何したっていうんだよ!?」
「何もしてないよ。だからだよ。不穏分子は何かをする前に排除する。情報スキル系のシュレスっちならわかるだろ?」
シュレスは黙ったまま動かずにいた。ルディフの方を見ようともせずに。
「それでも!やっていい事とダメな事があるだろうが!ルディフ!」
「俺達を欺いてたのはシルったんの方じゃないのか?マジクスしか知らない情報とか騎士団長の婚約話を知ってたり、怪しげな魔法紋様持ってたりな。俺の中で決定的だったのはメレディスがシルったんに言った一言だ。
『お前は、何者だい?』ってな。
そこら辺にいるただのハーフエルフじゃないってコトだ。得体の知れない怪しいハーフエルフとつるんでたら、こっちの身まで危なくなる。巻き添えはゴメンだ。
俺は余計なコトまで察知しちまうから自分のスキルは好きじゃない。だけど、このスキルのおかげで生き延びてこれた。
俺の目に映るシルったんは、ただの胡散臭い半人半妖だよ。どうなろうが知ったこっちゃない」
「ルディフ……お前!」
パン!
ルディフの頬が乾いた音をたてて鳴った。
「……なんだよ、ファルっちー。痛いじゃん。図星つかれたからって腹いせに殴んないでよ」
「腹いせって思われてもいい……私はあなたがあの子にしたことを許せない!
マジクスの力で救われた人は大勢いるし、私はその事を誇りに思う。今さらマジクスになった事を嘆いても誰も救われないでしょう!?
……前に私に言ったよね……一緒に来ないか、って。利欲と保身しか考えない男と一緒にいたいと思う女に見える?」
ルディフの真正面に立ち、真っ直ぐな目を向けるファルナルーク。
「どこへなりとも消えるがいい……二度とその顔を……私に見せないで……! 女を、なめるな!」
「……そんなマジ顔の涙目で言われちゃあね」
平手打ちを頬に受け、ルディフは、すっとファルナルークから視線を反らした。
「じゃあな。楽しかったよ、この『7月組』は」
荷物を簡単にまとめると、ルディフは振り返らずに、重い空気が淀む部屋を後にした。
◇
「ルディフ!」
「ファイスっち……オマエも殴る?」
「シルスの居場所に心当たりはないのか?」
「殴る気にもならない、か。それのがキツイかもな」
「なにか知ってるなら教えてくれ」
ファイスの眼は真剣だ。
「そんな顔するんだな……優しいねー、ファイスっちは。……エルフ失踪事件は……テュアル……黒姫サンが一枚噛んでるっぽい。おかしな人体実験してるってな。これ以上、首突っ込むとマジでヤバい。だから、オレは消えるよ。死にたくないからな。
情報源はメレディスの所で殴り倒したゴロツキ二人だ。黒姫サンと一緒にちっこいダークエルフがいたろ?そいつが若い太陽エルフ連れてくの何度か見たんだとさ。太陽エルフと月エルフがつるんでるのはおかしいだろ?そんで、連れてかれたエルフ達は二度と戻って来ない。事件のニオイしかしないだろ?」
なあ、ファイスっち。とルディフが続ける。
「このパーティーにいるメリットはなんだ?カワイ
ファルっちもシュレスっちもガード固くて手すら握れない。そうなりゃもうデメリット、損しかないよ、このパーティーは。ファルっちに本気で拒絶されちゃったしな」
平手打ちを受けた頬をさすりながら、諦め顔で言う。
「オマエの言ってるコトは、多分、間違ってないんだろうな……でも、オレは、そうは思わない。損か得かで動くのはイヤだ。シルスを助けたい」
「お人好しだねー。正直者はバカ、って言葉知ってるか?ずる賢く生きた方が楽だぜ?」
「いーんだよ、バカで。……なあ、ルディフ。なんで戻ってきた?大した荷物でもないだろ?わざわざファルに殴られに来たようなもんじゃないか?」
「……そうだな……その辺が俺の甘い所なんだろうな。ワルになりきれない甘ちゃんってコトだ」
「オマエだって、けっこうなバカじゃん?」
「……そうかもな。でも、良かっただろ? ライバル消えて両手に花!ってさ」
「あの2人は、そんな簡単に落ちないだろ……もしそうだったら、とっくに夜這い成功してるって」
「だったら、なんで一緒につるんでんの?」
「そんなの、楽しいからに決まってんじゃん」
「そっかー。ファイスっちのそーいうとこか……」
「うん?」
「……なんでもないよ」
ルディフはふっとため息をつくと小声でファイスに告げた。
「じゃあな」
一言だけだった。
そのまま、ルディフは夕闇せまる町の雑踏に紛れて消えた。
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