第38話 どたばた三人組、出動!

 ファイスが宿の部屋に戻ると、シュレスがファルナルークの背中をさすって落ち着くようになだめているところだった。


「私……冷たい態度ばっかりで……自分の事しか考えてなくて……呪いを解いてくれたのに……あのコに、シルスちゃんに……」


 ファルナルークの瞳に涙が浮かぶ。


「ありがとう、って言ってない……っ……」


 写真が焼失してしまった時に、いつも明るいシルスが見せた悲しそうな顔が思い浮かび、ファルナルークの胸を締め付けた。

 

「うん……そうだね、それなら直接言わなきゃ、ね!……どしたの、ファイス。嬉しそうな顔して」


「いや、ファルって、やっぱりいいヤツだな!シルスの事で泣くなんてさっ」


「……泣いてないっ」


 ファルナルークは強がりつつ、涙を見られないようにファイスに背を向けた。


「メソメソしてるヒマなんてない!行こう!シルス救出大作戦!」


「簡単に言うけどさーファイス、見当つくの?」


「テュアル……黒姫サンが関係してるらしい。なんかヤバイ人体実験してるって。早く見つけないとシルスが危ない。エルフ保護舎なんか行っても相手にされないだろうし、黒姫サンが絡んでるって事は裏にナニがあるかわかったもんじゃないし……うーん、どーしたもんかね」


「勢いだけは認めてあげようかな。それじゃあ!ここでようやく!アタシのスキルの出番かなっ」


「そういや聞いてなかったな、シュレスのスキル。情報系だったっけ?」


「能ある鷹はツメを隠す、ってね!」


「てね!って言われても。どんなスキルなんだ?」


「アタシのスキル、『探索サーチ』ってゆーのさ。攻撃でも防御でもない補助的なスキルだね。場所の特定できない相手の位置がわかっちゃうんだなー!スゴいでしょ?」


「人でも物でもわかるのか?」


「一度記憶した人や物ならね。しっかり記憶しておく方法として、対象者、対象物をペロリと舐める!それやっとくと効果倍増!だから比較的早く探索サーチできるかも!」


「早く……って……舐めたの?」

 思わぬシュレスの言葉にびっくりするファルナルーク。


「なんだそれ……さすがの俺も引くわー」


「なんでよっ!ファルのだって舐めたじゃん!」


「え、なに、二人ってそーいうアレなの!?それでガード硬いのかっ!」


「ちがうっ!シュレス!誤解されるようなコト言っちゃっダメ!」


「えー!アタシは別に構わないけど?」


「マジかー……」

「ちょっ!真に受けないでよっ!」


「ちなみに、どこ舐めるんだ?」


「耳だよ。シルスちゃんの耳は甘酸っぱくて美味でした!」


「でした!って。ファルのは?」

「それは自分で確かめてみなよぅ」


 むふふとイジワルく言うシュレス。


「なっ!やめてよシュレスっ!」

「ファルの耳かー……」

「なによっ。気持ち悪いからコッチ見ないでよファイスっ」


 ファイスにじっと耳を凝視され、思わず耳を隠す。その仕草はシルスにそっくりだ。


「あっははー!初めて名前で呼んでくれたのに気持ち悪いって言われちゃったねー!」


「あれ、そーだっけ?」


「キサマとかうつけとかタワケとかね!一歩前進だね!」


「一歩前進で『気持ち悪い』って嬉しくないんだけど……」


「ファイスが気持ち悪いのはどうでもいいから!シュレスっ!シルスちゃん探そう!」


「……なんか散々だな、オレ」


「よし!ちょおっと待っててねー、っと」


 シュレスが宿の両開きの窓を大きく開け、スキル発導に必要な新鮮な外気を取り入れる。


「こうやって、人差し指を舐めて……空高く突き上げる!」


「……そんなんで分かんの?風向き調べてるんじゃないの?」


「失敬だな、ファイス君!これでばっちり分かるのさ!頭の中にシルスちゃんのカワイイ耳をイメージして……ムムムん……んん?」


 開いた窓に向かって人差し指を掲げ立ち尽くすシュレス。

 その後ろ姿は、とてもシュールである。


「……あれっ?」

「どしたん?」


探索サーチ……出来ない……」

「え!?」


「スキル発導に必要な魔力が足りないみたい……ぞわーって感じが薄い……てゆーか、無い……」


「まさか……魔力切れ?ホントにあるんだな……」

「……どうしよ……」


 いつも賑やかしい二人が思わず無言になってしまった。


「なにか……あるはずだよ!このまま諦めるなんてイヤだ!」


 沈黙を打ち破るファルナルークの真剣な言葉に、偽りの感情など欠片も無い。


「ファル……そうだよな……諦めてたまるかってな!……あ!そうだ……メレディスに会いに行こう!なんか分かるかも!魔女だし!」


「あ、そっかー!ファイスにしては機転利くじゃん!行ってみようか!」


「魔女だからって……短絡的すぎない?」


「なになに?男運無いって言われたの気にしてんの?オレがいるじゃん!」 


「不安が増すようなコト言わないでっ!」


「ファルの男運悪いのは置いといて!考えてるヒマなんてない!じっとしてる場合じゃない!!ホラ、行こうファル!シュレス!」


 珍しく押しの強いファイスに若干戸惑いながらも、三人は再度、駆け足で魔女メレディスの元へと向かった。

 主の帰りを待つ綿ボコリの入ったシルスのリュックを手にして。


          ◇


 花火大会の開始時刻が近いせいか、人の流れは多い。

 三人は人ごみの流れに逆らうように25番区へと急いだ。25番区に近付くにつれて人の数は少なくなっていく。

 逸る気持ちは三人ともに同じだった。


 ファルナルークの胸に去来するのは、いつもニコニコ笑顔のシルスの姿。

 突然、自分に会いに来て、一緒に旅をして下さいと懇願してきたハーフエルフの女の子。

 自分に呪いをかけたエルフの仲間と思い込み冷たい態度ばかりとってきたにも拘わらず、めげずに笑顔を向けてきた。

 当初はつまらなかった旅も、シルスの持ち前の明るさのおかげで次第に楽しく思えてきた。

 態度には現さなかったが。

 いつしか心情は変化し『ちょっと絡みづらい妹』のような存在にさえ思えるようになっていた。

 そのシルスが事件に巻き込まれてしまったのだ。

 ルディフからシルスの謎の阻害音についてどう思うか問われた時に、何も言ってあげられなかった事が悔やまれる。

 あの時、一言でも何か言ってあげていればこんな事にはならなかったかもしれない。


 ファルナルークの胸に去来するのは、いつもニコニコ笑顔のハーフエルフの女の子。


 ――シルスちゃん……!無事でいて!


          ◇


 つい数時間前に訪れたメレディスの占い小屋に到着すると、駆け足の勢いそのままでファイスがドアを開け中に突進する。 


「ちょっ!ファイス!?」

「あっははー!勢いだけはSSS《トリプルエス》クラスかもねー!」


 ドタドタと床を踏み抜きそうな足音をたててメレディスと会った部屋に向かうファイスを追いかける二人。


「魔女さん、いるー!?」


 勢いそのままに濃い紫色のドアをノックもせずに、ずぱっ!と開けると、出会った時と同じテーブルにメレディスはいた。

 無礼すぎる突然の来訪者に驚きもせず、メレディスは一言だけ告げる。


「足音うるさい」


「居てくれて良かったー!花火大会にでも行かれてたら見つけらんなかったかも!」


「基本、閉じ籠こもりだからね。人混みは魔力が乱流してるからイヤなんだよ。で、どうしたの?随分と慌ててるみたいだけど」


 メレディスは、ファイス達が来る事を判っていたような落ち着きぶりである。


「シルスがいなくなって、シュレスの魔力が無くなって、シルスを探そうにもシュレスの魔力がないから、スキル使えなくなってるんだよ!」


 一気にファイスがまくしたてるが要点をとらえておらず、全く意味がわからない。


「キミは何を言ってるんだ?落ち着け」


「不躾な突然の訪問、申し訳ありません。謝罪いたします。簡潔に言います。魔力不足でマジクス・スキルが使えないんです。一時的にでもスキルを使えるようになる方法をご存知ありませんか!?」


 ファイスに代わりファルナルークが問う。


 メレディスは一言、

「ふむ、合格」

 と、言った。


「詳しい事情を説明している時間は無いんです。今は、その、っ、手持ちのお金が少なくてっ……でも、必ず代金は支払います!」


「できれば厄払いで!」

「後払いでしょ!もおファイスは黙ってて!」


「ウチは厄払いもやってるよ?どうだい?オトコ運、上がるかもよ?」


「お気遣いなく……っ……オトコは、自分で見つけますから……っ」 


「ファイス……か。オモシロい男だねえ。彼氏にどうだい?」


「絶対、イヤですっ」

 ファルナルークは真顔で即答。


「誰かの魔力を吸い取って誰かに移す。今、出来るのはそれぐらいかな」


「魔力を吸い取るなんて出来るのか?」


「キミもマジクスなら聞いた事はあるでしょう?魔力吸引マジックドレイン


「ただのホラ話だと思ってた……それ、吸引した後って……魔力が尽きるって、命に関わる事なんじゃないのか?」


「残り少ない魔力を吸い取ったら、キレイさっぱり魔力は無くなるだろうね。そうなれば晴れて一般人の仲間入り。赤角化した獣や昆虫は魔力切れで死ぬ事もあるが、人間は……今すぐ死ぬ訳では無いけれど、寿命に関わる、としか言えないな。スキルを使って魔力を消費するのと、魔力吸引で消費するのでは身体への負担率が違うようだからね」


 魔力が無くなる、寿命に関わる、と聞いてもファルナルークに躊躇は無い。


「マジクスの魔力はいずれ無くなるって分かってるんだもの。今やらなきゃ……後悔はしたくない」


「そうか………時間が無くて焦ってる、てのは伝わったよ。いいわよ、みてあげる。で、誰のを吸引ドレインして誰に補充チャージするんだい?」 


 ファルナルークが、すっと一歩前に出る。


「私のを吸引ドレインして、彼女に補充チャージして欲しいんです」


「オレのはいいのか?」


「ファイスのはいざって時の為にとっておこうかね。いちおう攻撃型スキルだし後々、役に立つかもしれないしね」

「……うん、そうだな。そうしようか」

 後々の事を考えてのシュレスの提案にファイスが頷く。


「それじゃ、調べてみるよ……」


 メレディスがファルナルークの額に手のひらを強く押し付ける事、ほんの数秒。


「ふむ……キミのマジクスの力は確実に弱くなってる。今、魔力を吸い取ったら……本当にいいのかい?」


「……マジクスの力が無くなってもいい。あの娘を助けたいから」


 ファルナルークの瞳が真っ直ぐにメレディスを見つめる。


「決意は固そうね……それなら遠慮無くやらせてもらうよ。時間の余裕は無いようだから、すぐに始めましょうか。準備するから少しだけ待ってて」


 メレディスは、あの娘とは誰なのか、何故、魔力吸引などするのかなど、詳しい事情を聞くような野暮ったい事はしなかった。


 5分と待たずに、三人は大きめの台が置いてあるだけの薄暗い部屋に通された。灯りはろうそくが数本のみの、いかにも『怪しい儀式に最適』な部屋である。


「はい、これに着替えて」

「着替え……これに?」


「素っ裸になるよりマシだろう?」


「ハダカの方がマシって思えるね、それ」

 シュレスが思わずニヤける。


「布の面積少なすぎじゃないですか!?」


「マジックドレインに必要な様式の魔装具なんだよ、それ。安全面も考慮された最新モデルだよ。私が作ったんだ」


 メレディスが手にしているのは、一見ただの布切れにしか見えない小さな……

 布切れだった。

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