第10話
気がつけばルードルフとの出会いから二年が経過していた。
前世を思い出してからだと六年経っており私の年齢も二桁に突入している。
お茶会での悪態が効いたのかルードルフとの婚約には至っていない。しかし油断出来ないのも事実。
何故ならルードルフも婚約者が出来てないのだ。
あの会場にいた他の令嬢達は放っておいていいのかと思ったが自分を選ばないのであれば彼がどうしようが口を出すつもりはない。
時々会うようになった王妃様からは「そろそろルードにも婚約者を決めて欲しいのだけどね」と期待した眼差しを向けられる事が多くなった。
その度に私は笑顔で「良い縁が見つかれば良いですね」と返している。
お茶会の後、母に真相を問い質せば私が考えていた事はおおよそ当たっていた。
ただ王妃様には全く悪気がなく婚約させたがっていたのは息子ルードルフを想い、姪である私の事を気遣ってくれた結果だったらしい。
ルードルフの婚約者にならなかったからと言って彼と会わないようにするのは難しかった。
どういう訳か彼はよく屋敷に遊びに来るようになったのだ。
理由を聞けば「従妹に会いに来るのに理由が要りますか?」と笑ってくるルードルフ。
全くの他人であれば拒否も簡単だったろうが私達は紛れもなく血の繋がりを持った従兄妹なのだ。
そもそも王子に対して会いに来るなと言える程、私は横柄な人間ではない。
理由を聞いていつも通りの答えが返ってくる。そのやりとりも四回を過ぎた頃には私も諦めてルードルフを出迎えるようになっていた。そして今日もやって来た彼を玄関まで迎えに行く。
「ディア、お久しぶりですね」
「ご機嫌よう、ルード様。一週間前に会いましたよね?」
『ディア』『ルード様』
いつの間にかそんな風に呼び合うようになっていた。
きっかけはルードからディアと呼んでも良いかと聞かれた事だった。断る理由もなく許可をすれば今度は私に対して愛称で呼ぶように言ってきたのだ。
断ろうと思えば断れた。
しかし歓迎してもないのに何度も家を訪ねてくる彼のしつこさを知っている身からすれば早々に諦めた方が良いと思い。結果ルード様と呼ぶようにした。
「一週間も会っていなかったのですよ」
「普通の貴族は一週間会わなくても平気です」
「相変わらずディアは冷たいですね」
ついでに言うと王族が相手なら年に一度会えれば良いくらいですよ。
突き放すように言う私に笑うルードルフは何を考えているのかさっぱり分からない。
「今日はどのような用件で?」
「ディアの顔を見に来ました」
毎回この人は息を吐くように甘い言葉を言ってくる。
王子様だからなのか、攻略対象者だからなのか。よく分からないがドキドキするのでやめてほしい。
いつも使う談話室はこの四年ですっかり私達のお茶会スペースと貸していた。
向かい合うように座ってからヒルマに紅茶を用意してもらい一口飲んでから息をつく。
「これをどうぞ」
いつも付き添いで来ている老執事のマルコから紙に包まれた物を受け取り、私に差し出した。
よく見れば包み紙は白猫が描かれており可愛らしいデザインだ。
そして長方形で少しだけ厚みがあるそれは本だろう。
「これは本?」
「はい。プレゼントですよ」
「プレゼント?」
彼から本を貸してもらう事はある。しかしプレゼントで貰うというのは初めての事だった。
差し出された包み紙を受け取る。
「拝見しても?」
「勿論。喜んでいただけると嬉しいのですが」
ルードは頰を紅潮させ笑った。
照れる程の事なのだろうか?
そう思いながら包み紙を丁寧に開けていく。
これは取っておこうとヒルマに手渡した。
「それは取っておくわ」
「畏まりました」
「取っておく?捨てないのですか?」
ヒルマに指示を出すとルード様は鳩が豆鉄砲を食ったような顔で聞いてきた。
確かに普通の貴族だったら適当に破り捨てしまうか丁寧に開けたとしても処分してしまうだろう。
しかし前世で貰った可愛い包装紙や紙袋を捨てられずにいた私からすれば当たり前の事だった。だが、王子を前にして取るべき行動ではなかったと羞恥心が芽生え頬が赤らんだ。
「可愛らしいので取っておきます」
「そう、ですか…」
依然として驚いた顔をしたままのルードはやはりこういうケチ臭い人がやるような事は嫌いなのだろうか。
もしそうだったら悲しい。
「やはり貴族らしくないですよね?」
「貴族らしくはないかもしれません。でも、ディアらしくて僕は好きですよ」
今度は私が狼狽させられた。
真っ直ぐ見つめられて「好き」と言われたのは今世では初めての経験で、鼓動が速くなる。
人として好ましいと言われただけで大した意味は持たない。
そんな事は分かっている。分かっていても儘ならないのが感情の厄介なところだ。
「……中、見させてもらいますね」
赤らんだ頰を隠すように俯き本の表紙を確認した。
タイトルは『王宮の秘密探検』だ。
かつて彼に話した『逆賊のアリーセ』の作者が書いた最も古い本だった。既に絶版になっており、どれだけ探しても見つからなかったのに。
「本当に頂いても良いのですか?」
嬉しくなり本を抱き締めながら笑顔で尋ねた。
あまりにも無邪気に聞き過ぎたせいかルードルフは子供を見るように目を細めた。
「嬉しそうですね」
「嬉しいです…」
早く読みたい。
人から聞いた話では主人公は王女様で、王城に隠された秘密を一つずつ暴いていくという内容らしいです。
絶版になった本のせいか表紙の皮が少しだけ古びた感じがあるが逆にそれが良い味を出している気がする。
「喜んでもらえて私も嬉しいです」
「本当にありがとうございます」
「読んだら感想を聞かせてくださいね」
「勿論です」
元気良く返事をして本の表紙を眺めた。
この時、ルードルフの意味あり気な笑顔を見て、その意味を理解しようとしていたら。
私は後悔などしなかったのでしょう。
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