週初めの朝食

飯炊きおじさん

第1話 トーストとコーヒー

ピピピピッピピピピッ

スマートフォンのアラームが鳴る。

男がむくりと体を起こす。

4月中旬の朝。肌寒い目覚め。


暫し呆けた顔でいた男は、

「…動くか」

ボソリと呟いてベッドから移動する。


洗面台に向かい、鏡でその冴えない顔を確認し、葉を磨き、髭を剃る。

今度は台所に向かい、作り置きの料理を弁当箱に詰める。

その傍ら、冷蔵庫の中身を確認。


「…ん、コイツがあったか」

男が取り出したのは、先日日光に出張に行った際、近くの老舗ホテルのパン屋で買ってきた食パンだ。

一般的な市販のパンに比べて生地が詰まっているためか、ずしりとした重さを感じる。

同じパン屋で買ったバターも併せて取り出す。


「飲み物は…コーヒーか」

男は抽斗を引き、通販で買ったコーヒーを眺める。複数の産地や煎り方のコーヒーがそれぞれドリップバッグになって毎月届くタイプのものだ。


「…これ?にするか…」

歯切れの悪い選び方だ。だがそれも仕方ない。

産地や煎り方による違いを理解していないからだ。

なお、今回はブレンドコーヒーで中煎りのものを選んだ。どの産地も煎り方も何が良いか分からない、そんな男の中庸の精神から生まれた選択だ。

何故こんな贅沢な購入を続けているのだろうか。

ともあれ、これで朝食の役者が揃った。



男はまず食パンを室温で数分放置する。

トーストは冷たいまま焼くと内側と外側の温度に差が出る。生地の詰まったパンではなおさらだ。

それを避けるため、室温に慣らすのだ。

室温に慣らした食パンを厚めに切る。

その後、オーブンレンジのトースター機能で焼くだけだ。


その間、コーヒーを淹れる。

ポットで湯を沸かす。

マグカップにドリップバッグを乗せ、湯を注ぐ。

ちょうどトーストも焼き上がったため、食卓にコーヒーと共に並べる。


まず湯気の立つコーヒーを一口飲む。

「フーフー…んぐ…」

少し苦味が強い、だが、飲み込んだ後に甘みとコクを含んだ香りが残る。


軽く一息ついて、トーストにバターをたっぷりと塗って頬張る。

「ザク…むぐ…むぐ…んぐん…むっふ」

思わず笑みが溢れる美味しさだ。

焼き立てのため、表面がザクザクとしている。

そこにバターの油が染み込んで、塩気と共にジュワッと溢れ出してくる。

内側は生地が詰まっている上に厚めに切ったので、モチモチとしている。

更に生地自体が仄かな甘みを含んでいる。


更にコーヒーを一口飲む。

「んぐん…」

トーストとコーヒーの香りが一瞬一つになる。それがとても美味しい。

その後、コーヒーの味と香りが口の中で支配的になる。


男は暫くその余韻に浸っていた。

しかし、ふと目を向けた時計がもうすぐ出発時間だと告げてくる。

男は急いでスーツを着て会社に向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る