ショタと普通と英国紳士
学校帰りにド●キに寄り、ミノルの家でモジャ兵をオシャレボウズにし、眉も鼻毛も整えている最中も、槍チンのモテ講座は続いた。
結果、モジャ兵は吐血寸前。
ミノルはアイドルのライブBlu-rayを鑑賞しながら何故か爆笑。発狂寸前。
アリップは電気の紐でシャドーボクシングを始める始末。
「なぁ、本当に、コレだけの苦行を重ねるだけの価値があるのか!? 女子との関わりってのは!」
モジャ兵が泣きながら叫ぶ。ミノルとアリップも高速で頷いた。
「勿論だ……と言いたいところだが、それは人それぞれだ」
『あぁん!? てめここまでやっておきながら何ふざけたこと言ってけつかんねん!』
三人がキレた。
「だが! 少なくとも俺は頑張って良かったと思った!」
三人を上回る大きな声で、槍チンが叫んだ。
「身だしなみやトークに気を遣うのは女に限った話じゃなく、人間としての成長だ! 社会に出ても、人と付き合っていく上で絶対に役に立つ」
「…………」
ぐぅの音も出ない三人。
「ギャルゲーや、ミリタリーや、アイドル趣味を一生封印しろとは言わねえよ。でもな、一度はずーっと一辺倒にのめり込んできたものだけでなく、他のことに目を向けろ。そんで一回でも味わってから決めろ。自分にとって、今まで没頭してた趣味と、それを封印してまで頑張ってみたこと、どちらが天秤にかけた時に勝っているか」
「…………」
「今回の合コンの結果、お前らが『やっぱり女なんてクソ!』て元の自分に戻っても、俺は何も言わねえよ。一度は死ぬ気で自分を変えようと努力した上での結論ならしょうがねえ」
「……槍チン」
「……槍チン」
「……横チン」
「誰が横チンだ。出てねえよ横からチ●コ」
アリップのボケにしっかりツッコんだ後、一つ咳払いをして、再び槍チンは真面目な顔になった。
「お前らが異性や恋に対して臆病なのは、自分に自信がないからだ。自信の無さを棚に上げ、自分を信じられないのをいつも何かのせいにし、行動できない。では自信をつけるにはどうすればいいか? 自分を磨く以外に方法なんてない! 自分を磨けば毎朝見るのが億劫で、現実を突きつけてきたはずの鏡が応えてくれる! そして思うんだ。『アレ? 今日の俺、ちょっとイケてね?』てな!」
槍チンの振るう熱弁に、人知れずアリップは驚いていた。
――北方さんと、同じだ。
「じゃあお前毎朝鏡見て悦ってるのかよ」
「ナルシストめ!」
そんなアリップの心なぞ知らず、ブーイングする二人。
「そしてある程度自信はついたものの、まだ行動できないそんな時! 異性からの「カッコいいじゃん」が最強のブーストになるのだ!」
ブーイングをフルシカトした槍チンが、熱弁を締める。
アリップは最早驚愕と言って差し支えない程に動揺していた。まんま自分が言われたことじゃないか、と思ったのだ。
「……やろう」
「……え?」
アリップがボソリと口にした呟きに、ミノルとモジャ兵が怪訝な声を出す。
「やろう! 二人とも! 今まで脅威だと思っていたメス共を、超イケメンになってアへらせよう!」
「いやそこはメスの顔とかだろ!」
「アヘらせてどうする!」
二人のツッコミもどこ吹く風で、アリップは槍チンの方に手を置き、顔を寄せた。
「槍チン……女にモテる為に一番必要な要素って何?」
すっかり燃え上っているアリップの勢いに若干気押されながらも、槍チンはニヤリと笑って答えた。
「我慢」
もうその二文字を聞いただけで吐きそうになったが、それでも三人はもうやめたいとは言わなかった。
そして、それから決戦の日の前日まで、槍チンによる槍チンの完全プロデュースカリキュラムを終えた三人は、以前とは見違える程の顔つきになっていた。
その日、教室にいたのは、もう最底辺の、モテない、キモイ、臭いを超越したソルジャーだった。
ただならぬオーラを発している三人を、モブ生徒達が遠巻きに見ている。
「よし、自己紹介!」
槍チンが自信満々の三人に向かって、号令を掛ける。
「どうもこんにちはー! アリップです! 今日は槍チンくんに誘われてきたんですけど、普段こういった女の子と遊ぶ機会あまりなくて……可愛い人ばかりで、その……緊張してますけど! 仲良く楽しめたらって思います」
そこには、好きあらば下ネタを叫ぶ、狂犬のようなオタクはいなかった。少し気後れしているが、同時に好奇心に胸を高鳴らせている、まだ穢れを知らぬ青い果実が
「こんにちは! モジャ兵です! アクション映画とかが好きで、ハリウッド俳優に憧れて筋トレとかしてたら、いつの間にか身体造りが趣味になってました!」
「えー、じゃあダイエット向けのトレーニングとか詳しいの?」
裏声で槍チンが女役をやる。
「詳しいですよ! でも、みんなスタイルいいから俺のアドバイスなんていらなそうだけど! はははっ!」
ベタベタのジョリジョリの、悪臭毛ダルマ雪男なんて、もうどこにもいなかった。そこにいたのは鍛え抜かれた一人の英国紳士だった。
「田中実です! 普通の男です!!」
そこにいたのは、普通の男だった。服装も、髪形も、顔もオーラも、普通! だが非を打つところは見当たらない、素朴な安心感を纏うベーシックマンがそこにいた。
「ふ……完璧だな。お前ら……決戦は明日だ。今日は八時以降はメシ食うな! 保湿やスキンケア、バッチリやっておけよ!」
「サー! イエッサー!」
完璧な返事だった。満足気に槍チンが頷く。
「でもさ、なんで槍チンは合コンに僕達を連れていこうと思ったの? 正直、何か裏があると思ってたんだけど。てか今もちょっと思ってるんだけど」
「……アリップ」
「あ、いや、勿論感謝してるけど」
じっと目を見つめてきた槍チンに、アリップが言い繕う。
「俺が女子に興味を持ったのは、お前が貸してくれた『どきメモプラス』が面白かったからだ」
「……!」
「そしてカッコよくなりてぇと思ったのは、モジャ兵。お前が勧めてきた仮面ドライバーの俳優がカッコよかったからだ」
「……!?」
「ミノルが勧めてきたアイドルのライブBlu-rayは……何の役にも立たなかったし正直キメェって思ったけど」
「おい! なんで俺だけ!」
「……まぁ、カラオケでダンス真似したら、笑いは取れた」
「役に立ってんじゃん! 最初からそっち言えよ」
「……どれも、自分がいいって思ったから、俺に勧めてきたんだろ? お前ら。『こんないいもの、誰かと共感したい』って思ってくれたんだろ?」
「……槍チン」
「……槍チン」
「……まさか、それで?」
「あぁ、俺は、女の子と付き合って遊ぶのって、こんなに楽しいことなんだって……お前らに、共感して欲しかったんだ」
『槍チーーン!』
四人が抱き合った。決戦は明日だ!
ちなみに、とっくにチャイムは鳴っているし、授業は始まっている。四人はその体制のまま廊下に立たされた。
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