アフター7 一軒家を買うに至るまでにあったこと⑥ 最後の最後で○○○二人

 7月に突入した。7月となれば学生のとき、夏休みを楽しみにしていた。長期休みというワードは“自由”という意味を包括しており、普段できないことも長期休みとなれば可能になる。夏休みになり羽目を外す人が出てくるのと同じだ。


 ただ、学生ではなくなるとそうはいかない。そもそも社会人において長期休みという言葉の意味合いが変わってくるのだ。学生であれば40日ほどあるのが通例だが、社会人ではその4分の1以下、俺の場合はお盆休みくらいでしかなく、せいぜい4、5日ほど。有給を使えばもう少し休みは増やせるだろうが、夏休みとなるとトラブルも多発する。有給を使おうにもなかなか手を出しづらいのだ。それは、響子も同じで、夏休みになるととある“病気”が増える。夏休みなど関係ないかもしれない。そう、“熱中症”だ。


 地球温暖化に伴い、気温は年々上昇する一方であることは誰もが知っていることだろう。毎日のように最高気温云々のニュースが垂れ流されているように。エアコンをつけ、部屋を涼しくしていても熱中症にはなるそうだから、厄介なことこの上ない。熱中症対策は年を経るに連れて厄介さを増していきそうだ。


 ◇


 俺はソファで寝転びながら新聞紙に目を通していた。新聞記事には熱中症の注意喚起が書かれている。毎日のようにこの中身が同じような記事を見ている気がする。まぁ、それだけ書かれる理由は想像に容易い。毎日のように熱中症になって病院に運ばれる患者がいることはニュースでもやっているから、注意喚起せざるを得ないことくらい考えなくてもわかる。


「········はい、当麻くん」

「ん?」


 俺は机に置かれた封筒に目を向けた。なんだこれ?封筒に入れられているということはなにかの書類だろうか?しかし、封筒の大きさはそれほど大きくない。新年にもらうお年玉サイズだ。

 俺はよくわからないが、取り敢えず封筒の中身を確認することにした。俺は封筒の中身を取り出し、目を通すとすぐに中身をもとに戻し、新聞を手に取りソファに横になった。


(俺は今なにもしていなかった。そうだな?切井当麻よ。俺は新聞を今、この瞬間まで読んでいた。そうだよな?切井当麻よ)


 キャラがぶっ壊れてしまったかのように自問自答しているところに響子からの言葉が入ってくる。


「そ、それでどうかな?私なりにダイエットしてみたんだけど。痩せてるように見えるかな?その······不安で·····」

「·······そうか」


 俺は一体なにを試されているのだろうか。そもそも前提からおかしい。ダイエットとはどこからでてきた?ダイエットなんてそもそも響子はしていたか?俺が認知していないだけで仮にしていたとして、痩せたかどうかなんてどうして俺が判断できると思ったのだ?なんかもうわけがわからない。


「そうかじゃなくて感想が聞きたいんだけど」

「感想ってどう言えと·····?」

「どうって····い、色々あるでしょ」

「あのなぁ、響子。前にも言ったが、そういうのはりずはあたりに聞いてくれ。俺に聞かなくてもこれは解決するだろ」


 俺は封筒をトントンと叩き、響子を見た。響子は耳まで真っ赤になった顔で俺を見ている。恥ずかしいならやらなきゃいいのに。なぜ、自分から自爆しに行くのだろうか。最近、響子の奇妙な行動がよく見られるのは俺の中での一つの悩みとなりつつある。


「りずはちゃんにはもう相談したよ?それに静香ちゃんと明子ちゃんにも相談したし」

「······もう、そこで話が終わっているじゃないのか?俺に聞くことないだろ····」

「せ、セカンドチェックだよ、セカンドチェック!」

「いや、セカンドチェックではないだろ。順番的に俺は4番目なわけだから、そのノリで言うなら“フォース”チェックだろ」


 俺は響子となんの話をしているのだろうか。女子はダイエットをしたがるという話は聞いたことがありはしたが、噂話だと切り捨てていた。実際、こうして『実はダイエットしてたんだけど·······』なんて聞かれるなんて思いもしない。


「そもそも、ダイエットをしてたなんて話を普通の女子はしたがらないんじゃないのか?」

「そ、そうなの?」

「いや、知らんが」

「で、でも、痩せてる方がいいでしょ、絶対!」

「それは、人によるんじゃないのか?」


 痩せてる人が好きな人もいれば、ぽっちゃり系が好きな人もいる。そのあたりは好みによりけりであろう。この世の中には“絶対”などはないしな。


「当麻くんは痩せてる私とぽっちゃりの私のどっちが好き?」

「········」


(これはやらかしたな。墓穴をほった)


「そ、それとも私のこと嫌い?」

「いや、嫌いなわけ無いだろ。取り敢えず落ち着け、な?」


 もう雰囲気が葬式並みに死んでいる。このままだと色々問題が起こりそうだから、取り敢えずお互いが(主に響子が)冷静になるまで話は一旦止めておくのが賢明だろう。


「誰かになにか言われたのか?」

「べ、別に言われてないけど··········ただ、ちょっと最近焦ってて」

「焦ってるってなにに?」


 生き急いでもいいことないし、むしろ今は平穏な日が続いているわけだからのんびりしてもいいのではと俺は思ってしまうのだが。


「周りの人はさ、その·····初体験を済ませているでしょ?私はその········まだだから·······」

「········」


 取り敢えずわかったことは響子の話が少し重たいということだな。


「それこそ、焦る必要なんてないだろ。ペースは人それぞれなわけだし」

「それは······そうだけど」

「だろ?俺は別に今の生活に不満なんてないし、今後もそうだと思ってる。だから、余計焦る必要なんてない」

「そうじゃなくて!私は―――――――――ッッ!!」


 俺は響子の唇を塞いだ。ほんとはこんなことしたくはなかったのだが、最近響子がハマっているドラマでこんなシーンがあり、取り敢えず見様見真似でやってみた。これで怒られたら誠心誠意謝ろう。


 響子が俺の胸を押してくるがそれに負けないほどの強さで俺は響子を抱きしめる。1分ほど経って俺は響子から少し離れた。


「と、とにかくだな、焦らずやっていこうぜってことだ!部屋に戻るな!」


 俺は今になってから恥ずかしくなり部屋に逃げ込もうとするが響子に腕をつかまれてできない。


「わ、悪かった。あんなことされたら、腹立つよな。何も言わずだったし······ただ、あれくらいしか思いつかなくてだな·····って何にやけてるんだよ?」

「こ、これは違くて!その····突然のことだったからその·····驚いちゃっただけで·····とにかくこれはその········」


 わたわたと手を動かしてとにかく必死に言葉を探している響子。俺は先程のことを忘れたかのように笑った。


「わ、笑わないでよ!その·····当麻くんがそもそも悪いんだから!」

「いや、悪いとは思ってるんだよ、これでも」

「当麻くんらしくないことしてきたから驚いたんだから!」

「悪かったって」


 俺は何度も響子に謝り続けた。響子からの説教はその間も続いた。


「とにかく、今後はこういうことはしないと誓う」

「えっ?ど、どうして?」

「·····どうしてって嫌だったから怒ってたんだよな?」

「当麻くんの鈍感バカがここでも発動されるんだ······」

「鈍感バカ····」


 似たようなことをりずはにも言われた気がする。意味はよくわからないが、なにかやらかしたことだけはわかる。


 そういや、順も似たような状況になったときの対処法について言っていたような。


 それは、第三回となる同窓会のときのことだ。


『まさか、順が“裏切る”とは、な』

『いや、違う。それは、違うよ、当麻』


 何について裏切ったのかについて言うとお互い結婚をしているため、男女の関係を持つことは考えにくい話ではないが、俺と順はそんな淫らな関係にはならないようにしようと密かに約束していた。しかし、実際はその約束を守っていたのは俺だけ。何だこれ?


『僕は裏切ってなんかいない。あれは、そう明子が悪いんだ。明子がかわいすぎるのが悪いんだ!!』

『順、声のボリュームを下げろ。それと人のせいにするな』

『あれは、仕方がなかったんだ!どうやったって防げなかったんだ!』

『小田切······悪い。なんか地雷踏んだみたいだ』

『大丈夫大丈夫!任せて!』


 不安しか感じないが、まぁいい。長い付き合いだろうから任せて大丈夫であると信じよう。


『明子、僕はもうなんか····ダメみたいだ』

『どうしてそう思うの?』

『明子が"美人"に見える』

『『ブフッ!!』』


 い、いきなり何いってんだ、こいつ!わ、笑うしかない。


 俺は家康とともに笑いをこらえるのに必死だった。やばい、腹痛い。


『きゅ、急に何いってんの、順くん!わ、私が美人って·······!えへへへっ、順くん!もっかい!』

『かわいいよ、明子』

『えへへへっ、もっかい!』


 もう、好きにやっててくれ。


 ◇


 なんか思い出したら、嫌な記憶だった。とにかく順はもうダメだ。恋は罪であるとはよく言ったものだ。


「当麻くんは何もわかってないんだね」


 俺が記憶を辿っている間も響子からの説教は続いている。


「小田切くんと違って私のこと····その····何も言ってくれないし······」

「······ッ!」


 響子の悲しそうなその表情に俺は息を飲んだ。俺は響子を抱きしめて言う。


「俺は響子のことが好きだ」

「······ッ!」

「こ、これでいいか?」

「·······いきなりはやめて。心臓に悪いから」

「そ、それもそうだな。それにこんなことしてたら、熱中症になるな」

「な、ならないよ!!」

「いや、わからないだろ?」


 響子は顔を真っ赤にして否定してくるが、俺は熱中症の恐ろしさを実際に経験したわけではないものの年々暑くなっているし、熱中症になってしまう可能性が高くなっていることは知っている。


「さ、さっきもしたのに·····で、でも当麻くんがしたいなら······」

「?·······何の話?」


 俺が響子に顔を近づけると響子がキスをしてきた。それは、唇に触れるだけのものではあったが、俺は響子の突然のキスに動揺していた。


「なんで·····」

「だ、だって当麻くんが『ねぇ、チューしよう』って」

「·······」


 熱中症が『ねぇ、チューしよう』って聞こえる、あれか。


「それとも····ま、また私の早とちり····」


 ああ、やばい。このパターンはまたダメなやつだ。だから、俺がやるべきことは。


 俺は響子の肩に手を置くとキスをした。


「間違いなんかじゃないよ」


 悪い順。俺も約束、守れなそうだ。


 そして、俺たちは―――――――――――――――。



























 ◇


「と、当麻くん」

「きょ、響子」


「「恥ずかしいんでまた今度でお願いします!」」


 お互い恥ずかしくなり、最後どころかキスで終わった。



アフター7 一軒家を買うに至るまでにあったこと⑥ 最後の最後で“日和る”二人

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