おまけ編 魔王なのだが、側近が何を考えているかわからない

1.魔王なのだが、魔王城がない

 吾輩は魔王である。名前はないわけではないのだが、誰も呼んでくれないので忘れてしまった。「魔王様」と呼ばれるだけなので問題がないといえばない。

 しかし魔王と名乗るのもいささか抵抗がある。

 つい先日、勇者一行が吾輩の魔王城へと攻め入ってきた。

 吾輩は勇者と死闘を繰り広げた。戦いの末、吾輩は魔王でありながら勇者に敗北したのである。

 とどめを刺される寸前に、割り込んできたのは配下の魔物どもであった。奴らの手引きで吾輩はまんまと逃げ延びたというわけだ。


「ふぅ、魔王様がそこまで俺に感謝しているのなら仕方がありませんね。今度俺の言うことを聞いていただきましょうか。どーしても魔王様がお礼をしたいとおっしゃるので、本当に仕方なくですからね」


 魔王である吾輩にそんなことをのたまったのは、配下のゴブリンである。あの腹立たしい表情は今でも忘れられぬ。

 しかし助けられたのも事実。それも勇者相手に体を張って、だ。今度礼として何かしてやらねばなるまい。


「あのゴブリンの言うことなんて放っておけばいいのです。あまり構っているとつけ上がるだけですよ」


 と、助言を口にするは側近のサキュバス。


「しかしサキュバスよ。ゴブリンの言うことにも一理ある──」

「ありませんよ! 魔王様なんですからゴブリンごときに流されないでください。それに、私のことはラスティアとお呼びください!」

「う、うむ」


 吾輩は「魔王様」なのだがな……。

 今となっては魔王としてふんぞり返る場所もない。魔王城は勇者に攻め入られた時に破壊されてしまった。玉座もなく、王と名乗ることすら吾輩自身おこがましく感じる。

 これはまず新たな魔王城を作らなければなるまい。そのためにも、配下の魔物どもにはがんばってもらわねばならないのだ。へそを曲げられでもしたら面倒だ。


「おい、ゴブリンよ」

「なんでしょうか魔王様?」

「吾輩が再び魔王として君臨するため、先の戦いで失った魔王城を復活させるのだ」


 吾輩に命令を下されたにもかかわらず、ゴブリンはやれやれと肩をすくめる。


「魔王城を作るだなんて、そんなの我々にできるわけないでしょう」

「む、しかしやってもらわねば困るぞ」


 なんせ寝床すらない状況だ。吾輩にはスライムという、どこでも枕になってくれる配下がいるのだが、ラスティアやゴブリンどもはつらいのではないだろうか。


「では魔王様にお尋ねします。魔王城をどう作るか知っておいでで?」

「む……」


 ふむ……、知らぬな。

 魔王城は吾輩が物心つく前から存在していたのだ。それが当たり前で、魔王城のない生活なぞ考えてもいなかったほどなのだ。

 一体いつから存在していたことやら。先代の魔王か、それとも先々代か。いつからにせよ、吾輩が生きている間ではないのは確かである。


「どうです? 答えられないでしょう」


 異形の顔を歪ませ笑うゴブリン。吾輩の無知を喜ぶでないわっ。

 だが、悔しいがゴブリンの言う通り。吾輩に魔王城の建築方法なんぞわかるはずがない。


「だがゴブリンよ。いつまでも野宿をするわけにもいくまい。城を建てよとは言わん。贅沢ではなくとも住居は必要だろう」

「そうですね」


 しばらく思案するゴブリン。


「ならみんなで協力しましょう。もちろん魔王様もですよ」

「む、吾輩もか?」

「当然でしょう。魔王様は我らの魔王様なんですから。一家の大黒柱みたいなものです。なればこそ我々の先頭に立ってもらわないと困ります」


 一家の大黒柱……。何かよくわからないのに、なぜだか誇らしい気分になる。吾輩を尊敬する眼差しを向けてくるゴブリン。ふふ、仕様のない奴め。


「よかろう。吾輩は何をすればいいのだ?」

「魔王様ってなんてチョロイ……」

「む、何か言ったか?」

「いえ何も」


 ゴブリンは咳ばらいをして、重々しい口調で言った。


「これから魔王様がやらなければならないことは我々にはできないことです。スライムやミノタウロスにもできないでしょう」

「なるほど。吾輩自ら手を下す時がきたようだな……」

「ええ……。この任務を成功しないかぎり、魔王城が再び建つなど夢のまた夢でしょう」


 吾輩は重々しく頷く。そして、続けてゴブリンが口にした吾輩のすべきことを一言一句聞き漏らさなかった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る