10.ゴブリンどもが言うことを聞いてくれない

 吾輩は魔王である。魔王は勇者に打倒される存在。そういうものなのだそうだ。


「ここまでだ魔王!」

「ぐぅ……」


 ついに勇者どもがこの魔王城に攻め入った。

 奴らは数々の魔物の襲撃を乗り越え吾輩の元までやってきたのだった。

 そして、吾輩は敗れた。

 第二形態まで見せたのだが倒せなかった。ここまでやって負けたのだから完全敗北と言っても過言ではない。そう納得してしまった。

 決着をつけるため勇者が剣を振りかぶる。

 吾輩もここまでか……。そう諦めた時であった。


「総員、突撃だぁぁぁぁーーっ!!」

「「「うおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉーー!!」」」

「な、なんだ!?」


 剣を振りかぶったままの姿勢で勇者が動揺して固まる。吾輩もぎょっとした。

 ゴブリンが軍勢とも呼べる数で勇者に飛びかかったのである。


「ゆ、勇者様っ」

「くそっ、なんだこのゴブリンの数は!?」


 勇者の仲間も動揺している。というか吾輩も動揺したままだ。

 いきなりゴブリンどもはどうしたというのだ? 勇者が強くなったから邪魔になるからと魔王城の隅に追いやったというのに。なぜわざわざ出てきてしまったのか?


「魔王様を守るのだぁぁぁぁーーっ!!」

「「「うおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉーー!!」」」

「くっ、このザコどもが!」


 固まっていた勇者だったが応戦し始める。そうなればゴブリンがいくら束になろうとも勝てる相手ではなかった。次々に薙ぎ払われていく。

 何をやっているのか。そんな無駄なことをして、屍の山を築くだけではないかっ。

 だがすでにボロボロとなった吾輩にはどうすることもできない。止めることなどできはしなかった。


「魔王様、失礼します!」

「ミノタウロス……?」


 ミノタウロスが吾輩を担ぎ上げる。そして走り出した。


「なっ!? 逃げる気か!」


 勇者の仲間の一人が気づいた。


「頼んだぞ! 我等の意地を見せてやれ!!」

「「「おおっ!!」」」


 大勢のミノタウロスが吾輩を担いだミノタウロスと勇者の間に入る。


「な、何を……?」

「魔王様を逃がしてみせます!」


 なぜそのようなことをするのか? 吾輩にはわからなかった。

 背後に響くのは断末魔の嵐。ゴブリンどもとミノタウロスどものものだろう。すでに勇者に勝てるものではない。吾輩が負けてしまったのがその証拠だ。


「追え! 逃がすな!!」


 勇者の声だ。あれだけの数がいても脅威になりえなかったようだ。

 だから、やめるのだ。無駄な抵抗ではないか。

 吾輩の心の声が聞こえたかのようにミノタウロスはこちらを向いた。


「我等の意地です。わかってください」


 わからぬ。そうした返答は声にならなかった。

 吾輩を担いでいたミノタウロスが倒れる。追いついた勇者の一撃が胴体を切り裂いたのだ。

 こんなにも動けないことがもどかしいとは。沸々としたイラ立ちが体内の奥底から生まれる。

 ミノタウロスが倒れ、吾輩の体は投げ出される。地面と衝突するところで柔らかいものに包まれた。


「僕にお任せを」

「スライムか?」


 どうやらスライムに受け止められたようだ。心地の良い感触が吾輩の体を包む。


「次から次へとっ」


 勇者の苛立ちがわかる。少しだけ清々した気分だ。


「ラスティア様! お願いします!」

「ええ、わかったわ」


 今度は側近が吾輩の体を担いだ。細身とは思えないほど軽々と背負われる。


「後はお任せを!」


 待てとは言えなかった。

 スライムの並々ならない覚悟。そんなものを見せられたようだ。


「魔王様しっかりしてください!」


 言葉が出ない。傷だけではない原因を悟った。

 蹂躙される音だけが聞こえる。不快な音だ。

 そんな音を聞きながら、吾輩は意識を手放した。


 次に目を覚ました時には側近の姿だけだった。


「……ここは?」

「魔界の森です。もう勇者どもは追ってきていませんよ」

「……そうか」


 吾輩の傷はだいぶ癒えていた。おそらくサキュバスが治癒魔法でも使ったのだろう。

 傷が癒えたところでどうするというのだ。吾輩はすべてを失ってしまった。それが敗者の末路だ。

 暗い暗い森の中。未来が見えなかった。


「ラスティアよ。吾輩はどうすればいいのだろうか?」

「え? 今なんと?」

「吾輩はどうすればいいのかと……」

「その前です」

「……ラスティアよ」

「おおおおおおおおおお!! ついに、ついに! 魔王様が私の名前を呼んでくれたわ!」

「え、いや、ちょ……」

「これは私を女として見てくれたと考えていいのよね? いいのよね!」


 今そこは興奮するところではないだろう。吾輩の側近のくせに冷静さが欠けている。

 ラスティアはいやんいやんと言いながら首を振っている。まともに吾輩の声が届いていない。話にならない。

 吾輩シリアスになりたいのだが……。なぜかそういう空気になっていないのはなぜなのか。


「それは俺達が生きてるからじゃないですかね」

「なっ!?」


 森の奥からゴブリンが現れた。それも大勢だ。中にはミノタウロスやスライムの姿まである。

 それは吾輩を逃がすために散っていった者達の姿であった。


「な、なぜ?」

「そりゃまあ俺達ザコキャラですからね。すぐに復活するんですよ」


 ゴブリンが何を言っているのかわからない。相変わらず理解に苦しむ。

 だが、ゴブリンどもが生きていた。それだけで救われた気がしてしまったのだ。


「ボスキャラは復活しないですからね。魔王様にはまだまだ働いてもらうんですから、勝手に死なないでくださいよ」

「ゴブリンのくせに……生意気な口を叩く」


 ゴブリンはにやりと笑った。

 吾輩の言うことを聞かないゴブリン。だが、腹立たしいとは思わなかった。


「また最初から始めましょう。それで勇者どもをぎゃふんと言わせてやるんですよ」


 吾輩の手には余る奴等よ。

 だが、まだまだ当分の間は退屈せずに済みそうだ。


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