8.スライムの新たな仕事

 吾輩は魔王である。魔王であるからには玉座にふんぞり返らなければならないのだ。


「最近玉座の座り心地が良いものだな」


 最高級の玉座らしいのでもともと座り心地は良かったのだ。

 しかし、最近はより一層良くなったというか。柔らかく沈み込むので尻に優しいのだ。腰の負担も軽くなった。


「側近よ。この玉座は新しくなったのか?」

「いいえ魔王様。それは新品ではありませんよ。いつもの玉座のままです」

「何?」


 だとしたらこの座り心地はなんだというのだ? 明らかに前と違っているではないか。

 吾輩の疑問に気づいてか側近は続ける。


「座り心地が変わったのはスライムを敷いているからでしょう」

「何っ!?」


 吾輩は飛び上がった。玉座から離れて座る位置をまじまじと見つめる。


「魔王様どうぞお気になさらずお座りください」

「……」


 本当にいた。

 スライムは平べったくなっていた。禍々しさを演出するために照明を薄暗くしていたせいで気づかなかった。


「何をしているのだ?」


 スライムに敷物になれなどと命令はしていない。

 ならばなぜスライムはこんなことをしているのか。屈辱以外の何ものでもないだろう。普通自分からこんなことはしないはずだ。

 しかしスライムからの言葉は明るかった。


「魔王様の負担を少しでも軽くしようと思いまして。魔王様の腰を守れるのでしたら僕は本望です」


 どうやら吾輩のために自主的にしていることだったようだ。信じられぬが声色から本当のことを口にしているのだとわかる。

 これをどう対応したものか。褒めるというのは違う気がする。


「もちろんラスティア様からは了承を得ています」

「む、誰だ?」

「私です。いい加減私の名前を憶えてください」


 側近のサキュバスだった。なぜか目尻を吊り上げている。

 ……側近と当の本人が納得しているのならよいのか? いや、吾輩は了承していないぞ。


「吾輩は部下を尻に敷く趣味はない。ただちにやめよ」

「魔王様はラスティア様の尻に敷かれていますもんね。敷くよりも敷かれたいお気持ちはわかります」


 こ奴……っ。

 側近も「そ、そんなことないわよっ」と言っているではないか。このスライムはどこに目をつけておるのだ。……本当に目はどこについておるのだ?


「側近よ、スライムは勇者の元へ向かわせなくてもよいのか?」

「いいのではありませんか。魔王様の腰の負担が軽くなっているようですし、役に立つのなら好きにさせておきましょう」

「むぅ……」


 側近のお墨付きか。側近ならば問答無用で勇者を倒しに行け、とでも言うのかと思ったが。


「僕の仲間がラスティア様の座布団になってますしね。気に入っていただけたようで良かったです」

「……」


 側近もしっかり堪能しているようだ。どうやら手放したくないらしい。

 確かにこの座り心地は最高だからな。その気持ちはわからなくもない。


「みゅぐ……」


 ならばスライムの上に座ってやろうではないか。

 このぐにぐにの中にあるふわふわとした感触。たまらない。

 この感触を知ってしまってはもうスライムを手放せないのかもしれぬ。あ~、なんと恐ろしい~。


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