第2話 魔族恢復


 カリアードの次なる計画。

 それは、人間と「魔族」との対話を実現させることだった。

 そうしてできることならば、以前我らが退いて明け渡した住処すみかを回復し、その地に棲まう狂った状態の魔族の精神をもとに戻させたいというのである。

 言うまでもなく、これは壮大な計画だった。とりわけ我らよりもはるかに短い寿命しか持たぬ人間たちにとっては、大いに忍耐力を試される大仕事だと言えたであろう。


 カリアードは自分が見聞きしてきたこと、この五年で調べ上げてきたことをつぶさに国王に上奏し、他国の王侯貴族にも同時に公開した。そうしなければ自国の王だけが独断専行して、ひとりうまい汁を吸おうとするやも知れぬからだ。

 そもそも「オークの王討伐戦」は各国の精鋭が集まって構成された混成部隊によるものだった。各国の王へは、隊にいたその国出身の者が説得にあたってくれた。

 と、こう言えばいかにもすんなりと事が運んだように見える。だが、実際は相当の艱難辛苦かんなんしんくを伴ったようだ。監視者としてつけた仲介者の助力がなければ、到底こんな短期間で達成できたはずがなかった。

 仲介者はさまざまな「魔法」を使う。

 人間の目をあざむく《隠遁》や、記憶を操作する《混乱》。そのほか、相手を眠らせる《催眠》などなどだ。今回の勇者たちの仕事について、彼女のこの能力がどれほど有用だったかは想像にかたくない。


 さて。

 「魔族の狂った精神をもとに戻す」と先に申したが、これに関しては一応、事前にひとつの「実験」を試みてみなくてはならなかった。

 すっかり狂って数千年を経た魔族たちが、我の元に戻ることでまことに理性を取り戻すことができるのかどうか。それは一度、実際に試してみなくては分からないことだったゆえである。


 最初、仲介者はひとりの「ゴブリン」を魔力の檻に入れて連れてきた。まずはもっとも体の小さなものから試してみたのである。

 連れてこられた当初、ゴブリンは奇声をあげ、体じゅう血まみれになるほどに檻の中で暴れまわった。狂ったように檻に頭や体をぶつけ、一日中たけり狂う。そうやって自分の身体を散々に傷めつけるために、むしろそれで命を喪うのではないかとこちらが危惧するほどだった。

 それが三十日ばかり過ぎるころになってようやく、ゴブリンは無闇に叫ばずに静かにしていられるようになった。それでもまだまだ、目の光に理性の色は浮かばなかった。

 我は辛抱強くかの者の心に語りかけつづけた。


《さあ、恐れることはないのだ。ここにはもう、そなたを害する者などおらぬ。恐怖と疑心から逃れ、どうか心を平らかにして、平穏のうちに生きるように》

《そなたとそなたの祖先が本来あるべき姿にもどるように。理性と知性が体全体から輝きでていた、いにしえの姿を取り戻すように》と。


 その者が本当にもとの姿を取り戻すに至るまでは、実際、数年もの歳月が必要だった。だが最終的に、彼は我らの言葉を解し、礼儀ただしくふるまい、さらには互いに知的な会話を楽しむまでに心を恢復かいふくさせていったのだった。

 我がなにかを為したというのではない。

 もとからこの地に存在する大地と大気の《気》が、我を介して存分にその者に降り注いだ結果であった。


 それから「仲介者」は、ゴブリンより少し大きな体の者をつかまえて、我の在所に運んできた。その後も少しずつ、連れてくる者の数とその体の大きさは増えていった。

 曰く、人間の言うところの「トロル」を。「オーガ」を。そして我の小型版のようにも見える「オーク」たちをも。

 体の大きさや種別によって、かれらの恢復かいふくしてゆく速度はまちまちだった。だがみなは間違いなく一様に、次第に理性を取り戻していったのである。


 その事実を「仲介者」から伝え聞いて、勇者カリアードは眉を曇らせたという。


──『やはりか。我ら人間の罪は重いな』。


 そう言って、ふかい溜め息を吐き出したと。

 過去の事実への確信を深めたカリアードは、ますます計画の実行を急がせた。


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