Angel 10 幸運因子

 フィリップは右肩を抑えながら自虐した笑みを浮かべた。完全に右手が機能していないようで、だらんと垂れている。


「——おいおい、なんだそれ」

「弾丸を一瞬テレポートさせただけだよ」

「そんな業物、何で最初から使わなかった。俺の斬風烈靱ブラスクだってテレポートで飛ばせただろ。手を抜いていたのか?」


 当たり前の疑問だった。それに貨物室から今までmagicaを使っていれば、もっと簡単に対処もできただろう。


「俺の物送転移メタスタスはそんな凄いもんじゃねぇ。確かに空間自体に作用はするが、小石みてぇな小さい物を直線状に少しだけ飛ばせるってだけだ」


 リーダーはビー玉程度の瓦礫をつまみ上げると、コインを弾くようにして射出する。瓦礫は一瞬消えたかと思うと、すぐさま減速して落下した。


「ははは。そんな能力ちからでアドナイを堕とそうってのか?」

「そうだ。俺のmagicaを唯一いかせるのが、拳銃こいつだけだ」

「今のうちに身の程を知っておいた方がいい。痛い目を見るよ」

「出来なくても、やるんだよ。そうでなきゃ俺は昔の俺に顔向けできない。無力にすがった言い訳で済ませられるほど、平和ボケもしていない」


 リーダーの言葉を聞くと、フィリップは天井を見上げて笑い出した。


「君の過去は知らないけど、ただの私怨で自己満足か! いいねぇ青臭くて——先生はこっちに付くべきだったのかもしれない。やっぱあの女は信用ならないよ」

「——何の事だ」

「何でもない、こっちの話さ。さぁ殺してくれ!」

 

 フィリップはあおむけで寝転ぶ。彼から滲み出ていた殺意はどこかに消失していた。ただ清々しく、すっきりとした顔をしている。

 

「寡黙とエーミールはこいつを組み伏せておけ。参謀とエスパーは付いてこい」

「……殺さないの? 今がチャンスだよ」

 

 確かにフィリップを殺すのであれば、今しかないだろう。


「あぁ。終わった後に捕虜として使わせてもらうからな」

「——なら捕虜になるついでに、わがままな頼みをしていいかい?」


 ついで……という捕虜が言うとは思えない台詞に、リーダーは眉をしかめた。フィリップという男は、どこか緊張感が足りなかった。


「何だ。尋問方法くらいなら選ばせてやる」

「尋問しなくたって、この頼みを聞いてくれれば全部話すさ……お嬢を君たちの手で先生の所まで連れて行ってくれ。お嬢は君たちが僕を倒した上で連行される必要がある。そうじゃなきゃ、お嬢はこの国から解放されないからね」


 フィリップは天井を見上げたまま、呟いた。


「――どういう事だ……!」


 フィリップの言葉をそのまま受け取るのであれば、意味があってわざとに負けたということだ。こちらは死ぬ気で戦ったというのに、奴にとっては八百長試合。いい気がするわけが無い。


「僕の口からは言えない——どうか、どうかお嬢をよろしくお願いします」


 フィリップは地面に座り直し、頭を下げた。

 その姿を見ると、怒りのぶつけ先が分からなくなる。今ここで叫びたい気分だ。


「おい、お前のやってる意味は分かってんのか?」

「あぁ分かっているつもりだよ」

「アドナイを敵にしている俺らに、重要人物である適性体を明け渡しているんだ。間違いなく国家に対する反逆だぞ」

「——うん」


 フィリップは顔を上げることは無かった。見ていて哀れに思えるほどに。


 マーダーであればとっくに撃ち殺しているだろう、と想像をしてしまう。しかしリーダーはそれをしない。


 それがリーダーの良さであり、砂糖よりも甘ったるい所だ。憎ったらしい相手でない限り、温情が湧いてしまう。


「参謀、適性体を連れて行くぞ」

「——はいはい。わかりました」


 参謀は優しく笑って少女の手を取る。


「私の考えがあっていれば、どうやらお父さんにも考えがあるみたいですよ」

「うん……!」


 少女だけは真相に気付いた。確かに父親は自分に天使というモノを打ち込んだ。そしてこのアルゴーで、研究成果としての見世物になる予定だった。


 だが父親はそれだけでは無かった。自分を適性体としてではなく、1人の娘として見ていたようだ。それが国に対する反逆ととられても。


「そうじゃなきゃ、お嬢がこの国から解放されない」


 この言葉で分かった。やっぱりお父さんはお父さんだったようだ——それに、この人たちも根っからの悪人ではないのかもしれない。 

 

 彼女は自分の足でプロメテウスに付いて行った。


   ***


「直人大丈夫?」

「見ての通りだよ!」


 直人は全力でmagicaを使いながら縦横無尽に動き続ける。そんな彼をセラはつまらなそうに見ていた。

 防戦一方、と言ったところだ。


 元の体格の倍近くあるウォータースは、その巨体に見合わない速度で拳を振るってくる。一回触られればお陀仏だろう。

 その証拠に彼の拳で殴り付けられた床は、ひどい荒れ方をしている。


 ウォータースの攻撃の密度が異様に高いため、狙いを定めて発砲できる機会が少ない。彼の攻撃はマシンガンのようにすら思える。


 いくらスローモーションで見えても、直人が高速で動けるわけではないのだ。


 走りながら打つことも出来るが、無駄に玉を消費するのは愚策。リロードの隙は見せたくない。


『俺に体を貸してみろ。楽に勝たせてやる』


 ——唐突に“声”がする。

 声は不気味に笑って挑発してきた。反応するのもしゃくだが、気になることもあるため返してやる。


「今はお前を使っていないんだが……どうして話しかけてきやがる」

『細かいことは気にすんな。どうだ? ちょっと体を貸すだけでいい』

「——そのまま体の支配権を返さないつもりだろうが」

『違う違う。お前に死なれたら俺も消えちまうだろ? 奴を倒すっていう利益が一致してんだ。な?』


 かつてウォータースであったものはひたすらに拳をふるい続ける。

 内界解放リベラシオンで加速された思考の中では、拳の軌道が全て見える。

 ——しかし直人の回避速度を超えた右腕が接近している。


 回避できないために、その拳を受けるしかない。だが、まともに腕で防御をすれば、両腕が使えなくなることは明白だ。


(両腕も取られるもんかよ……!)


 直人は左腕をクッションにして、わざと拳に当たり後方にふっとんだ。今は1度距離を取りたかったため、悪くない選択肢だろう。

 だが加速された思考の中で、自分の骨が粉々になるのが伝わってくる。左腕から胸骨までダメージが来ていた。


 加えて内界解放リベラシオンの感覚強化により、痛覚が強く伝わってくる。


 ——その激痛は脳に響き、思考を侵食していく。意識が飛びかかる。視界が白くなっていく。しかし、こんな痛みは遠の昔に経験済みだ。


 何度だって死にかけた。それから比べれば、この程度可愛いものだ。



『ほら、左腕も使えなくなった。今のお前に勝ち目はあるのか? 俺なら勝たせてやれる』


 フォルトゥーナはただひたすらに煽ってくる。ただでさえ意識を保つのに必死なのに、無駄な声が頭に響いてくる。


 痛みで自分の頭が狂ったのだろうか。冷静であれば出さない結論に行き着いた。

 

 今回だけだ。お前に体を貸してやる。


「——幸運因子フォルトゥーナ

『はははッ! 任せろ』


 直人の左目リベラシオンが消え、右目が黄金色に光りだす。

 そして、直人の意識は海の底に沈むように、ゆったりと奥に潜っていく。


「やっと外界に出れた。やっぱし肉体があるってのは良いもんだ!」


 フォルトゥーナは首を慣らし、右腕を回す。

 しかし、そんな呑気に待ってくれるほど、ウォータースは理性を持っていない。

 

 言葉にならないうめき声を上げながら、フォルトゥーナに向かってくる。 


「はぁ……ちょっとくらい待ってくれる心意気ってのは、ねぇのかなぁ!」


 フォルトゥーナは狂戦死のように突進する。


 正面から拳が飛んでくる。内界解放リベラシオンのない今、見てから交わすのも不可能だ。 このままだと死が待っている。


 一撃、顔に拳が当たる。せっかく変わってやったのに、結局死ぬ運命は変わらなかった。あぁ……こんな所で死ぬのか。

 

 ――だが、当たると思われた攻撃は、全て彼には当たらなかった。これは避けているのではなく、だけだ。


 直人には理解できなかった。間違いない、当たった。死んでいる、確かに死んでいたはずだ。


「良いかミュータント。てめぇが幾ら暴れたって俺が勝つ運命は揺るがねぇ! 1%でも俺が勝つ未来があるんなら、俺の勝ちだ。――逃げた方が利口だぜ?」


 彼は都合のいい運命だけを走って行く。 

 ミュータントの両腕が地面に振り下ろされ、床が大きく凹んだ。フォルトゥーナは跳躍しており、ミュータントの腕に着地する。


 まただ。間違いなく当たっていたのに、気づけば跳躍していた。いつ跳んだのか分からない。


 フォルトゥーナはミュータントの腕を駆け上がり、そのまま眉間に拳を叩きつける。


 しかしミュータントはビクともせず、仁王立ちをしている。


「ちっ、所詮器が人間だとこんなもんか。つーかこっちが痛ぇ!」


 フォルトゥーナは非力な右拳を見つめ、ため息をついた。


 

 



 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る