和栗モンブランヒロインと黒猫

第1話 オープニング

 自分のピンク色の髪と瞳に、ずっと違和感があった。

 母は茶髪茶目、亡くなった父は茶髪碧眼だった。先祖返りだろうと母は言っていたが、この違和感は親と違うとかそういうことじゃなくて、なんかこう…。



 ◇◇◇


 桜の下、目の前で背の高い金髪の王子様が、ツインテールにした私のピンク色の髪を一房掬い、そこに口付けている。


(キモッ…! 何こいつ!)

 鳥肌が立った。即行で聖魔法の洗浄を髪にかける。念のため二回。

(攻略対象者だからって何しても許されると思うなよ!)



『攻略対象者』



 脳内のその単語に愕然とした。王子が何か言ってるがどうでもいい。

「失礼します」

 私は急いでその場を去った。

 学院の女子寮に到着したのが昨日の晩で、校舎の下見ができなかったので、今朝は早く寮を出た。入学式が始まるまでまだ一時間ほど時間がある。


 寮の自室に戻り、鏡を見る。前世を思い出した今となっては、ピンク色の髪がコスプレにしか見えない。


 状況の整理は入学式の来賓挨拶の間にゆっくりしよう。とり急ぎ、王子に一目惚れされたこの見た目を変えなくては。


 学院の長期休暇中は、男爵領には戻らず王都で冒険者として小遣い稼ぎをするつもりで、変身用グッズを用意してある。

 荷ほどき途中の鞄から鬘と眼鏡を取り出そうとした時、目の前に半透明のディスプレイが現れた。


「これ、ゲームの…」

 画面にはゲームのアイテム一覧が表示されていた。


 ◆◆◆


 前世、友人に勧められて、一度だけ乙女ゲームをしたことがある。タイトルは覚えていない。


 二次元の男の機嫌を取るのが面倒くさいという、乙女ゲームの根幹を揺るがす理由により、私はメイン攻略対象者である王子ルートの途中でそのゲームをやめた。


 さっきの髪にキスする場面。あれはその乙女ゲームのオープニングだ。

 学院の入学式の日、校庭の桜を見上げていたヒロインに一目惚れした王子が、ヒロインのピンク色の髪に付いた桜の花びらを取って、その髪に口付ける──。


 ◆◆◆


 私はアイテム一覧から変身薬の瓶を取り出した。取り出しは画面操作をイメージすればできた。

 変身薬はゲーム初期に持たされているアイテムだが、私はデフォルトの外見のままプレイしたので未使用だった。

 名前も、デフォルトの『サクラ・ソメイヨシノ』を使っていた。現在の私の名前だ。


 ひょっとして、前世のゲームアイテムを全て引き継いでいるのだろうか?

 わからないが、都合がいい。時間がないので確認は後だ。


 変身薬は色が蛍光ピンクで、飲むのは抵抗があったが覚悟を決めて一気飲みした。


 強炭酸の激甘な液体が喉を通る刺激をやり過ごした後、私の髪は和栗のモンブランのような薄い茶色に、瞳は紫色になっていた。


「ピンクより断然いい」


 昨晩寮の管理人と話した以外は、まだ誰とも交流していない。管理人だって、薄暗くて髪の色は濃いか薄いかくらいしかわからなかっただろう。


 ツインテールの髪型はやめて首の後ろで一つに結び、眼鏡を掛けた。

 髪は次の休日に切りに行こう。


 これで、王子が一目惚れしたピンク色の髪の女子生徒はいなくなった。


(…そもそも、学院に通う必要なくない?)


 貴族の子女が通うこの学院に入学したのは、伯父のソメイヨシノ男爵に命じられたからだ。


 一年前まで、私はソメイヨシノ男爵領の隣の領で、父母と三人で暮らしていた。

 男爵令嬢だった母は平民の父と駆け落ちをしたのだが、父が事故で亡くなり、実家に戻ることになった。

 私達が男爵邸に身を寄せてすぐ、伯父は母の再婚を決め、母は後妻として子爵に嫁ぎ、私は伯父の養女になった。


 母からそれなりに教育を受けたとはいえ、私が貴族社会に馴染める気がしない。それに男爵じゃ貴族の中では下位だし。

 王子の妃になるのも、母のように伯父が決めた相手に嫁がされるのも嫌だ。

 男爵領は王都から遠いし、この姿なら逃げても伯父は捜せないだろう。


(…いや、学院だと宿代も食費もかからない。逃げるのは一人で生活できる目処が立ってからでないと)


 そう考えると変身薬を飲むのは逃げる時の方が良かった気もするが、平穏な学院生活のために王子回避は必須だから、やはり今が変身すべきタイミングだったのだ。


 鏡の前で気持ちを新たにし、自室を出て入学式へ向かう。


 少なくとも夏季休暇までは、学院で無難に過ごそう。   

 それに…クロに会えるかもしれない。

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