とある週末の仕事帰りの夜

安酒場のネオンが不規則に点滅し

どこかで酔っ払いの叫び声が響いている

街灯の下

誰かを待ってる唐草模様の彼女は

タバコをくゆらせずっとスマホをいじっていた


週末の飲み屋街は

店からの喧騒と共に溢れ出す光に照らされ

なぜかノスタルジーすら感じさせた

でも一つ路地を入れば

そこには暗闇と静寂さだけが待っている

すべてを吸い込むように


足早に通り抜けようとするが

重たい足はなかなか前に進もうとしない

ワイシャツの襟元が汗ばんで

ふと首筋を不意打ちのように冷やせば

やがて少し覚めた頭が

ここはどこかと問い質してくる


見たこともない風景

進めば進むほど心細くなり

まだ少し酔いの残った頭が


お前は何者かと

なぜここにいるのかと

問い質してくる


振り払うように

それでも意地を張って前へ前へと突き進めば

やがて行き止まりのマンションの駐車場

少しの間、愕然とし

誰を恨むでもなく自分の融通のきかなさに腹が立ち

それでも黙って踵を返し、またもとの道を引き返す


飲み屋街の明かりが目に入る頃には

ワイシャツの襟元はもうぬるくなっていた


ふと街灯の下を見れば

何本かの吸殻が落ちていた

ピンクのルージュがついたその残滓ざんし

あれは幻ではなかったのだと思う


そのとき空車のタクシーがスローに通り過ぎた

手を上げようかと迷ったが

やはり地下鉄で帰ろう

こんな夜だから

帰りにコンビニに立ち寄って

心の夜行塗料にもう少し

光を浴びて帰るとしよう


誰もいない部屋が

たとえあるじに早く明りを灯してほしいと

願っていたとしても

真っ暗な部屋が

たとえそれを待ち望んでいたとしても




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