プロローグ

 アルフレイム大陸南部。春を迎え、日々の暖かさに一層の心地よさを増しゆくブルライト地方。

 その海岸沿い南西部に、“導きの港”の異名を持つ『ハーヴェス』という王国がある。

 地方一の活気を持ち、豊かな水源と街中に張り巡らされた水路から『水の都』とも呼ばれている。


 この物語の舞台は、そんな水都――ではなく。

 王国最北に位置する、とある都。

 カスロット砂漠を目前にすることから『砂の都』と呼称されるその街で、とある冒険者パーティが命を賭けた奮闘を繰り広げることだろう。


 だが、それを語るにはまだ早く。

 ほんの少しだけ時を引き返し、場所を変え、序章とするに相応しい些細な話をするとしよう。


――――――


 水都ハーヴェスより東へ歩いて四時間の距離にある、〈守りの剣〉すら持たない小さな村・『アコイ村』。

 普段は森の糧を得、小さな畑を耕し、蛮族におびえながら細々と暮らし行くありふれた農村であるのだが、ここ数週間はその様子と大きく様変わりしていた。

 水都より派遣された騎士や冒険者が物々しい装備で詰め、村の一画を占拠して周囲に目を光らせている。

 怪しい者をけして近づけぬとするその剣呑な有様に、今さっきこの村に辿り着いた東からの行商人はなにごとかと目を白黒とさせた。

 出迎えた村長に、挨拶もそこそこに思わず問いかける。


「ケネットさん、ありゃ一体なにかね。俺の目が間違ってなけりゃ、王国騎士の方々に見えるがね」

「いらっしゃいベールさん。あすこにいらっしゃるのは確かに騎士さまですよ。いやあ、あんたは運がいい。あと一週間も早く来てたら、大変なことになってたかもしれない」


 行商人ベールは騎士たちの鎧に輝く紋章を目ざとく読み取っていた。

 王国騎士――ハーヴェスを、ひいては王族を守る大事な戦力がこんな何もない村に何をしに。

 そんな疑問は、村長ケネットのさも「一大事があったのだ」と言わんばかりの発言に上塗りされた。

 「へえ?」と先を促せば、本当に恐ろしい思いをしたのか、少し前のことだというのにケネットがぶるりと身を震わせる。


「いえね、六日前に、この村を蛮族と魔神の群れが襲ったんですよ」

「蛮族に……魔神!? そりゃ大変だ。よくもまぁ……無事だったもんだ」


 村長の言葉に、行商人は恐ろしげに呻いて見せる。それから村をぐるりと見まわして、診療所の扉が派手に壊れている以外がさほどの被害も見受けられない様子に首を傾げて見せた。


「えぇ、まったく。村にはちょうど二つの冒険者パーティが居なすってね。彼らの奮闘のおかげで、診療所の旦那が頭打った以外は怪我人もなし。十じゃきかない数の蛮族どもが来たってのに、すごいもんで」

「そんなに!? 大戦果ってやつだ。それで、騎士の方々が応援に?」


 驚きも露わにベールはもう一度周囲を見渡す。よく見れば、村の入り口である東と西のあたりに激しい戦闘の跡、黒い血のしみた地面があるようにも見える。

 蛮族や魔神など、種類にもよるが十もくれば〈守りの剣〉もないこんな村は簡単に滅びる。それが無傷に近い形で撃退できたというのだから、行商人の驚きも当然だろう。

 そんな群れが来たのだから、残党の処理と警戒に騎士が来るのもおかしくはない、と納得しかけるベールに、ケネットは曖昧に否定した。


「まあ警戒の意味もあるらしいんですが、それ以上に守らなきゃいけないもんがあって……見た方が早いかな、こっちへどうぞ」


 そう言って案内したのは、今まさに話題に出した騎士たちの包囲網のそば。近寄る二人に騎士たちはいい顔をしないものの、村長が居るということで制止まではしない。

 そんな彼らがぐるりと囲う円の向こうを見て、ベールは白目を剥いてひっくり返りそうになった。


 陽光に照らされて、キラキラと煌びやかに光を反射する透き通った物体。

 粗削りながらもその美しさは美術品に勝るとも劣らず、光を透過して地面に赤い彩りを落とす紅色の水晶。

 それだけならまだしも、驚くべきはその大きさ。

 高さは人一人分、幅は大人が両手を広げた二人分ほどもある、アーモンド形の巨大水晶なのだ。牛などの家畜を二回りも大きくすればちょうどよいだろうか。


 あまりの大きさに――正確には、『ソレ』がこんな大きさであることに顎が外れんばかりに口をかっ開いてベールは呻いた。


「マ、『マナチャージクリスタル』……!? こ、こ、こんなバカげたサイズのもんが、み、見つかったってのかい!?」

「さすがは行商人、目が利きなさる。冒険者の方々が最後の蛮族を倒した時に、そいつの後ろにあった〈奈落の魔域シャロウ・アビス〉から転がり出て来ましてね。扱いに困ってお国に売りなさったらこの騒ぎですよ。わたしも凄い大きな水晶としかわからなかったもんですから、ビックリして」

「そ、そりゃあそうだ。こんだけでかけりゃチャージされる魔力も尋常じゃないでしょうよ。魔法使いソーサラーが一時間全力で戦ったって大丈夫かもしれない。いや、それどころか、こいつぁ〈魔動列車〉の機関部コアにもできるだろうなぁ」


 驚いた驚いたという割にはのんびりする村長とは対照的に、価値を知る商人は生唾を飲み込んで水晶を穴が開かんばかりに見つめる。

 マナチャージクリスタル。それは空気中の魔力を自動的に吸収し、蓄積する特殊な宝石。魔力を溜める宝石は他にもあれど、自動的に行い、まして繰り返す性質をもつのはこれだけだ。

 それが抱えられないほどの大きさともなれば、その価値は計り知れない。

 そんな感嘆と共に思わずぼやいた言葉に、騎士がじろりと睨んできて、村長が手を打って笑ったのにベールはびくりと震えた。


「な、なんでさぁ。笑ったり睨んだり……」

「いやぁ、流石は商人と思いましてね。おっしゃる通り、これは〈魔動列車〉にするそうですよ。国唯一のものとして、ね。だから騎士さまがたが盗られちゃたまらんとこうしていらっしゃるわけですよ」

「……村長殿、あまり吹聴されては困る」

「あ、ああ、これは失敬。でも彼は信頼できる方なので……」


 村長の言葉に、商人は言葉もない。騎士からやんわりと注意されている様子も上の空で忘我するばかりだ。


 耳ざとい商人なら知っていることだが、現在この国では隣国であるラージャハ帝国とユーシズ魔導公国と線路を繋いで鉄道を開通せんとしている。

 線路だけならいくらでも資材を揃えられるが、その上を走る列車となるとそうはいかない。〈魔動列車〉の核となる機関部はそれだけ希少な素材――巨大マナチャージクリスタルが必要なのだ。


 それが、目の前に。

 その事実に心を揺らされるベールだが、自身を睨む騎士の冷たい視線に頭を冷やす。


 ――下手なことはすまい。


 所詮、小さな村々を渡り歩いて小銭を稼ぐしがない行商人の身空なのだ、身に余る商談など画策するだけ無駄である。

 即座に割り切った彼はある種の大物であろう。


「なるほど、よくわかりやした。じゃあ、今度はその蛮族を撃退したっていう冒険者について聞かせてくださいよ。間違いなく英雄譚だ、吟遊詩人どもに売れるかもしれない」

「ハハッ、逞しい事ですな。じゃあ続きはウチに行きながら話しましょう。村に居なすったパーティのひとつは【蒼鷹の風】という駆け出しを卒業したばかりのとこでしたな。もう一つの方は、なんていったかな……そう――」


――【更なる高みへ】、というパーティです。

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