第3話     生きるという事実

あいかわらず蒸し暑い日が続いている

夏本番の7月や8月になったらどうなってしまうのだろうと思いつつ

書類の整理に追われていると、あの女の子がドアを開けて入ってきた

「こんにちは」

薄いピンクのワンピースに、つやのある黒髪には

赤いリボンのついた麦わら帽子が乗っかっている

「こんにちは。どうぞこちらへ」

促すのと同時に女の子はソファーへと向かっていく

オレンジジュースを用意していると

「今日は、何をするんですか?」

何気ない疑問をこちらに投げかけて来た

「そうですね・・・今日はカウンセリングです」

カウンセリングという言葉に身構えてしまったのか

女の子はきゅっと唇を噛む

「難しく考えなくていいですよ。単なる世間話です」

軽くウインクをしながらジュースを手渡すと

女の子は、にっこりと微笑みながら嬉しそうにジュースを飲み始めた

「さて・・と」

先日書いてもらった書類と提出された紹介状に改めて目を通す

14歳女性、AB型、○○メンタルクリニック通院

「紹介状、読ませて頂きました。よく来たね。分かりづらかったでしょう?」

こくこくとジュースを飲んだ後、女の子が頷く

「0」は、ほとんどが紹介制だ

精神科や心療内科に通院している患者さんの中で

患者さん自身がカウンセリングや投薬治療に限界を感じ

患者さん自身が本当にそれを望んだ時

ここを紹介する・・・というシステムだ

現在の生と死の倫理観からするとそれにそぐわない部分が多々あるので

アンダーグラウンド的にこのシステムに賛同している医師のみで「0」は成り立っている

「ほんと、分かりづらかったですよぉ」

「紹介っていっても、変な地図渡されただけだし・・・」

ひとしきりジュースを飲んだ女の子が不機嫌丸出しでつぶやく

「そうだね。かなり不親切だよね。でもちゃんと辿り着いたでしょ?」

あまりにも素直な感想に笑いをこらえながら答える

「じゃあ・・・・話を始めようか。ここがどんな施設かわかる?」

キョトンとした表情で女の子が答える

「死にたい人が臓器提供をしにくる場所でしょ?」

何を今さら・・・といった面持ちでこちらを見ている

「そうだね。じゃあどうして死にたいのかな?」

「生きているから。生きているのなら必ず死ぬでしょ?」

即答で女の子が答える

「そうだね。でも生きていれば楽しいこともあるんじゃないかな?」

その問いかけに女の子は鼻で笑いながら答えを返した

「楽しい?じゃあ聞くけど楽しいって何?」

「そうだな・・・ご飯がおいしかったとか、面白い動画を見つけたとか」

「それ、楽しいじゃなくて、おいしいと面白いだよ」

「そうだね。でもその延長線上に楽しいがあるんじゃないかな?」

「話にならない。もっと他の話をしてよ」

女の子は呆れた様子で、どっかりとソファーにもたれこむ

「そうだね。じゃあ・・・・」

僕が話をし始めようとした瞬間

「あのさ、どうして人は生きているのか知ってる?」

嬉しそうに僕の顔を覗き込みながら問いかける

「どうしてかな?」

その話に興味があるような面持ちで、僕は身を乗り出した

「心臓が動いてるからだよ!」

そう満足そうに言い放つと、とても嬉しそうに笑い始めた

「みんな、バカなんだよね~そんな単純すぎて当たり前のことも分からないなんて」

「みんな、生まれてきたこと、生きていることに意味や理由や使命をつけたがる」

「みんな、動物的繁殖行為の末、生まれて来ただけなのにさ!」

「子供を作るなんて全部、親のエゴ」

「好きな男や女をつなぎ留めたいから子供を作る」

「くだらないホームドラマを体感したくて子供を作る」

「世間体で子供を作る」

「子供を盾にして、自分自身を弱者として世間に認めてほしいから子供を作る」

「全部自分自身のため!!自分の欲を満たしたいだけじゃん!!」

矢継ぎ早に言い放った後、女の子はさらに声高に笑い出した

「そうだね。確かにそのとうりだ」

僕のこの淡々とした口調が意外だったのか

ピタリと笑うのをやめた女の子が不思議そうな顔で僕を見る

「君は頭がいいね」

「それに、生きているということは首輪がついている・・・という事でもあるんだよ」

「君にはわかるよね。社会の仕組みが」

「働いてお金もらって税金を納めてってやつでしょ・・・」

首輪の意味が分かり始めたのか、女の子は頷きながらソファーにもたれる

「人間は、みな同じなんだ。どこの国で産まれようが」

「産まれたら必ず首輪がつけられる」

「人として社会に産まれて来たら社会を回していくという首輪がね・・・」

「だから、さっき君が言っていた生きている意味だけど」

「それなりに意味があるんだ。強制的にね」

「その首輪は死ぬまで取れない。人としての命が終わるまで」

「それに、人はみな考え方が違う。思想や思考が違うんだ」

「ゆえに摩擦が生まれる。だから苦しい。もう1つの首輪かもしれないね」

「みんな、その首輪を少しでも緩めたいんだ。だから、欲望にはしる」

「弱肉強食は自然界にあることだけど、人間界では陰湿で、えげつない」

「自分の欲望を満たすために皆、血眼になりわがままになる」

「その陰でダメージを受ける人が日々量産されているのに」

「そのことに気づけない、気がつかない、気づこうとしないんだ」

「でも・・・君は気づいていたんだね。僕が今話したことすべてを」

僕の話を黙って聞いていた女の子がニヤリと笑いながら体を起こす

「そう。だからうんざりなんだよ。バカばっかりでさ!!」

「資本主義社会である以上、搾取する側とされる側の構図からは逃れられないし」

「必然的に貧富の差が生まれるという現実からも逃れられない」

「学校っていう狭い社会でも似たようなもん。ヒエラルキーってか!!」

「政治家や富裕層は自分の私腹を肥やして、庶民は底辺で這いずり回ってるってか!!」

室内いっぱいに奇声とも言える女の子の笑い声が響き渡る

のけぞって笑っていた首をゆっくりと戻しながら

「だから終わりにするんだよ。このくだらない現実を」

「うんざりなんだよ・・・・すべてが・・・・」

女の子は疲れ果てているのだ

このどうしようもない現実に

人として産まれてしまった・・・という事実に


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