俺のことを脅してくる観賞用美少女が、可愛すぎて困る

香珠樹

俺のことを脅してくる観賞用美少女が、可愛すぎて困る

「――ねえ、長川くん」


 ぐいっと、壁際に俺は押しやられる。実際に押されたわけでもないのに、彼女から発せられる「圧」は質量を持っているのではないかというほど凄まじいものだった。


 ここは人気のない、屋上に至る階段の踊り場。

 こんな状況で大声を出して助けを呼べるような胆力は持ち合わせていないし、ふらっと通りすがる救世主も現れないことだろう。


「もし、あのことをクラスのみんなにバラされたくなかったら――」


 孤立無援かつ、俺自身も何もできずにただ彼女の言葉を待つのみ。我ながら情けないものだ。


 諦観した表情になっているであろう俺は、判決を言い渡される前の被告人のように静かに目を閉じた。


「――――わ、私と、連絡先を交換しにゃ……」


 あ、嚙んだ。


「けほんっ……私と、その……連絡先を交換しなさいっっ!!!」




 うん……とりあえず、一つ言わせて。


 ――なんか思ってたんと違う。



    



 ――ことの発端は、二日前の放課後に遡る。


 思いっきり一言で言えば、俺は同級生である少女――渚真姫なぎさまきに弱みを握られてしまったってことだ。


 その日俺は放課後の教室で、家に帰る気も勉強する気も、何をする気も起きずただひたすらにぼーっとスマホをいじっていたのだが、その後トイレに向かった際に、どうやらスマホを開いたまま行ってしまったらしい。


 そして運悪くスマホの画面を渚に見られ――俺は秘密を知られてしまった。小説を書いているという、秘密を。


 過去の自分を殴りたい。なぜお前は小説投稿サイトの編集ページを開いたままトイレに向かったのだ、と。

 まだ書き始めて時間が経っておらず、文章力も人様に見せられるような大層なものではない。もし人に見せるとしても、ある程度満足の行くようなレベルに達してからにしたかった。であれば皆に知れ渡った際もし揶揄されたとしても強く生きていけたはずだ。


 だが幸いとして、そのときに教室にいたのは渚のみであり、渚が脅迫の材料として使ってくるってことは未だ広めてはいない様子。……まあ、その脅迫内容が、あれなんだけど。


「……それくらいなら全然いいけど」


 俺は拍子抜けしながらも、もしかしたら連絡先を交換するという行為がなにかとんでもないことにつながるのではないかという不安もあり恐る恐るスマホを取り出し、某SNSアプリのQRコードを表示する。


「貸して」

「お、おう」


 彼女は俺のスマホを持ち、それに自分のスマホを向けてQRコードを読み込む。


「……やたっ、蓮也くんの連絡先〜っ!」


 すると、小声でボソッ言ったつもりであろう、何かが聞こえてしまった。

 加えて、渚の顔には本当に嬉しそうな笑みが浮かんでいた。


 ……え、何この娘。可愛いんだけど。


 ――ここで一つ説明しておこう。

 渚真姫は美少女である。腰近くまで伸びた黒髪に、見た人を虜にしかねない顔の造形。スタイルもバッチリ。普通なら告白を週四位上の頻度で受けていそうなルックスだが――そんな彼女にも欠点がある。いや、きっと意図的なものだろうが。


 実際問題、彼女はほとんど告白されることがない。

 いつもは男子に話しかけられようものなら氷どころか液体窒素もびっくりな冷ややかさで一蹴し、明らかに男子に対して強固な壁を作っている。なんなら、過去に告白した男子勇者が告白音声を晒されるという事件も、皆が告白を渋ってしまうのに拍車をかけている。


 要するに、言い方はあれだが渚真姫は「観賞用」という共通認識が男子の中に生まれているのだ。もっとも、それでもなお告白した勇者がいたとか。当然のごとく玉砕という言葉では表せないレベルの悲惨な目にあったらしいが。


 んで、だ。

 そんな男子が恐れる渚真姫が、俺の連絡先を得て、明らかに喜んだのだ。


 いや、どうした。この世界バグったのか?

 それともアプデが来て、俺はめでたくラブコメ主人公になってしまったのか!?


 そうでもなきゃ、クラスの中心で騒いでいたり、ずっとぼっちでいるわけでもない極々平凡に数人の友人と駄弁っているだけの俺に白羽の矢が立つわけがない。一周回って怪奇現象だ。


 そんな事を考えながらも、刻一刻と一限の授業の開始時刻が迫っていた。

 まだしばらくこの可愛すぎる渚を見ていたかったが、流石にそんな理由で授業に遅刻はできない。

 きっとおそらくたぶん、今後も同じような様子の渚が見れるはずだ。そんな根拠のない予感がしたような気がしないでもないので、俺はぐっと我慢して、ほくほく顔の渚に声をかける。


「あ、あのー、スマホ……」

「え? ……ああっ、ごめんなさいっ」


 顔をほんのり赤く染めながら、スマホを手渡してくる渚。やっぱ、可愛いなこいつ。


「えと、じゃあ、教室もう戻っていい?」

「……ええ。――それと、くれぐれも、これだけで終わりだとは思わないことねっ!」

「はぁ」


 それは、まだこれからも脅迫という名の渚のデレが見れるってことでおk?






 それからというもの、毎日のように朝こっそりと屋上に続く階段の踊り場に呼び出され、俺は脅迫された。


 ある日は、趣味を聞かれ。

 好きな食べ物やちょっとした相談事だったり、小説関係のことも聞かれたりした。書き始めた動機だとか、俺の書いた小説を読ませろって言われたときは、流石に迷ったが……渚が揶揄ってきたりするような人ではないことくらいわかっていたので、恥ずかしながらも渚に送った。後日「お世辞抜きで面白い」と言われたときはめちゃくちゃ嬉しかった。


 ――そしてそんな日々が始まってから一ヶ月が経った。


 いつものごとく始業前に俺は例の場所に呼び出され、今日は何を聞かれるのかなぁなどと思いながら向かうと、なにやらいつもと違う雰囲気の渚がいた。なんというか、ほんの些細な違いだがもじもじしている気がする。


「おはよ」


 この脅迫が日常と化しているせいで、最近は挨拶までするようになった。俺と二人のときはクラスでの極寒の対応をされることはなく、なんなら親しみやすさまで感じているほどだ。全く、人生何があるかわかったもんじゃない。


「お、おはようっ」


 少し声が上ずっている。今日はなにかあるな、と直感で察した。


「……長川くん。もしあの秘密をバラされたくなかったら――」


 形骸化しているようなこの脅迫文。それでも、過去一度も渚が欠かしたことはない。

 そして、今日の渚のセリフはいつもと違う、力強さがあった。


 ゴクリ、と俺はつばを飲む。




「――――今度の日曜、私と遊園地に行きなさいっっ!!!」


 言っている言葉とは裏腹に、渚は勢いよく頭を下げる。

 命令形なのに、頭を下げるだなんて……と思わず笑いそうになるが、真剣な様子の渚に悪いので堪える。


 にしても、まさかデートの約束とは……相変わらず遠回りなやつだな。普通に誘ってくれてもいいのに。……まあ連絡先交換ですら脅迫という状況を作り出してやっとな奥手なやつだし、しょうがないんだろうけど。


 そんなふうに考えながら、俺は答える。


「ああ、もちろんいいぞ」


 俺の言葉を聞いた渚は、恐る恐る顔を上げる。


「ほ、ほんと……?」

「もちろん」


 心配性なのかなんなのか。思わず俺が苦笑いを見せると――渚はぱぁっと笑顔の花を咲かせた。


「やったっ!」


 最早隠す気がなくなったのか、それとも隠せていると思っているのかわからないが、目の前でこんなにも喜ばれると俺まで嬉しくなってくる。しかも、めっちゃ渚が可愛いし。


「それじゃあ、舞海駅に朝九時集合よ! 遅刻は許さないから!!」


 そう一方的に言い放ったあと、渚は階段を駆け下りていった。忙しいやつだなぁ。


「遊園地、ねぇ……」


 一人残された俺は、ボソッと独り言をつぶやきながらも自身も結構楽しみにしていることに気が付ついた。日曜のことを考えるだけで、顔がほころびそうになる。


「……これも、渚のせいだよなぁ……」





 そして、迎えた日曜日。

 遅刻でもして渚の機嫌を損ねたらたまらないと、かなり余裕を持って三十分前に舞海駅についたのだが……そこには既に、渚の姿が。


「よっ」


 服装にも気合が入っている様子で、周囲の視線を奪いまくっている渚に、俺は声をかける。渚の美少女っぷりが別次元にあったせいで話しかけるのに勇気必要だったのは内緒だ。


「れn……長川くん、おはよう」


 俺を視認すると一瞬で満面の笑みになったが、その後瞬時に平静を装おった表情になる。そんな程度で誤魔化せると思っているあたり、可愛いなおい。


「それにしても、遅いじゃない。女の子を待たせるだなんて言語道断よ」

「集合時間三十分前だぞ、今……ちなみに渚はいつ来たんだ?」

「………………三十分前」

「はっや」


 要するに集合時間一時間前に来てたってことかよ……楽しみにしすぎだろ、可愛いかよ。


「しっ、仕方ないじゃないっ! ほんとに楽しみにしてたんだからっ!」

「……ほーん」

「……あっ、ちょ、待ってっ! 今言ったことは忘れなさいっ! バラされたくなかったら!」

「はいはい」


 焦って口封じを試みてるけど……それ、今更だからね? 今までも似たようにボソッと漏らしてたから。



「あ、そうだ」


 慌てる渚をなだめ、落ち着き始めた頃に、ふと渚がなにかを思い出したかのような声を上げた。


「長川くん、もしアレをバラされたくなかったら、今日一日、私のことを『真姫』と呼びなさい。私は長川くんのこと、『蓮也くん』って呼ぶから」

「わかった、真姫」

「ぐはっっっ」


 渚――もとい、真姫が吐血するかの如き勢いで崩れ落ちた。


「大丈夫かっ!?」

「え、ええ……真姫って名前で生まれて、ほんと良かったわ……」

「…………」


 ……名前を読んだことを嬉しがってもらえるのはいいんだけどさ、心臓に悪いから頑張って耐えて。いやほんとに。



 ――そんなこんなで、俺達の遊園地デートは始まった。




 遊園地についてからは、ジェットコースターに乗ったり、フリーフォール的な乗り物に乗ったり、お昼を食べたり、またジェットコースターに乗ったりと、このデートを精一杯満喫した。


 特に、お化け屋敷を怖がって「バラされたくなかったらお化け屋敷に行こうという考えを捨てなさいっ!」と言う真姫を面白がって無理矢理連れ込んだときは楽しかった。中でずっとくっつかれて、脅かされるたびに思いっきり悲鳴を上げてまくる真姫は庇護欲を掻き立てられたし。まあでも、涙目にしちゃったのは悪いと思っている、うん。


 そして徐々に日が沈み始め、最後に観覧車に乗ろう、という話になった。


「うわぁ……綺麗……」


 空は薄くオレンジ色に染まり、観覧車という高所から見る夕焼けは障害物もなくとても幻想的だった。

 陽の傾きが、もうこのデートが終わりに近づいていることを意識させてくる。


 俺の正面に座った真姫は、夕焼けに見入っている様子。ただ夕焼けを眺めているだけなのに絵になるのは、さすが美少女と言ったところか。


 そんな真姫に、俺は提案する。


「なあ……もう最後だし、記念に写真でも撮らないか?」

「えっ……ええ。もちろん」


 意外そうな顔をしながらも、頷く真姫。


 俺は夕焼けをバックにできるよう、真姫の隣に移動した。いきなり近づいたからか、明らかに真姫が動揺したのがわかる。


「うし、んじゃあ撮るぞ。……はい、チーズ」


 カシャッ、というシャッター音とともに、俺達二人の姿がスマホに記録される。


「さんきゅ」


 俺は真姫の正面に戻り、画像を確認。……うん、ちゃんと撮れてるな。


「見せてくれるかしら?」


 そう言って伸びてきた手から、俺はひょいとスマホを遠ざけた。


「……ちょっと」


 まさかそんなことをされるとは思っていなかったのか、真姫は少しムッとした表情になる。


 けれども俺はそれを無視し、口を開いた。



「なあ真姫」

「……なによ」


 俺は、先程撮った写真を真姫に見せる。











「――――この写真をクラスのみんなに送られたくなかったら、俺と、付き合ってくださいっっ!!!」



 立ち上がり、思いっきり頭を下げての告白。しかも、セリフだって脅迫形式。支離滅裂だ。



「…………………………………………………………へ?」


 連絡先から、初デートに至るまで、全て真姫の方から言い出された。

 だからこそ――告白くらいは、俺の方から行かなきゃ男が廃る。そう思っての、この告白。


 そうして、どれくらいの時がたっただろうか。

 観覧車はてっぺんを通り過ぎ、既に下降し始めている。


「う、嘘……」

「嘘じゃないぞ。俺の気持ちは正真正銘本当だ」


 最初こそ、自分には手の届かないような娘がデレてきたことが嬉しくて、それに甘えていた。

 けれども何度も脅迫という名の接点が重なり、外面だけではない渚真姫を好きになった。願わくば、ずっと彼女の隣に並んでいられるような存在になりたい。そう強く願うほどには。


「それで? 無理にとは言わないが、できれば早めに返答を聞きたいんだが……」


 少し顔を上げ、真姫の顔を覗く。


 あんだけデレてきていたのだ。きっとフラレはしないだろう。そんなふうに考えることで緊張を鎮める。


 そして真姫は口を開き――





『この写真をクラスのみんなに送られたくなかったら、俺と、付き合ってくださいっっ!!!』





 俺に、少し意地の悪そうな、それでもって過去最高の笑みを向けてきた。





「――この音声をみんなに送られたくなかったら、私と、付き合ってくださいっ」


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