第18話

 歓声が聞こえてくる。

 勝者を称える人々の声。

 かなりの激戦だったと思う。バスケは全然分からないけど、それなりに楽しかったし、最後の最後までもつれるような試合内容で見ていても面白かったのではないだろうか。


 あの作戦が失敗に終わったこと。


 最後の最後まで名前すら覚えてないような奴を信じでパスをくれた事。


 全て俺の責任だと思ったら、こんなとこで感傷に浸って寝てる場合ではないよなって気づく。


 もしかしたら倒れていた時間なんてほんの数秒だったのかもしれない。

 アドレナリンが出ている時は時間経過が遅く感じる。


 起き上がりそれでも足に力が入らなくて、体育座りのような体制に一度なったところでチームメイトが駆け寄ってくるのが見えた。


 渡辺真那に手を取られ立たされたかと思ったら、強く抱きしめられ、半田和成に頭をぐしゃぐしゃとされ、茅ヶ崎彩音とナントカさんは俺の手を取ってぴょんぴょん跳ねてる。佐藤愛子は顔を覆って多分泣いているのか、ほかのチームメイトに慰められてた。


 これって校内だけの球技大会だよね?

 まさか俺が知らなかっただけでもしかしたら全国大会とかに繋がる道の途中とかで、そこに負けちゃったもんだから皆んな慰めようとしてくれてるのか?

 に、してもだ。

 どう見ても喜んでるようにしか見えない。


「ぶさ人?」

 次の試合が始まるとかでコートの外に出されたところでナントカさんに言われた。


「な、なにそれ。ブザービートって言ったのよ」

 渡辺真那が説明してくたのは、ホイッスルが鳴ったらその瞬間に終了のサッカーとは違い、シュートが打たれた後ならば、終了の合図があったとしても得点と認められるのだとか。

 終了ギリギリで得点した選手の事をブザービーターと呼んで讃えられるらしい。


 ん?て事は…


「決勝トーナメント進出よ。最後のシュートもちゃんと特典として認められたわ」

 未だ半泣きで感極まってる感じの佐藤愛子。


「最後パスを出したあと、冴木君が飛んでるのを見上げて、本当鳥肌がたった。格好良かったんだけど、それよりも凄く綺麗だった…」


 そっか…

 役に立てたのか。

 そう思った瞬間力が抜けてしまい、疲労の波に一気に襲われた。


「半田、サッカー俺無理だわ」

 申し訳ない気持ちが強いのに、畑違いの事で貢献できたことが凄く嬉しくて、サッカーに参加出来ない事を伝えているのに何故だか笑っている俺がいた。


「任せろ!絶対決勝トーナメントに冴木の事を連れて行ってやるからな」


「流石に全試合欠場するわけじゃないけどさ、ま、頼むわ。佐藤さんはどうするの?サッカー無理そう?」


「バスケは私ほとんど出ていないもの。サッカーで貢献しないと、こんなに活躍したたっちゃんの隣に、明日立つ資格がないわ」

 すくっと立ち上がるとキリッとした顔で髪を纏め、いつか見たことがあるシュシュでポニーテールに結んでいた。


「私も行くから待って」

 佐藤愛子に小走りで追いつくと、茅ヶ崎彩音に腕を組まれた状態で二人仲良く体育館を出て行くのを姿が見えなくなるまで眺めていた。


 ナントカさんもドッヂボールがあるとかで行ってしまい、体育館に残ったのは渡辺真那と二人。


「思い出すとまた鳥肌がたつ。本当凄いプレーだった」

 立てない俺の隣に一緒に座ってくれ、何度も讃えてくれる。


 対戦相手だった選手にも握手を求められ、何でバスケ部にお前がいないんだよって勧誘されたけど、渡辺真那がやんわりと断ってくれていた。


「こんな事言うと怒るかもしれないけど、なにかと冴木君を構っている佐藤さんを見てて、何で?って思ってたんだよね。佐藤さんて多分私が今まで出会った中で一番美人だし、優しいし、頭もいいし、もう完璧なの。それなのにどこか抜けてるとこもあって、隙があったりして、そこがまた可愛くて、そんなとこも含めて完璧だなって。他の人はみんな気づいてなかったけど、私佐藤さんに本当に憧れてたから、ぬぼーってしてる冴木君の事をいつも目で追っかけてるのに気がついて、あの佐藤さんが?って」

 こんな話し怒る?って少し困った顔で微苦笑してる渡辺真那。

 怒るってよりもなんか今のところディスられてる話しか出てこなくて泣きそうだよね…

 そんな俺の感情はしれっと無視するかのように話が続く


「冴木君と一緒にバスケやって分かったの。私が大好きなバスケを一緒に出来たから余計にかな。佐藤さんがなんであんな顔で冴木君の事を見るのか」


「お!俺に惚れた?」


「惚れた惚れた。あんなスーパースターみたいな事をさ、私が好きなバスケで同級生がやって惚れない人いないよ」

 渡辺真那は一呼吸おいて薄く笑うと


「佐藤さんと付き合ってなかったら完全にときめいてた」


 目を瞑る渡辺真那。何を想像しているのかは分からないけど、色々と考えることはあるのだろう。


「佐藤さんとは付き合ってないよ。付き合えるわけないだろ。渡辺さんも言ってるように完璧ヒロインなんだよあいつ。

 むしろあれと付き合える男が現時点でこの世にいるとは思えないね」

 佐藤愛子の容姿や行動を思い浮かべると、そのどれもが完璧で、呆れるように笑いながらそう言った。けど…


「あいつ、なぜかこんな俺を好きだって言ってくれててさ、今は全然だけど、少しでも早く隣に立てるように、立ってもおかしく無いように日々努力してるとこなんですよ。ま、まだまだ俺はクラスメイトAのままなんだけどね」


 わざと大袈裟にニヤってしてみた。

 俺の話を聞きながら何かを考えていたように見えた渡辺真那は、話を聞き終えると驚いたように顔を上げ、言葉に詰まったように固まっている。

 あれ?俺の笑顔気持ち悪かったのかな…

 さっきの話を聞く限り、渡辺真那は佐藤愛子を慕ってて、俺には悪意ありまくりでしたって言ってたからね…


 渡辺真那はしばらく下を向いていたが、細いため息を吐くと、微笑みながらそっか…って小さく呟やいた。


 しばらく無言の時間が続く。

 俺たちが立っていた場所は今は知らない誰かが、さっきの俺たちと同じような想いを秘めて戦っているのだろう。


 俺と同じようにバスケの試合を見ていた渡辺真那は


「今日からは冴木君のこと応援するからね。どちらかと言えば佐藤さんかな応援しなきゃいけないのは」

 さっきまでめっちゃディスられてたのもあって、渡辺真那のその笑顔が照れ臭くて、おうって一言だけ返せた。

 そう思うと、二人で隣同士に座ってる違和感にも気付いて一気に恥ずかしくなる。


「さて、そろそろもう一つの球技でも頑張ってこようかな」

 汚れてるわけでもないと思うのだが、立ち上がりながら、床に付いていたお尻をパタパタと叩き、手持ち無沙汰をそれで解消してみる。


「冴木君はサッカー得意なの?半田君がなんか色々と言ってたけど」

 俺が立ち上がるのを上目遣いで見る渡辺真那。

 うーん。得意なのかな?首を捻って考えていたけど、正解がよく分からなくて


「好きなんだと思う。人生賭けてもいいと思えるくらいには」

 格好つけたそのセリフが妙に恥ずかしくなって、渡辺さんも行こうよ。って聞いて見ると、頷くのが見えたので手を差し出した。


「冴木君ほど疲れてないから一人でも立てるよ」

 薄く微笑んで目を瞑っているのだが、それでも俺の手を握ってくれて、立ち上がらせてあげると、少し照れたように笑っている。

 彼女も手持ち無沙汰だったのか、歩き始めたあと、お尻を叩いている。その仕草を見ていた俺と目が合うとにっこりして


「なんかさ。私もうあれで満足しちゃったかも…」

 隣に並ぶ彼女はやはり視線がほとんど同じで、聞くと身長は172cmなんだとか。

 手足も細くすらっとしていて、ボブよりも短いショートカットも顔が小さいからか凄く似合っている。だからなのか尚更スタイルも良く見えた。

 そんなモデルみたいな渡辺真那が、何に満足したんだ?不思議そうな顔をしている俺が面白かったのか


「バスケ。冴木君が明日の決勝トーナメントまで連れて行ってくれたけど、優勝できなくても私結構満足してるの」

 俺と目が合ったあとそれが恥ずかしかったのか、すぐに視線を逸らされ、微笑んでいる。


 満足しているってなんとなく分かるかもな…

 正直、俺も今日のようなプレーが出来るかどうかは自信がない。

 今までこれのためにこれだけを犠牲にして努力してきたってものが無いだけに、引き出しが少ないのだ。


 明日は対策もされてくるだろうし、俺以外にも他の競技に出場している生徒がいる為疲れもあるだろう。必然的にパフォーマンスは落ちてくるはずだ。


「ま、あれだ。せっかくブザーなんとかになれたんだから善処するよ」

 絶対勝つよなんて簡単に言えない。そんな約束もできない。でもせっかくなら…

 明日も勝とう!なんてアオハルをやるのは俺にはまだ早くて、照れて頭をかいていた。


 明るすぎない体育館の照明の元、バレーボールとバスケットボールの試合がまだ続いていて、きっと彼等も彼女等も学校の思惑通り今この時に青春を満喫していることを数年後、数十年後に思い出すのかもしれない。

 長富杏香の思惑にまんまと乗せられているのも悪くないかもなって独りごちた。


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