第13話
佐藤愛子と二人で文化祭を廻っている。
実行委員の方は時間が来て交代してもらったのだが、腕章は外さないままにしないと行けないらしく、担当の時間ではなくても何かあったら対応してほしいと田原祥に言われ、どの業界も人材不足なんだなと痛感している。
世の中人材が溢れかえってるって職業なんてあるのか?公務員か?歯医者はコンビニより多いって聞くけどどうなんだろう。
ニートや自宅警備員と言うものが職業ならきっと今日本で一番多いはず。
と、言う事は実行委員も自宅警備員の方々に依頼すればいいのか?
元々警備員なんだしもしかしたら上手くまわしてくれるかもしれないな。うんうん。と頷いた所で、佐藤愛子の冷たい視線に気付く。
「毎度のことながらたっちゃんがそう言うドヤ顔してる時って碌なこと考えていない時が多いのよね。ニヤケ面だから悩みって訳では無そうだし、聞く価値も無そうだからいつも無視してるけど、私の対応あってるかしら?」
知らないよ…なんならちょっとディスってるのにあってるも何もないだろうが…
お前は私にだけは冷たいとか言ってたけど、お前もそうだからな!
とも言えるはずもなく
「陸上部は食い物売ってるらしいからそっち行こうぜ」
軽く咳払いして関係の無い話題で話を切り替えた。
一度自分たちのクラスにも顔を出すと、クラスの出し物は喫茶店をやっていて、和喫茶〜弥次喜多茶屋とか銘打ってあり、女子も男子も浴衣を着て接客していた。
なんか微妙にアンバランスなとこや、和装と言ったら浴衣だろっておバカなとこが高校生らしくて意外と受けているようだ。
「お疲れ様です。クラスの方をぜんぜん手伝えなくてゴメンなさい」
接客をするために廊下に出ていたクラスメイトに、佐藤愛子が謝ると、仕方ないよ実効委員なんだからって優しさが溢れてたけど、俺だけだったら、はぁ?少しくらい手伝えるでしょ?とか本気で言われそう…
「あ、でも二人も浴衣着て接客してるとこ見たかったな。すごく似合いそう」
「たしかにー!佐藤さんが髪の毛アップにしてお団子にして纏めてる髪型とか凄い見たい!冴木君も髪の毛後ろに流してたら坂本龍馬っぽい感じになるかも!」
坂本龍馬って…俺が知ってる坂本龍馬の写真は浴衣じゃなくて紋付袴じゃないの?
浴衣着てたって坂本龍馬になんかならいからね…
「浴衣姿じゃ坂本龍馬にならないだろ。あ、でも佐藤さんの浴衣姿は見たいかもね」
外で接客していたクラスメイトと話してると、えへへって顔赤くして照れてる佐藤愛子が俺の袖を掴んでいる。
あら嫌だ。この子可愛い…
なんかそんな顔で見つめられるとこっちが照れちゃうからやめて欲しい。
それが恥ずかしくて
「じゃあ申し訳ないけどクラス運営お願いします。佐藤さん行こうか」
デレてる佐藤愛子を引っ張るように連れ出しその場を後にした。
「来年の夏は浴衣着て花火見に行きたい…」
小さな声で呟くように言ったその一言は、普段とは違い人々の喧騒に溢れるこの校内でも何故かはっきりと聞き取れたから
「うん。行こうな」
言ったはいいけど、少し恥ずかしくて、なんか格好つけて言った自分と佐藤愛子の浴衣姿を想像してしまった事に照れて、彼女の顔を見ることなく伝えた。
返事は聞こえなかったが、顔を赤くしている佐藤愛子が袖を掴む手に力が入ったような気がしたから、伝わったのだと思いたい。
鬼に笑われないよう、来年の夏も彼女の隣に立てるようにしっかりと頑張らないと。
クラスの出し物を見学しながら歩き、一旦校舎の外に出て、陸上部のブースを探すと校庭にいつか見たタイム計測機を見つける。
「あれ何してるんだ?」
佐藤愛子に聞くも、さぁ?って小首を傾げてた。
近づいていくと、愛子!ケンシーって声が聞こえて来たんで、茅ヶ崎彩音がいるのだろう。
走って来たと思ったら、無言で俺たちを引っ張っていき、陸上部のブースに連れて行かれた。
「本命がきたよー!」
茅ヶ崎彩音が陸上部のブースで叫ぶと、俺の名前を呼ぶ声がそこら中から聞こえて来た。
チラッと佐藤愛子を見て、ドヤって顔をする。
なんとここでは佐藤愛子よりも、俺の方が知名度も人気も上なのだ。ふふふってちょっとどこかの組織の幹部気取った感じで笑ってみた。
当然無視されたが。
「本命ってなんなの?たっちゃんが本命なの?」
「あ、そうそう。うちのブースね、50m走でうちの部員に勝ったらどれでも商品一個おまけに付いてくるの。当然やるよね。愛子も」
ふふふってどこかの組織の女幹部気取って下卑た笑いをしている茅ヶ崎彩音。
彼女は俺と違い無視されることなく、望むところよって仁王立ち。佐藤愛子ver.
「あなたよりも知名度も実力も上ってことを教えてあげるわ」
こいつさっき無視したくせに、意外と気にしてたよ。負けてしまえって少しだけ思ったのは内緒。
「ま、負けた…」
陸上部の人たちは陸上スパイクこそ履いてないけど、走れる格好な上、こちらはローファーに制服だ。それで勝てたら化け物である。膝をついている佐藤愛子の肩をぽんぽんと叩き
「俺の実力をその目を見開いて見てるがいい!仇は取って来てやる!」
ちょっと持っててと脱いだブレザーとワイシャツを佐藤愛子に預けた今の俺の気分は、組織の幹部のままだ。
スタートラインに着くと、冴木くん宜しくねと見たことあるような人に声をかけられたので、うっすと返事。
スタートの合図。
50mなんてあっという間にゴールで、当たり前のように負けた。
「見て!彩音。この人どこかの大物気取ってしっかり見ておけよとか言いながら負けてるし」
膝をついて敗北を痛感していると、指差して大笑い。
俺は少なくとも佐藤愛子を労うように肩を叩いたつもりだったのだが、負けず嫌い爆発して悔しかったようだ。
「茅ヶ崎さん。あいつ意外と性格悪いぞ。きっと前世は悪役令嬢だったんだよ。転生しているんだよ」
「ね、愛子意外と性格悪い…」
え?って我に返ったのか、周りを見やる佐藤愛子。
ちょっと周りがドン引きしているのを目の当たりにしたのか、自分の立場を理解したのか、だって…って顔を赤くして恥ずかしそうにしている。
ぶっちゃけ負けたのは悔しいので、浴衣姿で陸上部のブースに現れた半田和成に
「半田!靴のサイズいくつ?27.5のランニングシューズ誰か貸して…リベンジだ!」
って見たことあるような陸上部員に宣戦布告をしたのだが
「俺走ってないけど…」
その隣の人を指差して、リベンジだって言おうとしたら、俺でも無いけどねって先に言われ、陸上部全員に笑われた。
なんかもうどうでも良くなって、リベンジ中止にさせて戴きました。
恥ずかしい…
半田和成、茅ヶ崎彩音に手を振ると陸上部全員が明日リベンジに来いよ!って手を振ってくれた。
なんだか温かい。
「俺が人間関係シャットアウトしてる間に世の中の人々は温暖化だな。もうエルニーニョだな。あれ?ラニーニャ?」
「とうとう妄想だけじゃなくて声にまで出して言い始めたのね。でも…優しさに触れると温かな気持ちになるのは凄く分かる」
「そうだな。ま、けど明日はランニングシューズ持ってきて、必ずぶちのめすけどね」
なら、私もそうするって言う佐藤愛子と顔を見合わせて笑った。
相変わらず俺の袖を掴む佐藤愛子の笑顔はどこまでも優しくて、その優しさに浸っていていいのかなって気分にもなる。
どこからか甘い匂いが漂って来て、そちらの方を見ると黄色より濃い小さな花が沢山咲いている木がある。
それのせいかって見ているのに気づいたのか
「金木犀だね。ふわって薫って来た時の甘い香りが好きだけど、この後に寒い季節が来るんだなって思うと少し寂しい気もするけど…」
途中言葉をくぎって金木犀をじっと見た後に
「たっちゃんがそばにいれば寒く無いと思う」
言い終わるとやはり恥ずかしそうにもじもじしてるのだが、決して俺の袖を掴んでいる手は離さなくて、その仕草は嬉しいのだが、こそばゆい。
「毎年、金木犀の匂いを嗅ぐたびにさ、この日のこと思い出すんだろうな。だから、その時一緒に思い出してくれる日がこれからもずっと続くと嬉しいな…」
言い終わる前に、あれ?これって…
何かに気づいて佐藤愛子の顔を見ると、耳まで赤くなっていて、小さな声で、プロポーズ?って聞いてきた。
ちっ、って言いかけてやめた。
否定しちゃうのもなんかあれだし、もうなんかあれで、きっとあれかな…恥ずかしくて死ぬことってあるのかもしれないって考えに辿り着いた。
いっそのこと、誰か格好つけすぎな俺のことを処してくれ…
これもあれも金木犀のせいだ。
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