第8話
その後、三人で教室のそばまで行ったのだが
「実行委員が朝集合だからそっちに顔出すわ」
手を降り一旦二人とは離れた。
本音としては、教室に行くとクラスの出し物の準備をしているであろうクラスメイトがいるはずなので、担任の長富杏香を避ける意味でも、実行委員会本部がある教室に先に来ることにしたわけだ。
この場所は普段使われている教室よりも少し大きめの多目的室らしく、机は長机しかない。
椅子はパイプ椅子で折り畳まれ、今は机と共に教室の片隅に一箇所に纏めらている。
そのせいかやけに広く見えていた。
長富杏香を避けて教室に行かなかったのに、だだっ広い教室で何故か仁王立ちしている人物を発見。
「え?先生なんでここにいるの?」
本当、何故ここにいる。あんた文化祭実行委員には関わってないだろ。
疑念の眼差しを向けると、態とらしくふんって横を向いた。
そんな俺の疑念を完全無視してて、それからすぐに教室に入ってきた生徒会長の田原祥と仲良さげに喋っているのだが、時々こちらをチラチラ見ては何でか分からないドヤ顔するのも意味わからないから止めて欲しい。
それからしばらく経って佐藤愛子が教室に入ってくる。
教室のど真ん中で田原祥と話している長富杏香を見て怪訝な表情をしていたが、俺を見つけるとニコッて満面の笑みでテケテケと小走りで近づいて来た。
なんか小動物みたいで可愛い…
朝のご挨拶を交わした後、俺の袖をくいくいって引っ張りながら、顔を近づけて、小さな声で
「杏香ちゃん何でいるの?」
ニュアンス的には何かあった?って言いたげ。
なので朝あった事を少しだけ脚色して笑えるように話したつもりだったのだが、なんか彼女の琴線に触れちゃったらしく、話してる最中に段々と顔を赤くして行って、最後は鬼のような形相に…
どちらかと言えば普段はニコニコしている美人が怒るとちょー怖い…
佐藤愛子の背中越しの先に長富杏香がいる。時々俺の方を見ていたのだが、佐藤愛子が合流して、俺と話しているのを見て、彼女の少しだけ見えたであろう横顔が怒りに変わったのを捉えたのか、田原祥との話を強引に遮って慌てて教室を出て行った。
俺たちが話してるのを見て察したんだと思う。
長富杏香がいたであろうその場所を、鬼が振り返った時には脱出成功していて、思わず苦笑してしまった。
「本当はたっちゃんも嬉しかったんじゃ無いの?お風呂一緒に入るって言われて期待したんじゃないの?長富先生スタイルいいもんね。私より背も高いし、本当は足に見惚れてたんじゃないの?」
怒りをぶつける相手がいなかったからか、それとも苦笑している俺が気に食わなかったからなのか、何故か俺に怒りの矛先が向けられた。
え?マジとばっちりなんですけど…
「最近色んな人にベタベタされて、すぐにやらしい顔になってるし、あの人なんて毎日泊まってて凄い狡いって思ってるし、もう!もう!」
その、もう!は結構大きな声だったのでみんなから注目されてしまった。
昨日の一件もあり、近くで話している俺たちはなんとなく見られているのは分かっていたのだが、最後のでダメ押し。
しかも目尻に少しずつ溜まっていった涙がポロって溢れたもんだから、みんなが息を呑む音さえ聞こえた気がしたよ…
こうなっちゃうと長いのは経験済みだし、彼女が人の何倍も頑張っていたのを知っているからこそ、今日から始まる文化祭を楽しんで欲しくて、周りの目なんて気にならなくて、ゴメンって言いながら彼女の頭を撫でた。
多分彼女は凄く我慢していたのか、それで結界が崩壊したように俺の胸に頭をつけてヒクヒクし始めた。
慌てたように望月朱美が来てくれて、俺に目で合図をすると、彼女の背中を撫でてくれている。
望月朱美の優しさに気づいた佐藤愛子は、少し落ち着いたのか、俺にゴメン…っていいながら、付き添われるように教室の外に出て行った。
さあ、ここで問題です。
一人この教室に残された俺はどう言う行動に出ればいいのでしょうか。
答えが見つからないまま、深く深くため息を吐く。
田原祥が肩をポンポンと叩いてくれ、それに軽く頷いた。
田原祥は何となく俺と佐藤愛子の関係性も理解してくれているけど、彼女の事を狙っていたような連中からは面白くなかったのかもしれない。
「冴木くんと佐藤さんてどう言う関係なの?」
どちらかと言えば優等生が多いこの学校で、ちょっと悪目たちする先輩から田原祥を押しのけるようにそう質問された。
田原祥が止めに入ってくれてるのだが、それに余計に興奮したのか、他の人の目があって目立ちたかったのか、途中からは質問とかではなく何か色々と罵倒気味に言われていたように思う。
「なんかお前ムカつくんだよ。佐藤さんと同じクラスだからって気にかけてもらってるのか知らないけどさ、女泣かすような奴は碌なもんじゃ無いけど、こんな奴を気にかけてる佐藤さんも美人だからって調子に乗ってんじゃない?みんなもそう思うだろ?」
クラスを見渡しながら同意を求めるように、最後は胸倉まで掴まれて殴るふりまでされた。
勝ち誇っているような顔もムカついたし、この学校でちょっとだけイキってるような態度もムカついたし、何よりも佐藤愛子を馬鹿にされるような原因を作った俺自身に一番ムカついていた。
「お前、人殴った事なんてあんのかよ。優等生しかいないようなこの学校でイキってんじゃねえよ」
そう言った瞬間顔を殴られたがやはり殴り方も知らないのか何とも無い。
こいつを殴り飛ばすことも可能だとは思ったが同じ穴の狢になるつもりない。
「今殴ったの?」
そう言って笑ってやったら殺してやるって言いながら何度も殴りかかってくる。周りから悲鳴が聞こえて来て、けどそんなに俺もたくさん殴られるつもりはなくて、最初の三発程度殴られた以外は全て避けた。
そいつの興奮がそれで加速したところでそいつの髪を掴み、持ち上げ動きを止める。
「おい。あまり調子乗ってるとマジで殺すぞ」
そいつの耳元でそう呟いて、誰もいない方に掴んだ髪ごと放り投げると、髪の毛が抜ける感触が手に残った。
手に絡み付いたそいつの髪の毛を払いながら、近づいていく。
あからさまに怯えた目に変わっている、倒れ込んでいるそいつの顔の隣にあった長机めがけ、足を振り落とすと机は真ん中でベッコリと二つに折れた。
顔を蹴られると思ったのか、ブルブルとふるえていた。
「なぁ、お前誰に喧嘩売ってんだよ。なんでお前如きのモブキャラが佐藤を罵ってんだ?」
そいつの顔五センチも無い距離まで近づいて睨みつけると、ゴメンなさいって泣き始めてしまった。
田原祥が呼びに行ったのか、長富杏香が俺の名前を呼んだ後、少し遅れて佐藤愛子、望月朱美が教室に飛び込んできたのと同時に、彼女らを振り払うように教室の外に出た。
佐藤愛子の叫びが聞こえるがそれを無視した。
長富杏香が走って来て俺の肩を掴んだが、思いっきり睨みつけ
「今は冷静じゃないから放っておいてくれ。後からなら呼び出しにも応じるから」
龍臣…って声が消えた後肩にかかっていた手が落ちた。
最後に見えた長富杏香の顔は今にも泣き出しそうで、そうさせてしまった俺自身が無性に腹立たしくて、この人にまでこんな顔をさせてしまったって悔しくて、逃げるようにそこを離れた。
やっちまった…
血気盛んだった頃に比べて落ち着いたつもりだったけど、好きな人を馬鹿にされて怒らない奴にはなりたくなかったし、ま、仕方がない。
手は出さなかったが、備品は確実にぶっ壊しちゃったし、退学になるかもな…ってため息が出た。
下駄箱横の自動販売機で水を買うと半分以上を一気に飲み干す。
クソっ。あんな奴のせいで青春の1ページどころかここで完結じゃねえかよ。
そう独りごちて、もう来ることもないのかもなって悲しくなったのだが、仕方がないかって今度は声に出して学校を後にした。
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