第22話

 ちょっとした観客席もあるチームの練習場は、長富杏香のように若い世代から追っかけたいという特定のサポーターなどもいて、いそれなりの人数がいつも見学している。

 天気もいいからか、今日はどちらかと言うと普段より多いくらいの見学者がいたのだが、それでもあの三人はかなり目立っていた。


 日除けなのか、鍔が大きい帽子をかぶってちょこんと座っている佐藤愛子なんて、リゾート満喫してるお嬢様にしか見えない。


 なるべく見ないように、集中力切らさないようにアップをしていたのだが、Aチームとの紅白戦のための準備をしていると


「あそこに座ってる人って龍臣のお姉さんだよね?」

 そう声をかけてきたのが同い年のゴールキーパーの熊谷芳樹だった。

 ギョッとして振り向き


「お前よく覚えてるな。そんな何回も会った事ないだろ?」


「覚えてるよ。あんな美人なお姉さん忘れるわけないじゃんか。ご飯もご馳走してくれたことあるし」


 そっか!あれだな。人にご飯を奢ってもらうと懐いてしまうのはゴールキーパーあるあるなのかもしれない。だから長富杏香の事信頼してるんだ俺。ま、そんなわけないけど。


「その隣に座ってる、ここからでも分かるような超絶美人の二人はなんなの?どこかのアイドル?モデル?アナウンサーかリポーターとか?」


「マジ聞かないでくれ。見なかったことにしてくれ。散々練習サボってるくせに女連れてきてあいつヤバくない?って思われたらマジここに俺居れなくなるから…」

 冗談っぽい感じで言えたと思う。でも本心。これ以上俺がいても良い場所を誰かに奪われたくないって思ってしまう。


「そんなこと思うわけないじゃんか。もう今はあの時みたいな奴らも居ないし、亮輔先輩筆頭に凄い纏まってるしさ。あの時助けてあげられなくて俺の事恨んでるかもしれないけど、俺は龍臣の事は今でもナンバーワンキーパーだと思ってるし、こうやって一緒に練習出来るのもやっとかよって思ってるんだぜ」

 仲川亮輔に後から聞いた話では、退団させられた奴らに取り込まれそうになった時に烈火の如く怒った事が発覚したきっかけだったそうだ。


 ゴールキーパーとフィールドプレイヤーは練習場所も違う為、ミニゲームの度になんかおかしいなとは思っていたらしいのだが、ビルドアップの時に左サイドにいた俺に、あからさまにボールが出ないのを不思議に思い練習後に問いただしたらお前もアイツの事シカトしろよって言われたらしい。


 仲川亮輔の元に、殴られたように頬が腫れている熊谷芳樹が泣きながら助けてくれとやってきて事態が公になったのだとか。


 その話しを聞いた時はまだ、入院している時だった。

 うちの親がいない時を見計らい、親を伴って連日病院に来ては、俺だけは、息子だけは助けてくれと言ったり、恫喝したり、泣脅してきたりしてきた連中を見て、より心を閉ざしていた頃だった。

 興味がない人の話なんて何を聞いても靄がかかったようになって全く覚えていなくなったのもこの頃からだった。

 誰も信じられなかった。

 お前は背も低いからキーパー辞めさせられたんだろって熊谷芳樹にも思われてるんだと疑心暗鬼になっていた。


 熊谷芳樹はゴールキーパーには適さないくらい優しい人間だって事すら忘れていた。

 公式戦では控えの事が多かったのに、それに不貞腐れる事もなく、冴木龍臣はどんなプロの選手よりも俺の憧れなんだ、ヒーローなんだって恥ずかしい事までよく言ってくれていた。

 ゴールキーパーとして上に上がれないと告白した時は


「龍臣にバカにされないようにゴールマウスは絶対に俺が守るから!他にどんな奴が入ってきても俺が正キーパーの座に君臨し続けるから!龍臣がいたこの場所は絶対に他の奴には奪われないから!ライバルだったんだって龍臣が言ってくれるように俺は…」

 そう言って嗚咽で呼吸が出来ないくらい泣いていた。

 そんな男だってことも忘れて俺は熊谷芳樹にすら心を閉ざしてしまった。


 久々に練習場所に来た時はやはり極度のストレスからか、着いた途端吐いてしまった。

 コーチも監督も半ば同情的な感じでユースに上げてくれたと思っていた。

 それでも、少しずつでいいから必ず顔を出せって言い続気てくれて今がある。


 久々に顔を合わせた熊谷芳樹は、よかったよかったって言って俺に抱きつき泣いていた。


 佐藤愛子のように人のために泣いてくれる奴だった。

 それなのに、多分俺はそんな熊谷芳樹を冷たい目で見ていたと思う。

 少したった今なら、あの時は本当に申し訳ないって言えるが、今でも心から信頼できる人間なんて…そんな風に思ってしまう俺は、そんな事すら言う価値はないんだと思っている。

 分かってる。

 佐藤愛子も佳奈美も長富杏香も仲川亮輔も、熊谷芳樹も半田和成だって、茅ヶ崎彩音だってきっと優しいはずなんだ。

 今俺が名前を覚えているって事はその人たちの話しを靄がかからず聞けているからなんだって。それを受け入れてるからだって分かっている。

 でも、俺が皆んなの優しさに応えてあげられない。

 そんな卑屈な人間なんだ。

 だから出来れば構わないで欲しい。

 俺のことなんて気にしないで欲しい。


 だから


 俺になんて優しくしないで欲しい…


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