第21話

「そう言えば聞いた?来月の修学旅行延期か中止になるんだって。マジ最悪じゃない?先生が今日の帰りのホームルームで説明するって」


「やっぱまだまだ海外なんて無理だもんね。あーあ、タイ行きたかったなぁ」


「延期だったらいいけど中止になったら本当萎えるよな…」


七月に入り、梅雨明けこそまだ発表されていないが、暑さ的には本格的な夏がもう来ていて、校内ではエアコンが効いていて過ごしやすいものの、そこに至るまでの道のりで軽く熱中症になるまである。

そして本来なら、今月末からタイのバンコクに四泊六日の修学旅行が計画されていたのだが、現在もコロナウイルスが世界的に蔓延しており、海外への渡航もまともに行き来できる状態ではない。

その為修学旅行自体が中止になる可能性があった。

クラスではここ最近その話題で持ちきりになっている。


「そのプリントに書かれている通りアンケート用紙にもなってるからな。よく読んでから答えるように」

今日全ての授業が終わり、下校前のホームルームで修学旅行に関しての説明、今後についてのアンケートが実施されている。

延期の場合は三年生になってすぐの四月に行われること。文理選択がすでに終わっている為、このままクラス替えを行わず現状のままクラス毎で修学旅行についての準備をして行くこと。

次に来年の二月に国内に変更の案。

その旅行先についてのアンケートになる。

ただしこれらもコロナウイルス次第では中止になる可能性があること。生徒が危険な状況に陥る可能性がある限り、それらを実行することを学校側としても許可できないと言うことが書かれていた。


俺的には正直どちらでも良い。海外だろうと国内だろうと、行っても行かなくてもだ。

三泊も四泊も独りになれる空間がないと考えるだけでちょっと萎える。


サッカーの方はクラブチームの全体練習にも参加し始めていて、徐々に身体が動くようになってきている。休む前より体がキレているまである。

プロになれるとは現段階では思ってもいないし、このレベルまでくると周りも対戦相手も怪物だらけ。そんな中、この環境で練習が出来ているだけでも今はありがたいと思っていた。


そして梅雨が明けた頃、学校の前期テストも終わり結果が掲示板に張り出されている。

文理が選択された為にそれぞれの教科事に発表されていたが佐藤愛子はどの掲示板にも上位で名前が載っている。

俺はと言うと、英語と現代文のみギリギリ掲示板に名前が載っただけでも御の字だ。


夏休み前、先日のアンケートの結果、修学旅行は来年の四月まで延期と言う結果になったようだ。

この先どうなるかなんて誰にも分からないし、受験も控えている中、四月という時期は学校としてもギリギリの選択なんだと思えた。

そんな話しを聞きながらもぼーっとしていると


「今度サッカーの試合見に行ってもいい?見に行くなら杏香ちゃんが連れて行ってくれるって言うから」

小さい声で隣から話しかけてきた佐藤愛子。

え、いや普通に嫌だよ。恥ずかしい。

まだBチームでやっと練習出来てる程度なのに。


「まだ試合になんて出れないからさ。今度出れる時は教えるからその時は見に来てよ」

どう?このイケメンっぽい答え。最後に軽く微笑むまでしたよ。こう言う言い方しないと隣の席の美人さんは機嫌悪くなるまである。

最近分かったね。今まで美人でチヤホヤされ過ぎて、何でも一番に考えてもらえたから、ちょっとでも邪険にするとマジギレするんだって。

もしかしたらこの子転生してきた元王妃とかなんじゃないかって真剣に思ってる。


「そっか。なら練習でもいいわ。土曜日は私丁度空いてるし場所も杏香ちゃんに聞いたし、ホームページ見れば時間とかも載ってるしね。あ、一緒に行く?」

なるほど。そうきたか…その答えは用意してなかった。


「そ、そうだね。見に来ても分からないと思うよ…あ、友達と一緒に行くから佐藤さんとは一緒に行けないかな…」

「大丈夫。多分その辺のサッカータレントなんかより今では私の方が詳しいわ。イタリアとドイツに関してはロベルト•バッジオとかローター•マテウスの時代まで遡って勉強したもの」

なんか鼻息荒くして勝ち誇ってるし、バッジオ?マテウス?俺でもそんな前の人たちのプレー観て勉強したことないわ。


「それに友達もいないくせに誰と一緒に練習場所まで行くつもりなの?」

ですよね。としか言えなかった。


姉が朝食の準備をしている。ジョギングから帰宅しシャワーを浴びた後、汗が引くまでと上半身は何も着ていなかった。

携帯で練習時間や場所の変更が無いことを確認。練習に行く準備を始めた時、玄関の呼び鈴が連打された。

分かってる。絶対にこれ長富杏香だ。モニターで確認するとドアップの長富杏香が写っていた。エントランスはオーナー権限なのか普通に抜けてきてるってとこがちょっとムカつく。


「おっはよー龍臣!ねぇねは起きてるか?」

「もうやめてよ。杏香ちゃんまでねぇねって呼ばないで」

キッチンの方からねぇねの笑い声。

で、がっこう以外ではいつのまにか下の名前だけで呼んでくるようになった長富杏香。

なんだろ。彼女面?スポーツ選手がよく年上女性と結婚するってのは知ってるけど、十歳上とかどんなペタジーニだよ。


「こいつ自分の姉のことねぇねって呼ぶんだぞ。シスコンみたいで可愛くないか?」

長富杏香の後ろからひょっこり顔を出した佐藤愛子があいさつをしようとしてたのか、おは、まで言って下を向いてしまった。

ん?って長富杏香を見ると、服って言って笑っている。

あー忘れてた…

いやだ、恥ずかしい


「タツ、上がってもらって。杏香ちゃんは朝ごはん食べた?簡単なものしか出来ないけど食べるなら用意するよ」

そう言って玄関に続く廊下に顔を出す姉の冴木小春。長富杏香の後ろに半分だけ隠れて下を向いている佐藤愛子を発見して飛び出してきた。


「なに、なにこの可愛い子!あ!前に言ってた杏香ちゃんの姪っ子さん?その辺のモデルさんなんかより全然可愛いじゃん。スッピンに近いのにこんなに肌白くて可愛いとか羨ましい…さすが杏香ちゃんの姪っ子さんだね」

飛び出してきた冴木小春に驚いてはいたが


「は、はじめまして。佐藤愛子と申します。たっちゃん…あ、えーと冴木君とはクラスメイトで去年から隣の席で勉強させて頂いてる縁で仲良くさせてもらっています。色々と至らない点はあると思いますが、今後もよろしくお願いします」

え?何お前、結婚の挨拶をでもしにきたの?サッカーの練習見に行くだけだよね?

しかも俺の名前言い直さなくてもいいよ別に…


「ま、まだ時間あるんだし上がって上がって。大したもの無いし、お腹減ってなければお茶くらいは出すから」

「悪いね小春。お構いなくで頼むね。龍臣はこの子の目のやり場の為にも上、着てこい。ま、私的には鍛えてる男子の裸は眼福でもあるけどな」

ニヤって笑う長富杏香を真っ赤な顔してポカポカ叩いてる佐藤愛子はちょっとだけ可愛かった。


「ねぇ、なんでねぇねまで着いてくるの?たかだかトレーニングだよ。練習に女の子三人連れてとかどこのジャニーズだよ」

長富杏香の車で結局練習場所まで送ってもらえることに。今日は後ろの席に俺たち姉弟が。前に佐藤愛子が座っている。


「ほら、聞いたか?ねぇねって呼んでるだろ?冴木龍臣がねぇねだぞ。大の大人が母親のことママとか呼んでるのはちょっと引くけど、ねぇねってなんかこうキュンとしないか?」

「確かにちょっと良いかも…」

なんか前の方で俺の事ディスってるっていうか、馬鹿にしてる声が聞こえなくもないが、人前で呼ばないって設定すら忘れてたし、そんな事よりもこの状況が本当に恥ずかしくて辛い…

今日俺集中出来るかな…

もう今日でクビになるかもなぁ…

あの入道雲がどんどん発達して、見ろ!龍の巣だ!って叫んじゃうくらいの雷雲になって練習中止になってくれないかな…

中止になってくれたらみんなで天空の城探しにいくのも良いと思う。


あー本当面倒臭い。


隣に座ってる姉が微笑みながら膝をぽんぽんってしてくれたけど俺の気持ちは既にゲリラ豪雨です。

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