第19話

「トイレで鏡見たらそこまでじゃなかったから、最後の挨拶間に合うかと思って集合場所まで行ってみたら、なんか腕とか組んでて、髪の毛触られてて、格好いいとか言われてて、鼻の下伸ばしてんだよ。人のことほったらかしにして他の子とデートの約束してて、杏香ちゃんどう思う?」

 女たらしは隣に乗るなって拒否られて、今日も長富杏香の助手席に座る、どうも俺です。


 でもマジ助かった。こんな怒りん坊モードの佐藤愛子と電車でずっと一緒かと思ったら軽く死ねました。

 長富杏香は佐藤愛子の話を何故だか嬉しそうにウンウン笑いながら相槌を打っている。


 長富杏香がクルマを停めている駐車場へと歩きながら、途中あった土産物屋さんで佳奈美ちゃんのお土産を買っていると


「モテモテの冴木君はどんな女性のためにお土産を購入するんですかね?」

 って嫌味を言われたからお前の妹だよ。って答えると、その回答が不満だったようでさらにお怒りモードに。

 長富杏香もあちゃーって顔してるし。あんたの姪っ子どうにかしてくれよ…


 そんなこんなで帰りの車中。よりお怒りモードになった佐藤愛子に何食う?って聞いても帰る!って言うもんだから、長富杏香と苦笑い。途中どこかに電話していたのか話し声が聞こえたが、夢だったのかもしれない。疲れていたのかいつの間にか寝てしまっていた。

 助手席で寝ちゃってゴメンなさい…


「冴木龍臣。着いたぞ起きろ」

 目を覚ますと警備会社のステッカーが貼ってある立派な門構えにとっても合う表札でお馴染みの佐藤家に到着していた。

 ん?俺も?ここで降りろってこと?

 寝ていたせいか頭がうまく回らない。降りろって言われたのでドアを開けようとすると、駆け寄ってきた佐藤佳奈美にタックル気味に抱きつかれた。


「たっちゃんお帰りぃ」

 なんか今日はやけに女子と近い日だな。ただいまって佳奈美の頭を良い子良い子してたんだけど、何か殺気を感じて振り向く。

 やっぱり睨んでいる佐藤愛子。もうね目だけじゃなく顔も笑うのやめちゃってるよ。


「佳奈美。冴木さんが困ってるわよ。冴木さんお待ちしてました。あと少しでご飯出来ますのでお家にお入りになってください」

 え?そうなの?長富杏香の方を向くと頷いていて、佐藤愛子を見るとフンって顔を逸らされる。なんか違うみたいだけど俺行っていいの?


「愛子。疲れてるとこ悪いけど手伝って貰ってもいい?」

 娘を見る眼差しはどこまでも優しく、良いお母さんなんだなって誰が見てもすぐ分かる。


「あ、これつまらないものですが良かったら…」

 家に入ろうとしてるところで佐藤愛子の母、愛佳に鳩サブレを妹の佳奈美には何だよくわからない江ノ島のキャラクターのキーホルダーとお菓子をあげた。


「なんか微妙なキャラクターだけどたっちゃから貰えたから凄い嬉しい!」

 おっと、今最初に軽くディスってませんでした?ゴメンねセンスが皆無で…


「冴木君は私のお母さんにまでお土産を買ったのね。そうなんだ。へー」

 なんかもう俺が何しても怒られるような気がしたんだけど


「これ。お前にも。ま、一緒に行動してて土産ってあれじゃないけどさ。要らなかったら誰かにあげてくれ」

 え?って顔をして、袋を開ける佐藤愛子。びっくりした顔からの驚いた顔になって、最後は顔が赤くなって、袋ごとギュッと抱きしめて


「ありがとう…」

 小さな声でそう言い、キッチンへと消えていった。

 長富杏香を見ると、ニッコリ笑って小さく頷いてる。


 お土産を佳奈美に買ってる俺に、より不機嫌になった佐藤愛子を見て


「あの態度、可愛いと思わないか?」

 って笑顔を向けてくる。え?どこが?って凄く面倒臭そうに言った顔が面白かったのか、女心が分かってないなって大笑い。


「あいつにも何か買ってあげてやってくれないか?」

 そう言って愛らしく片目を瞑る長富杏香。あんたのその仕草のほうがよっぽど可愛いと思うんですがね。

 彼女の意見を聞いて、バレッタにするかシュシュにするか悩んだんだが、可愛い感じの色のシュシュに決めた。


 ま、結果買って正解。帰り道にはおろしていた髪も、食事が始まったらシュシュをつけて再びのポニーテール。

 斜め向かいの長富杏香になんか目で合図されたから


「気に入ってくれたならよかった」

 そう言うと、愛佳さんまでもニッコリしていた。とりあえず合格点の回答を言えたようで一安心である。


 長い時間寛がせて頂き、そろそろ帰りますと伝えた。

 本当一人でここから歩くつもりで言ったのだが、じゃあ帰ろうか。って長富杏香も席を立たせてしまい本当申し訳なく思う。

 玄関前で挨拶をしていると佳奈美がいつものように離れない。妹ってこんな感じなの?

 でもね、あなたのお姉さんが睨んでるのでそろそろ離れた方が…


「佳奈美いい加減にしなさい。たっちゃんが嫌がってるのが分からないの?」

 機嫌が治っているのか冴木君からたっちゃんに変わっていて笑ってしまった。


「嫌がってないよね。今度何か買ってくれる時はわたしも身につける物が欲しいな」


「佳奈美…」


「お姉ちゃんの顔が怖いので私は寝ます!おやすみたっちゃん」

 最後にギュッと抱きつかれる。佳奈美!って先程より少し大きな声で佐藤愛子に名前を呼ばれると一目散に逃げて行った。

 愛佳さんに今一度お礼を言うと


「男の子が沢山食べてくれると作りがいあって本当嬉しいの。いつでも遊びに来てくださいね。お土産も本当にありがとうございます。二人にはあげないで私一人で頂くとするわ」

 くわって目を向いて母親の方を向いた佐藤愛子。親子揃って煽るのをやめて欲しい…


「おやすみ。また明日な」


「うん。なんか…今日ちょっとだけイライラしててゴメンなさい…また、明日」

 おやすみって長富杏香と挨拶をして佐藤家を後にした。


 佐藤愛子の家から車で10分かからず到着。またも車から降りてきて自動販売機の前で茶色いお茶を買おうとする長富杏香を制止。


「それ以前不味そうにしてほとんど飲まなかったやつじゃないですか」

 そうだっけ?って考える仕草。水を購入していた。

 危うくまた間接キス強要されるとこでした。危ない危ない。


「過去を穿り返しちゃったみたいになったけど平気だったか?止めるべきか悩んだんだけどな。自分の口で整理しながら言うことで、何か吹っ切れることもあるかも知れないと思って止めずにいたんだ」

 今買った水を一口飲む。無言でその仕草を見つめる。そう、自分で当時どういう心境だったのか思い出しながら話していた。

 今思えば、全員がプロを目指して我武者羅に突き進んでいた。

 相手を蹴落としてでも俺が一番になる。そう言うやつの集まりなんだから仕方が無かったかもとまで思えた。許せるかと言われたらそれは無理な話ではあるが。


「過去に囚われて立ち止まってても仕方がないですからね。少しずつでも進んでいくべきなのかなって今日あいつに話してて思いました」


「そうなると、いつまでその他大勢みたいな役柄になりきるつもりだ?別に冴木龍臣のそれを否定しているわけではない。ただお前を見ていると、思い出したかのようにクラスメイトAになろうとするのを時々見かけるからな。と言うことは、冴木龍臣はそれを未だに作り続けてるって言う風にも捉えるわけだ。教師としては生徒にはより良い道を進んで欲しいからな」

 分かってる。俺だってクラスメイトを友達と呼びたい。ただ心から信頼をしていた者に裏切られる辛さは未だにフラッシュバックのように思い出すし、ストレスで吐いたり、帯状疱疹と言ったストレス性の蕁麻疹が出ることすらある。


「少しずつ…少しずつ変わって行けたらと思ってます」


「うん。無理はするな。ずっと応援はし続けるから」

 長富杏香はそれっきり特に何も言わなかった。

 俺が今どんな顔をしているかはよく分からない。

 帰ると言うこともなく、何か言葉を掛けてくるわけでもなく、少し離れた距離でしばらくの間、俺のそばに立ち続け手くれていた。



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