第177話 ニザヘナ

 レクタムに一晩泊まった俺たちは、昨晩とは違う店でまた朝食にタリアを食べ、昼食を買ってから出発した。


 昨日一日で話したいことはもうほとんどなくなってしまっていたため、途中からはしりとりや他の歩きながら出来るゲームを四人でして、暇をつぶしていた。


 今日泊まる予定の街はニザヘナだ。昨日はどこに泊まるかにはいくつか候補があったが、ニザヘナ以外に大きな街はない。あんなことがもうあるとは思えないが、小さな村に泊まるよりは大きなところの宿屋に泊まる方がいいだろう。


 ニザヘナは王国の東に位置する街で、ラムハやレクタムに比べると人口は少ない。このあたりではニザヘナベリーという街の名前を冠した果物が多く栽培されており、それを目当てに貴族がやってくることがあるのだとか。


 ニザヘナベリーは手に乗るほどの大きさの赤い果実で、甘酸っぱくてみずみずしいと師匠のガイドブックには書いてあった。


 このことを聞いたときは、師匠だけでなくマリーと兄さんも目を輝かせていた。普段甘いものを口にすることがないわけではないが、果物というのはなかなかに貴重だ。


 果物は足が早いために輸送が難しく、市場にはほとんど並ばないためだ。運ぶ過程でどうしても果物同士がぶつかってしまい、すぐに傷んでしまう。


 かといって、ある程度の量をまとめて運ばないと、輸送にかかる費用を差し引いたときに利益が出なくなってしまう。


 そのため、果物は基本的に産地の近くでしか食べられない、という認識になっている。もし貴族のように生活に余裕があれば、頻繁にこういったところに足を運び果物を味わうという芸当もできるのだが、大半の人間はそうもいかない。


 だからこうしてベリーを食べられるというのはとても貴重な機会なのだ。甘酸っぱいという、まだ見ぬニザヘナベリーのことを思い浮かべると、自然と唾液が出てくる。


 買っておいた弁当はそんなに大きくはなかったが、逆にそれがよかったかもしれない──なんてことに思いを巡らせながら、立ち止まらずに歩き続ける。


 師匠がベリーの話をしてから、心なしか歩調が速まっている気がした。

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