第136話 オランド邸にて
──収穫祭の数日前の夜、オランド家邸宅にて。
領主アラン・オランドが書類を片付けていると、執務室の扉が叩かれる。
「どうぞ」
「父上、お時間よろしいでしょうか」
「ああ──ちょうど一段落ついたところだ」
入ってきたのはアランの次男であるオリヴァー・オランド。今年十四になる秀才で、聡明な上に剣術にも長けていると評判だ。
オリヴァーは、窓の外を眺めながら話しだす。
「このあたりでは、麦の収穫はほとんど終わったらしいですね。今年は豊作だったとか。収穫といえば──ラムハの収穫祭が近いですね」
「そうだな。今年ももちろん行くが」
毎年、ラムハの収穫祭には家族で行っている。とはいえ、昨年までは人混みで迷子になるかもしれないから、とジャンは留守番だったが。
領主の息子だ──はぐれてしまえばどんな目に遭うか分からない。殺されてしまったり、はたまた脅迫の材料にされてしまったり──ジャンには悪いが、不安要素がある以上、そうせざるを得なかった。
「ところで、最近ジャンはよくやってますよね。色んなことに懸命に取り組んでいて、成長しています。特に剣術の上達は騎士も驚くほどとか。それに近頃は落ち着いていますし」
オリヴァーの意図を汲み取ったアランは、短くため息をつく。
「なるほど──頑張っているジャンをご褒美として収穫祭に連れていけ、ということか」
「まあ、そういうことですね。ジャンも落ち着きましたし、もう俺たちを振りきってどこかに走っていくこともないでしょう。俺は去年も行ってもいいと思ってたんですけどねえ」
そこで目を細め、唇で弧を描くオリヴァー。
「──それに頑張っても餌を与えなければ、人間は頑張らなくなるでしょう?」
呆れ顔になり、アランは今度は深くため息をつく。
「言いたいことは分かるが、言い方はどうにかならんのか」
「ご褒美があった方がやる気が出ますよね、ってことですね。それで──どうでしょう、ジャンのことは」
ふざけているような顔から急に真面目な顔になるオリヴァー。ついさきほどまで、悪い笑みを浮かべていたというのに、彼の表情は忙しい。
「いいだろう。もう十分な歳だ──大人たちに押しつぶされることも、迷子になることもないだろう」
「それでは──」
「──ただし、念のため交代で誰かが必ず手をつないでおくこと。たとえジャンの意思ではなくとも、人波に流されてしまうこともあるからな」
それを聞き、笑顔で部屋を去るオリヴァー。アランから収穫祭に行けると聞き、ジャンが驚くのは翌朝のことだ。
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