59話「そう……だね」
週が明けて、週末の文化祭に向けて本格的に準備が始まった。
前もって内容は喫茶店に決まっていたのだけれど、この準備がなかなか大変だ。
「こっち布足りないよ!」
「試食誰か頼むわ!」
「こんなやること多いもの作れないよ!!」
お菓子だったり飲み物だったり、内装だったり服飾だったり……さまざまな準備があってかなり慌ただしかった。
中でも綾人は特に忙しそうで、
「加賀谷くん、このレシピどうかな?」
「紅茶の淹れ方どうやるんだっけ?」
「加賀谷〜、服合わせたいらしいからこっち来てくれ!」
「順番に行くからまってて!」
ちょうど焼き菓子の試し焼きを終えた綾人は、他のスイーツの人や飲み物部門の人、ひいては服飾の人にまで呼ばれててんやわんやになっている。
……綾人にわたしの思いを伝える。
この前あかりさんと話したことだが、そのタイミングが掴めないでいた。
「くるみ、そっち色塗ってくれる?」
「あ、うん。ごめん」
当日フロアに出るわたしは、飲み物の淹れ方や焼き菓子の作り方なんて知る必要がないので、今は内装の手伝いをしている。
まぁ、綾人もフロア担当(顔がいいからとゴリ押しされて仕方なくなってた)なのだけれど、綾人の方はわたしと違っていろんな作業をさせられていた。
「まさに引っ張りだこって感じだね。心配?」
生徒会の方の仕事をひと段落させて教室に戻った寧々ちゃんが、わたしの隣にしゃがみ込みながらそう話しかけてくる。
「うん、心配。それに──」
「それに?」
「……いや、なんでもない。作業しなきゃ」
せっかく綾人に話したいことがあるのに、忙しくてなかなかタイミングがない。
……最悪の場合、文化祭が終わるまで待たなきゃダメか。
「──ねぇ、ちょっといいかな?」
聞き覚えのない声に、教室中の視線がそちらを向く。そこにいたのは見覚えのない女子生徒で、長い黒髪が特徴的だった。
ちょうどドア付近にいた綾人が「誰かに用事?」と尋ねると、その女子生徒は頬を赤らめてコクコクと頷く。
「実は、加賀谷君に用があって。今大丈夫かな?」
「あー、えっと……大丈夫っぽいね。うん、どこまで行けばいい?」
各部門のリーダーとアイコンタクトを交わした綾人は、女子生徒にそう言うと2人揃って外に出て行った。
途端にざわつく教室。
横の寧々ちゃんを見ると、わかりやすく「あちゃー」という顔をしていた。
「どうしたの?」
「あ、そっか。くるみは知らないか。
あの子隣のクラスなんだけど、どうも加賀谷くんのことが好きらしくて」
「え」
「まぁ、あの様子見る限り……告白、だろうね」
「こくはく……」
「あっ……ま、まぁ、きっと大丈夫だよ。加賀谷くんもくるみとあんなことあってからすぐ他の人と付き合うような人じゃないでしょ?」
「そう……だね」
綾人が告白を受ける確率は非常に低いと思っている。
でも、胸がザワザワして、落ち着かない。
わたしはそれを紛らわせようと、一心不乱に大道具に色をつけていく。
しばらくそうした後、集中力が切れてきたので息を吐きながら作業を中断して顔を上げる。
他の作業を手伝いに行った寧々ちゃんもいないし他の子も忙しそうなので、誰と話すわけでもなくぼうっとして過ごす。
すると、たまたま教室のドアから廊下を走る女子生徒が見える。
一瞬だったのでわかりにくかったが、先ほどの女子生徒が泣きながら走って行ったように見えた。
「……はぁ」
それから少しして、疲れた様子の綾人が教室に入ってくる。
どう見ても告白か何かを断ったのだろう態度に、誰も「何があった?」とは聞けなかった。
「ごめん、なんか疲れて頭痛いから今日は帰っていい?」
「あ、そうだな。うん、人一倍働いてもらってるから、今日はもう大丈夫だ。休んでくれ」
「ありがと……また明日ね」
綾人はそう言うと、鞄を持って教室を出る。
止めようかとも思ったが、綾人の疲れ果てた姿を思い出して踏みとどまる。
疲れてる時にする話でもないだろうし。
「……綾人、大丈夫かな」
ただ、綾人の後ろ姿がとても弱々しくて、わたしは1人心配するのだ。
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