57話「寂しいけど」
綾人と話さなくなってから1週間が経った。
まだ悲しいけど、流石に涙は枯れて表面状は今まで通り友達と話せるくらいにはなった。
……まだ、綾人の顔を見ると泣きそうになるけど。
「おーい、くるみ? 大丈夫?」
「あ、うん。大丈夫」
昼食後、椅子に座りながら考え事をしていたら寧々ちゃんに心配されてしまった。
わたしは笑顔を作ると、「どうかした?」と尋ねる。
それに、寧々ちゃんは少し悩むそぶりを見せると、声の大きさを抑えて言う。
「くるみ全然元気にならないから心配で」
「わたしはもう大丈夫だよ。ある程度吹っ切れたし」
「嘘。加賀谷くんほどじゃないけど私だってくるみと仲良いからわかるよ。絶対大丈夫じゃない。昨日も酷かったけど、今日は悪化してる」
「……綾人に何もしてあげられないのがつらくて」
「どういうこと?」
そう問われ、わたしは視線を綾人の方に向けた。
小野と喧嘩していたみたいだけど、いつのまにか仲直りしていたようで、いつも通りに話をしている。
だけど、わたしにはわかるのだ。
「今日はいつにもまして具合悪そうだから。顔赤いし少し熱もあるかも」
本当は早退させたいくらいには体調が悪そうだ。
その姿を見て、胸が締め付けられるように感じる。
「……くるみ、いい人すぎるでしょ」
「へ?」
「加賀谷くんなんてもうほっとけばいいのに。あーもう、思い出したらイライラしてきた。私が殴ろうかな」
「嫌いになんてなれない。だから、ずっと心配だし、ずっと悲しい。
あと、綾人は殴らないであげて。間違ったことは言ってないんだから」
わたしと一緒にはなれない。綾人がそう言ったのは、綾人なりの理由があってのことなのだから、それを間違ってるとは誰も言えないだろう。
そう考えられる程度にはわたしも冷静になれているし、諦めも納得もできている。
「泣いてる女の子1人置いていくのは間違ってるでしょ。そもそも泣かすなって話だけど」
「……責めないであげて。綾人もつらかったはずだから」
「だからこそイライラする。つらいくらいならさっさと付き合えばいいじゃん。私に言わせれば、早死にするかもしれない程度の話なのに深く考えすぎだよ」
「綾人はそう思えないんだよ」
綾人は何でもないことのように話すけれど、顔も声も知らない母親はともかく、叔父の方の死は綾人の言う以上に辛い記憶なのだろうと思う。
だって、わたしの知る限り綾人にとって叔父さんは親のようなものだったから。
綾人が生まれた当時はまだ高校生だった綾人の叔父さんもこの学校の出身なのだけれど、当時一人暮らししていたアパートから毎日通って綾人の世話をしていたのだ。
それは大学に行っても同じで、半ば2人は同じ家に住んでいるようなものだったらしい。
大学ではサークルにも入らず飲み会にも行かず、授業の時間以外はいつも一緒にいたようで、わたしの家で綾人を預かるのは彼が大学に行っている間だけだった。
社会人になって、大学で知り合ったと言う恋人と同棲していたのだが、その時にもよく綾人のことを預かってくれていたようで、その時にあかりさんと綾人は話していたのだという。
そんなお世話になった人に綾人はかなり懐いていて、わたしの記憶にある限り、当時の綾人はいつも彼と遊びたそうにしていた。
そんな彼の死を綾人が気にしていないわけがない。
だからこそ綾人は自分の将来を考えた時に、自分は早死にすると思ってしまうのだろう。
悲しくなるから、そんなこと思わないでほしい。
でも、自分が早く死ぬという綾人に、「そんなことないよ」とは言ってあげられなかった。
だって、わたしの冷酷な部分が納得してしまったから。
綾人の体が弱い遺伝は確かに存在するだろうし、それをないとは言えない。むしろ、今の体質を考えたら、綾人が母や叔父のように早く死んでしまう可能性は決して低くないと、思えてしまう。
「残される辛さを知ってるから、わたしにそれを味合わせたくないって、そう思ってくれてるの」
だから、綾人自身が辛くてもわたしに優しくしないし、関わろうともしない。
わたしが綾人のことを忘れられるようにしてくれているのだ。
そんな綾人の気持ちを、わたしは無碍にできなかった。
「寂しいけど、きっといつか慣れるから」
「……そんなの、間違ってるよ!」
急に大声を出した寧々ちゃんに、教室中の視線が集まる。
それに気がついた寧々ちゃんは、わたしの手を引っ張ると人気のないところまで連れ出す。
「くるみがそれでいいって言っても、私は納得できないよ。だって、わたしはくるみの友達だから。友達が悲しんでるのに放ってはおけない。
だから──」
「わたしだって、綾人と話したいよ!
でも、ダメなの。
だって、綾人に将来のことを考えてほしいって自分で言ったくせに、綾人がわたしにとって都合のいい答えを出したら『それはやめてほしい』だなんて、卑怯だよ。
わたしが考えろって言ったんだから、わたしは綾人の考えを尊重しなくちゃいけないの」
寧々ちゃんはわたしの顔をじっと見つめると、はぁ、と深いため息を吐いた。
「なんていうか……くるみって意外と真面目だよね。頭固いっていうかさ。いや、結婚するために抱いてもらおうとする段階で頭固いってのも違う気はするけど。
ともかく、もっと素直に生きればいいと思うよ」
「素直……」
「まだ16歳なのに、難しいことばっかり考えすぎだよ。もっと我儘に生きなきゃ。
私なんかそれはもう毎日将雅に甘えてて……って、惚気る空気じゃないね」
そう冗談っぽく笑うと、わたしの肩に手を置き、一転して真剣な顔になった。
「恋愛の先輩から言わせてもらうと、考えても何も解決しないよ。
私も色々告白のタイミングとか考えてたけど、結局勢いで告白したもん。で、無事成功した。
結局、くるみがどうしたいかだよ。加賀谷くんがどう思ってようが、私はくるみの友達だから、くるみが幸せになれるようにするよ」
「……うん。ありがと」
考えても解決しない。
それはそうなのかもしれない。
でも、だからといって、綾人の気持ちを無視して何かをする気にはなれなかった。
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