54話「関係ないよ。そんなの」



「……はぁ」


 公園を出た僕は、重い足を動かしながら家に向かう。

 その途中、よくくるみと一緒にいるのを見かける3人組を見かけたので、半ば足を引き摺るように近づく。


「──だから……って、加賀谷くん!?」

「ああ、寧々さんたち。ちょっといいところに。

 あそこの公園、わかる?」

「あ、うん。まぁ……」

「そこでくるみが泣いてると思うから、慰めてあげて。お願い」

「え──」

「ちょっと、それは加賀谷くんがすればいいんじゃない?」


 絶句する寧々さんに対して、赤橋さんはそう言ってくる。

 そう。それは正しい。

 でも、それはできない。


「ごめん。それは出来ないんだ」


 当然だけど、僕だって好きな人を泣かしたくはない。

 でも、泣かせるしかなかったんだ。

 仕方なかったんだ。


「だから、お願い。他の人には頼めないから。ほんと、お願い」


 深く、3人に頭を下げる。

 はっと息を呑む音が聞こえた気がした。


「……わかった。わかったから、頭上げてよ。こんな人の通るところでするもんじゃないからね?」

「そんなお願いされなくても、くるみとは友達だから慰めるくらいはするよ」

「……ありがとう。じゃあね。また明日」


 あの3人に任せれば大丈夫だろう。

 そう確信して、僕は家に向かった。



◆ ◇ ◆



 それから、僕はすぐに熱を出した。

 まぁ、当然の話だ。徹夜して悩んで、精神的にも疲れたのだから、僕が体調を崩さないわけがない。


「はぁ──だる」


 普段なら行動できるくらいの熱しか出てないけど、丸2日ほとんど動けないままでいた。

 もちろん、最低限の栄養補給はしているけれど、掃除とか洗濯とかはする気が起きない。

 こんなに自分は怠惰だったのかと笑えてくる。


 ──ピンポーン


「あー……」


 インターフォンの音を聞いて瞼を開く。

 何か注文してたものがあったか考えるが、特に心当たりはない。

 本来ならベッドから動いて確認するべきなのだろうけど、生憎今はそんな元気はなかった。

 しばらくして、鍵が開く音がした後に誰かが入ってくる気配がする。

 誰だろうか。鍵を持っているということは父かくるみのはずだけど、どっちも来ないだろう。

 すると、くるみの家の誰かだろうか。


「あ、ここにいた。綾人兄ちゃん、生きてる?」

「……樹君か」

「そうだよ。姉ちゃんが変だから代わりに来た」

「そっか。ありがとう。

 ……くるみは元気?」

「自分で確かめなよ」


 ……妙に刺々しいこの態度。大方、くるみは落ち込んでてその原因が僕だとわかってるのだろう。


「そうだね。今度登校した時に様子見るよ」

「そうしてよ。あ、ゼリーとかどこに置いたらいい?」

「あー……そこでいいよ」

「わかった」


 樹くんはそう言うと、手持ち無沙汰になったのか部屋の中を見て回る。


「……綾人兄ちゃんの部屋、写真ないんだね」

「ああ、そういえばないね」


 印刷するのが面倒だし、あまり飾るのが好きではないというのもあって部屋に写真は飾っていない。


 しばらく会話が途切れる。ベッドに横になる僕は、体を起こして熱を測ることにした。


「……馬鹿だなぁ」


 脇に体温計を挟んだところで、樹君の声がする。


「姉ちゃんが綾人兄ちゃんを誘惑する理由、オレから聞いておけばよかったのに」


 温泉で樹君がそれを教えようとしていたのを思い出す。言われた通りに聞いておけばよかったのだろうか。

 いや、そんなことはないはずだ。


「……関係ないよ。そんなの」


 どっちにしろ、僕がこの体質な段階で仕方のないことなのだから。


「樹君、くるみならきっと立ち直って別のいい人を見つけるよ。だから──」

「なんで……なんでそんなこと言うんだよ!」


 何かが琴線に触れたのだろう。

 樹君は僕に詰め寄ると、ガッと服の襟を掴んで睨みつけてくる。


「姉ちゃんは、綾人兄ちゃんのために色々頑張って……なのに、なんで『別の人』とか言うんだよ!」

「……少なくとも、僕はそれがいいと思うからだよ」

「っ!! そんなのっ!」


 しばらく、樹君と睨み合う。

 お互いに譲らなかったが、最初に動いたのは僕だった。


「……そうだ、樹君。鍵、返してよ」

「は?」

「僕の家の鍵。くるみが持ってた鍵で入ってきたんでしょ? もう、返してよ」


 それはもうくるみが持っていても仕方のないものだ。

 そもそも僕の家の鍵を他人が持っていること自体おかしい。ただのクラスメートになった以上、鍵は返してもらうべきだ。

 ただ、樹君は納得しないようで、


「っ! そんなの、できるわけないだろ!」


 と言うと、早足で部屋の外に出て、強い力でドアを閉める。

 足音が廊下を抜けて玄関のあたりに言ったかと思うと、少しの間の後鍵の閉まる音がして何も聞こえなくなった。


「……はぁ」


 いくら具合が悪いとはいえ、中学生相手に八つ当たりするなんて……ダサすぎる。

 もっと上手い言い方があっただろうと冷静になってからは思う。

 ただ、具合が悪くなかったとしても、今の僕に言い方を気にするような余裕があったとは思えなかった。


 ……ほんと、いろいろと面倒くさいよ。


 いつのまにか脇から落ちた体温計は、正しく測れなかったとエラーを吐いていた。


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