50話「わからないなぁ」
最悪の目覚めだった。
睡眠不足で頭は痛いし、いろんなことで頭の中はごちゃごちゃしてる。
──結局、わからないことだらけだ。
もちろん、くるみの言葉を聞いてわかったことはある。それは、彼女が将来に対してすごく不安だったということ。
昨日くるみが言ったことは、要約すればそういうことだ。
僕だって将来が不安にはなる。でも、くるみはそれ以上に怖いのだろう。
でも、わからないこともある。
『ほんとはすごく怖いのに、なんで綾人に襲ってもらおうとしてたからわかる!?』
「……わからないなぁ」
昨日くるみが言っていたことを思い出し、ベッドの上で苦笑する。
きっと、何か考えがあったのだろう。
でも、全然わからない。
「……きっと、くるみから話してくれるよね」
そう信じよう。
そう信じて、僕は僕のするべきことをするしかないのだろう。
『綾人は、いつもそう! 何も考えてない!』
ああ、その通りだ。
だから、考えなきゃ。
これから僕とくるみはどうするべきなのか。刹那的ないつもの思考を捨てて、しっかり考えないと。
──それは、とても怖いことだけど。
◆ ◇ ◆
とはいえ、夏休み明け初日に登校しないわけにもいかず、僕は痛む頭を薬で誤魔化しながら学校へ向かう。
教室に着くと、まだくるみは来ていないようで、残念だと思うと同時に安心もする。
「よ、昨日はありがとな」
席に着くと、小野が片手を上げてそう言ってきたので、僕も片手を上げて応じる。
「うん、どういたしまして。寧々さんは?」
「あっちで女子にもみくちゃにされてる」
小野の指差す方へ視線を向けると、たしかにそこには数人の女子に囲まれて質問攻めにされている寧々さんがいた。
ああ、小野と付き合った件について根掘り葉掘り聞かれてるのか。
「助けてやりてえが……俺も巻き込まれなくねぇからな」
「うんうん、そうだね。でも彼女がもみくちゃにされてるのにそれは良くないんじゃない?」
「は?」
「おーい、そうめんくん!」
「どした?」
たまたま近くにいたそうめんくんを呼ぶと、僕は小野を指差して言う。
「なんか、小野と寧々さんが付き合い始めたらしいんだけど、これ見過ごしていいの?」
「馬鹿っ! お前それこんな状況で言ったらっ!」
「……男子たち、集合〜」
感情を失った顔で男子を集めるそうめんくん。
そして──集まった男子たちに、小野はもみくちゃにされる。
別に、クラスのみんなはリア充に恨みがあるわけではない──いや、ないこともないか。
まぁ、本気で小野を呪い殺そうとしてるのではなく、これが男子なりの祝い方なのだ。
だから、小野もぎゃあぎゃあ騒ぎながらもみくちゃにされてるし、男子たちも本気で暴行を加えたりしない。
まぁ、暑苦しい男子に囲まれる時点で罰ゲームなんだけど。
「ごめんね小野。八つ当たり」
僕は小さい声でそう言う。
僕だって人間なのだから、「僕とくるみは上手くいってないのに、小野と寧々さんは上手くいきやがって」という妬みはある。
あと、話してると心の不調を見透かされそうで嫌だ、という理由もあった。
もみくちゃにされてるのをぼんやり眺めていると、教室のドアが開く音がして、反射的にそちらをチラリと見る。
そこにはくるみがいて、ばっちり目が合ってしまった。
なんとなく気まずくて、スッと目線を逸らす。
……はぁ、ままならないな。
◆ ◇ ◆
「おい、ほんとお前らどうしたんだよ。なんか変だぞ?」
昼休み。教室の机で小野と昼食をとっていると、唐突にそんなことを言われた。
「変って……何が?」
「お前と文野さんの話だよ!」
「ああ、そのことね」
表には出さないようにしてたんだけど、やっぱりわかってしまうみたいだ。僕はともかく、くるみは露骨に様子がおかしかったし。
「喧嘩した……みたいな? うん。大したことじゃないよ。前もあったことだしね」
「そうかもしれねえけど……今回はなんか変じゃねえか? 文野さん女子達とどっか行ったけど、なんか泣いてるように見えたし」
「……少なくとも、小野が気にすることじゃないよ」
小野に解決できることでもないし、フラれた話なんてしたくない。
それに──相談する適任者は、もうわかってるし。
「加賀谷、お前もう少し俺に頼ってもいいんだぞ? 友達なんだから」
「頼るべきだと思ったら頼るよ。ただ……今回の件はあんまり話したくないんだ。他人に決めてもらうことでもないし」
相談するくらいならいいけど、大事なところは僕が考えて決めないと意味がないし。
それに──勇気が出ないだけで、結論自体はもう出てるし。
「スマホ鳴ってるぞ?」
「ああ、ありがと。気づかなかった」
考え事をしていたら気が付かなかった。
慌てて画面を見てみると、電話の主は父だった。
「ちょっと話してくるよ」
僕はそう言うと、急いで教室から出て人気のない階段の踊り場に向かって、折り返しの電話をかける。
「もしもし。綾人だけど、どうしたの?」
『ああ、実は……来週の頭くらいに、一度家に帰るから』
「あ、そう……」
『ああ』
「…………」
『…………』
「いや、それだけ?」
そんなのメッセージアプリでいいし、わざわざ電話をかけることでもない。父の性格上、それだけの用事で電話をかけてくるわけがない。
『あー、その……実は、お前がくるみちゃんと喧嘩したって聞いてな』
「あー…………」
大方、くるみの様子を見て心配になったくるみの両親が父に連絡をとったのだろう。
「まぁね。少ないけど、ないわけじゃないから、騒ぐほどのことじゃないよ。少ししたらすぐ仲直りするって」
『そうか。ならいいんだが……うん、それだけだから、もう切る』
「あ、ちょっと待って。せっかくだから一つ聞きたいことがあるんだけど」
『うん?』
「再婚しないの?」
『…………は?』
たっぷり5秒ほど溜めてから、心底分からないといった声が聞こえてくる。
そりゃあ急に再婚しないのか聞かれたら困惑するか。
「ほら、父さんモテそうなのに再婚どころか彼女すらいる気配ないから、再婚したいって気持ちもないのかなぁって。純粋な好奇心だよ」
『ああ、そういうことか。
……父さんは、母さんがいればそれで十分だからな。そういうのはいらない』
「そっか。うん。変なこと聞いてごめんね。じゃ、仕事頑張って」
『そっちも勉強頑張れよ』
「言われなくても学年一位取るよ」
そんな冗談を言った後、電話を切ると深く溜息をつく。
やっぱり……やっぱり、そうなのか。
「……仕方ない、か」
僕はスマホを取ると、この前交換したばかりの連絡先を探してメッセージを送る。
返事はすぐに返ってきて、どうも今日の放課後なら予定が合うようなので、その時間にお願いすることにした。
「……そういう、ことなんだろうね」
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