49話「僕だって」
告白なんて、してみないとどうなるかわからない。
ああ、それはそうだ。だからこそ怖いし、緊張もする。
でも僕は──心のどこかで、「大丈夫だ」って、そう思ってしまっていた。
◆ ◇ ◆
「あ……」
目を大きく開いて驚いた顔のくるみは、口から小さな声を漏らす。
ストンと音を立てて、漫画が膝の間から床に落ちた。
混乱してるのがよくわかる。だから僕は、落ち着くまで待つことにした。
くるみは昔から「想定外」に弱いから、冷静になる時間も必要だろう。
でも──この時間は、存外怖いものなんだな。
10秒ほどの時間が、1時間にも感じた。
くるみはすうっと息を吸い込むと、何かを言いそうになって、それを抑える。
自分の右手を左手で覆って、それを膝の上に置く。僕から目を逸らして、「っ──」と声を漏らした。
「くるみ……?」
その様子に、思わず声をかける。
「綾人は──」
くるみの目の淵から涙が溢れて、僕はぎょっとする。
でも、それを心配する前に、くるみはいろいろな感情を混ぜた表情で僕のことを睨みつけた。
「綾人は、いつもそう! 何も考えてない!」
「え──」
「わたしが今までどんな気持ちだったと思う!? ほんとはすごく怖いのに、なんで綾人に襲ってもらおうとしてたからわかる!?」
堰を切ったように漏れ出す激情に、僕は気圧されるばかりで、何も言い返せない。
ただ、そこにある行き場のない恐怖にだけは気がついて、余計に混乱する。
「わからないでしょ! わたしがどれだけ考えて行動してるか、わかってないんでしょ!!
綾人なんかよりずっとずっと、
綾人はずっとそう! そりゃ綾人はなんでもできるからそれでもいいのかもしれないけどね。大抵のことは起こってからでもどうにかできるから。
でも、わたしはそうじゃないの! わたしは綾人みたいに天才じゃないから、色々考えないとダメなの!」
「僕だって──」
──天才なんかじゃない。できないことの方が多いんだから。
そう言おうとして、途中で口を噤む。
こんなこと言っても、きっとくるみは納得しない。そうわかっているから。
でも、僕が何を言おうとするかなんて、くるみには全部わかっちゃって。
「わかってる! 綾人にだってできないことたくさんあることくらい!
でも、綾人のできないことって、『どうしようもないこと』だけじゃん!
わたしができないことは頑張りが足りてないだけだけど、綾人ができないことは仕方ないことだけで!
いっそわたしも──あ……」
──いっそわたしも、そんな体質だったら。
そう、言おうとしたのだろう。
幼馴染だから。心の奥の思いまではわからなくても、途中まで口に出した言葉の続きくらいわかる。
くるみは、僕がわかったことをわかったのだろう。顔を青くして、自分の口を押さえる。
「違う──違うの。こんなことが言いたいんじゃないの。
そんな、そんなつもりじゃ……」
「大丈夫、わかってるよ」
くるみは、僕を傷つけようとしてそんなことを言う人じゃない。
そんなことはわかってる。
それに、似たようなことを言われるのは初めてじゃない。
自分の体が弱くて頭でっかちなことは自分が一番よくわかってるし、『僕は健康を犠牲に学力を得てるからね』なんて自虐するくらいにはこの事実を消化できてるつもりではある。
でも──
「大丈夫、気にしてないよ」
──くるみだけは、言わないでほしかった。
そう思ってしまうのは、どうしてだろうか。
「っ! ごめんっ!」
くるみは弾かれたように、何かから逃げるように、僕の家から飛び出して行く。
後に残されるのはソファーに座る僕だけ。
思わず力が抜けて、ポスッと音を立てながらソファーに横になる。
「……『わたしは綾人みたいに天才じゃないから』」
頭に引っかかっていた言葉がぽろりと漏れる。
「僕だって、天才じゃないよ」
天才だったら、こんなことになるものか。
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