38話「ショッピングモールへ行こう!」



「綾人、デート行こ」


 いつもより早く家に来たくるみは、ソファーに寝そべる僕を見ながらそう言う。

 というか、デートって……恋人じゃなくても使っていいものなのか?

 ……まぁ、大丈夫なの……か?


「激しい運動しなくていいなら」

「ほら、綾人出歩くだけで体調崩すほど貧弱じゃないって前自分で言ってたから、それくらいのお出かけならいけるかなって」

「そういえば言ったね……うん、じゃあ行こうか。準備するからちょっと待ってて」


 僕はそう言うと、立ち上がって寝室に行く。

 クローゼットを開けて、中から適当に服を選ぶ。

 手早く服を着替えると、洗面所で寝癖だけ直してリビングに戻る。

 男の準備なんて早いものだ。いや、中には時間かかる人もいるのかもしれないけど、少なくとも僕は早い。


「着替えたよ〜」

「よし。それじゃ行こうか」

「そういえば行き先聞いてないけど」

「適当にショッピングモール見て回ろ」

「何か欲しいものあるの?」

「見たら欲しくなるかも」

「適当な……まぁいいけど」


 たまには予定もなくふらふら歩くというのもいいだろう。歩きすぎると体調崩すかもしれないから、ほどほどにする必要はあるけれど。


「……外暑い」


 家から一歩外に出て、思わずそうぼやく。洗濯物を干しに行くときにも思っていたが、そのときよりもさらに暑くなっている。

 こんな中くるみは歩いて家まで来たのか……尊敬する。


「いやまぁ暑いけど、今日は昨日よりかはマシだよ?」

「えー、僕もう家から出るのやめる」

「そう言いながら一か月後には学校に行っているのであった……」

「夏休みがいつかは終わるなんて、僕は認めてない」

「誰だって認めたくないよ」


 暑さで一気に外出する気が無くなっていたが、ぐいぐいと腕を引っ張られ仕方なく家から出る。

 鍵がちゃんをかかったのを確認した後、エレベーターに二人で乗り込む。

 そのまま三階から一階まで降り、エントランスを抜けてマンションの外に出た。

 二人で雑談をしながら駅の方に向かい、ICカードを改札に翳して通り抜ける。


「ショッピングモールっていつも行くところ?」

「うん」

「じゃあ1番線だね」


 ドアの位置がプリントされているところで暫く待っていると、アナウンスが流れた後電車がホームに入ってくる。

 電車に乗り込み、座る席がなかったので二人で立つ。頭の上にある吊り革は僕は届くけれどくるみは頑張らないと届かない高さだったので、僕は掴んでいるけどくるみは掴まずに立っている。

 通勤ラッシュの時間よりもだいぶ後ではあるが、電車内はそこそこの人がいて、混んでいるというほどではないがしばらく座れなさそうだ。


「そういえば綾人、今日の服装はどう思う?」

「どうって……似合ってると思うよ」


 今日のくるみは涼しげなサマーセーターに茶色の膝より少し下の丈のスカートという出で立ちで、首からはネックレスを下げている。

 くるみらしい服の組み合わせで、似合っていると思う。


「んー、五十点」

「褒めてる人のことを採点するのどうかと思う」

「なんで急に正論言うの……?」

「あはは、冗談だよ冗談。かわいい、って言うのが正解なんでしょ?」


 僕だって漫画などは多少読んでいるのだ。こういうときにどう表現するのがいいのか、なんてのはわからないわけじゃない。

 ……漫画でわかった気になるな、と言われたらぐうの音も出ないのだけれど。


「そう、女の子はかわいいと言われたい生き物なのです。綾人だって女装したとき褒められてまんざらでもなかったでしょ?」

「断じてそんなことはない」


 アレは軽くトラウマなんだ。思い出させないでくれ。


「えー、なんで」

「男はかっこいいって言われたいけど、かわいいとは言われたくないの」

「男だってかわいいって言われたい人もいるでしょ」

「それはそうだ。なら訂正する。僕はかっこいいとは言われたいけど、かわいいとは言われたくない」

「えー、その考え改めたほうがいいよ? また『綾音ちゃん』になった時に散々かわいい連呼されるだろうから」

「ならないけど?」

「いや、拒否権ないし」

「僕に人権はないのか……」


 そんな、聞きたくなかった話を聞かされていると、ショッピングモールの最寄り駅に着いたので、電車から降りて改札を抜ける。

 少し歩いて、ショッピングモールの入口を抜ける。

 中は、僕らと同じ夏休み中の高校生や大学生ほどの人がそこそこの人数いて、賑やかになっていた。


「綾人、どこから見て回る?」

「くるみが来たいって言って来たんだから、くるみの行きたいとこでいいよ。どこか行きたいところがあるわけじゃないし」

「じゃあ、あそこにしよう」


 そう言ってくるみが指さしたのは、『水着フェア!』と看板のある店。

 それを見て僕は頬を引きつらせるが、くるみは容赦なく僕の手を引っ張って進む。


「あのー、くるみさん。僕も行かなきゃダメですか?」

「一緒に見て回るんだからダメに決まってる。それに、綾人の意見を聞いてそれを選べば、それを来て迫った時の成功率が上がる」

「そう言われると、余計に選びたくなくなるんだけど。僕、自分の水着選んでくるから、後で合流しない?」

「だーめ」

「……はぁ」


 もうやだ帰りたい。

 そう嘆いても、くるみが止まるわけもなく……。


「これ、どう思う?」

「かわいいんじゃない?」

「じゃあ、これは?」

「いいと思うよ」

「これ!!」

「露出多そうだね」


 と、目に付いた水着を片っ端から体に当ててそう尋ねてくるくるみ。

 いやまぁ、聞いてくる分には別にいいのだけれど、似合うかどうかを判定するには当然その完成後の姿を考えなくてはいけないわけで……とても精神衛生上よくない。

 意外とくるみの露出を見る機会は少ないし、僕も年頃の男子の一人なので、その辺の都合は察してほしい。


「むぅ、相変わらずどれ選んでも適当な返事を」

「別に適当に返事してるわけじゃないんだけど……」


 美少女のくるみは、本気で何を着ても似合うのだ。

 いや、何を着ても似合うは言い過ぎかもしれないが、大抵の服は似合ってしまう。

 そのせいで、全部「似合うと思うよ」という感想しか出てこない。


「じゃあ、一番似合うと思ったのはどれ?」

「そう言われても難しいな」


 生憎僕にファッションセンスはないし、くるみの水着のサイズもわからない。

 でもまぁ……何か一つ提案すれば、それ以上要求はしてこないだろう。

 そう思って、ハンガーにかけられている水着を物色して――一つ、選ぶ。


「これなんか、どう?」

「んー……」


 くるみは僕の指さした水着を手に取ると、タグの辺りを見て何か数字を確認した後、「ちょっと試着してくるから待ってて」と言い残してそのまま店員さんのところに行ってしまった。

 あの、ここで一人にされると『女性用水着を一人で見に来た男性客』みたいになって、居心地が悪いんだけど……


 そんな状態で待たされること数分。袋を手に下げたくるみは、僕を見つけて駆け寄ってきた。


「綾人の選んでくれたの、サイズピッタリだった」

「それにしたんだ……いや、ちゃんと考えて選びはしたけど、正直センスには自信ないから」

「そんなことない。実はわたしもちょっといいなって思ってたやつだったし。ほら、次は綾人の水着選ぼ?」

「……その件で今気付いたんだけど、僕も行くの前提なんだね?」

「まぁまぁ、いいじゃんいいじゃん」


 くるみはそう言うと、僕の手を引いて隣にある男性用水着のコーナーへ進んでいった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る