34話「星を見に行こう」



「綾人、これすごい……!」


 ホテルのレストラン。

 目の前に普段なら食べられないような豪華な料理が並べられて、僕たちは目を輝かせていた。


「ほんとすごいね。

 ……どうやって作ってるんだろう」


 こんなに綺麗に作れる気がしない。家庭料理との差を感じる。


「じゃあ食べようか。いただきます」


 おじさんがそう言うのに続いて、それぞれが「いただきます」と言ってナイフとフォークを手に取る。

 あー、他人が作るご飯は美味しいなぁ。


「美味しい?」

「めっちゃ美味しい」

「ならよかった。たくさんお食べ」

「なんでくるみが母親みたいになってるんだよ」

「綾人があまりにも子どもみたいに目を輝かせてたから」

「まじか」


 僕にそんな純粋な目をする能力が備わっていたのか……てっきり、もう現代社会に揉まれて純粋さを失ってしまっているものかと。


「あ、くるみこれ食べる?」

「ん? 綾人は食べないの?」

「こんなに食べれないなぁと思って。残すのも勿体無いし、食べる?」

「じゃあオレがもらう」

「どうぞ、育ち盛りの中学生なんだからたくさんお食べ」

「ありがとう!」

「綾人君はもう少し食べた方がいいんじゃない?」

「食細い方なのでこんなには食べられませんよ〜」


 ホテルで出された食事は普段外食先で食べる量よりもかなり多く、頑張っても食べ切れる気はしない。


「でもほら、もっと太らないと」

「なかなか脂肪が付きにくい体質なんです」

「なにそれわたしに喧嘩売ってる?」

「くるみも体細いじゃん」

「そんなに細くないよ。お腹とか触られるとやばいし」

「そんなことないと思うけど」


 くるみのお腹を触ることはたまにあるが、女の子らしい柔らかさはあるものの脂肪がついてるとかそういう印象はない。

 むしろくびれがあって痩せてる方だと思うのだけれど。


「それは頑張ってるからですー」

「そんなに頑張ってる……?」

「……家ではお菓子の量少なくしてるし」


 特に太らないように何かしてる様子はないと思っていたが、やはり僕の家では何もしていないようだ。



 そんな話をしながら食事を終え、レストランを出て部屋に戻るためエレベーターホールへ向かう。

 すると、後ろから軽く肩を叩かれた。


「ん?」

「ねぇ綾人兄ちゃん、明日の朝2人で温泉入ろ?」

「別にいいけど……なんで?」

「ちょっと話したいことあって。じゃあ、6時に温泉前ね」


 と、樹君は小声で一方的にそう言って僕のところを離れる。


「樹と何話してたの?」

「ん? 大した話はしてないよ」


 前でおばさんとおじさんと話していたくるみは、樹君と入れ替わるように僕の横に並んだ。

 ……樹君がわざわざ小声で話してきたということは、あまり他の人に聞かれたくなかったのだろう。ならば、くるみにはわざわざ言わないほうがいいな。


「えー、嘘だ〜」

「嘘じゃないよ」

「綾人がそういう時は大抵嘘ついてるもん」

「気のせいだよ……たぶん」

「多分って何!?」


 そんな風に言い合いながら部屋に戻ると、くるみはベッドに横になってテレビをつける。


「何か観たい番組ある〜?」

「特にないかな」

「じゃあ消すね」


 くるみが観たくなるような番組はなかったようで、あっさりとテレビを消してしまう。

 僕の方はすることもないのでベッドに腰掛けて、スマホをいじっている。すると、ちょんちょんっと肩を突かれた。


「んー、なに?」

「綾人、着替えて」

「え、なんで」

「近くに星が見れるところがあるんだって。せっかくだから行かない? 15分くらい歩けばいけるらしいし」

「くるみ星見たいの?」

「せっかくだから見てみたいなって」

「じゃあ行こうか。僕浴室で着替えてくるからくるみここで着替えちゃいなよ」

「綾人もここで着替えればいいじゃん」

「いや、いろいろ見ちゃうし見られるし」

「さっきも見たじゃん」

「ならもう一回見せなくてもいいでしょ」

「むぅ……まぁいいや。今日はこの辺で勘弁してやる」

「そのセリフ言うやつ、たいてい一生勝てないよ?」

「……そんなことないもん」


 と、そんなやりとりをしている間に、僕は昼間着ていた服を引っ張り出して、それを持って浴室に行く。

 早く着替えすぎるとくるみの着替えが終わっていない可能性があるので、僕はわざとゆっくりと着替える。

 その調整のおかげか、服を着替え終わったのと同時にくるみの「もういいよ〜」という声が聞こえてきた。

 また何か変なことをしているのかと身構えていたものの、そんなことはなく普通に着替えを済ませていた。


「ほら、行こ」

「あ、うん」


 そんな会話をして、僕たちは部屋を出る。

 フロントに鍵を預けると、くるみに案内されるままに――くるみはスマホで道を確認していた――15分ほど歩く。

 その道中でも十分星は綺麗だったのだが、くるみが「着いた」と言ったところで顔を上げてみると、はっと息を呑んだ。


 丘の上、周りに景色を遮る木はなく草原が広がっている。空は広く、街明かりのない場所では都会では考えられないような暗い星までよく見えた。

 ちょうど月が暗い時期なのも、星がよく見えるのを後押ししている。


「すご……」


 思わずそうこぼしてしまうほど、その景色は美しいものだった。


「ブルーシート持ってきたから横になろ」

「え! ありがとう!」

「ふふん、ちゃんと事前に必要なものは調べて準備済みなのだよ」


 と、そんなことを言いながら2人でブルーシートを広げて、横になった。


 広がる草原の真ん中。

 会話もなく、ただ2人で並んで星を見上げる。

 時々右手に当たるくるみの左手が、何故かとても暖かく感じた。


「ねぇ……綾人」

「んー?」


 名前を呼ばれてくるみの方を見る。

 息のかかるほど近い距離に、くるみの整った顔が見えた。

 完全に横向きの体勢になり、僕の右肩に右手を軽く乗せた状態で、じっと僕のことを見つめてくる。

 暗くてもわかるくらい、その顔は赤く、それを見た自分の心臓まで跳ねるのを感じた。


「くるみ……」


 口からするりとくるみの名前が出てくる。

 それを合図にするかのように、くるみの顔が少しづつ近づいてきて……


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