29話「花も恥じらう」
夏休みと聞けば、テンションが上がる学生も多いだろう。
僕の通う学校はまぁ頭はいい方の学校だが、それはそれとして夏休みになれば喜ぶ人間は多い。午前授業だったのでこの後遊ぶ時間まであるとくれば尚更だ。
……帰りのホームルームが終わった瞬間に僕のもとにきた幼馴染もその一人。
「やっときたね。花も恥じらう夏休み!」
「なんで夏休みで花が恥じらうんだよ」
テンション上がりすぎて意味不明なことを言い始めたくるみに、僕はとりあえずツッコミを入れる。
「いやだって夏休みだよ? そりゃあ……ごめん、なんでもない。花は恥じらわない」
「素直に受け入れられるとそれはそれで調子狂うなぁ……まぁいいけど」
「あ、そうそう。これから水着買いに行くんだけど、綾人も来ない? 他のメンバー女子ばっかだけど」
「流石に行かないよ。むしろなんで誘おうと思ったの?」
「ほら、綾人のための水着だし」
「それはどういう?」
「……自分で考えろバーカ!」
くるみはそう言うと踵を返して友人達の方へ行く。
僕はそれを見届け、小野に挨拶をしてから鞄を持って席を立つ。
家に帰ってからまったり過ごしていたころ。
唐突にスマホが鳴り始め、驚いて落としかけたスマホを何とか確保して画面を見る。
……赤橋さん? くるみと出かけたはずだけど、どうしたのだろうか。
通話するのは初めてだな、と思いつつ、通話に応じるボタンを押して耳元にスマホを持ってくる。
『加賀谷くん? ああ、よかった! 繋がった!』
「どうしたの、赤橋さん。くるみに何かあった?」
『うん。なんか熱があるっぽくて』
「……は?」
ここ最近で一番怪訝そうな声だった自信がある。
それをどう受け取ったのか、赤橋さんは言葉を続けた。
『熱中症とかではないと思うんだ。見るからに風邪引いてますって感じだし』
『引いてないし』
『病人は黙っとれ!』
なんか後ろからくるみと坂本さんの声が聞こえたが、あえて聞かなかったことにする。
「じゃあ迎えに行くよ。そのための電話なんでしょ?」
『うん。場所は――』
最寄駅から数駅先にあるショッピングセンターの場所を言われ、詳しい場所なども聞いてから電話を切る。
ほとんどパジャマ同然の部屋着から手早く着替え、家から出ると走らない程度の早足で駅に向かい、電車に乗る。
くるみの両親に連絡するのは、実際にくるみに会ってからでいいだろう。
ショッピングセンターの最寄駅に着き、少し歩いてから大きな建物の入り口にたどり着く。
冷房が効いていることに感謝しつつ、2階にあるフードコートへ向かう。
「あ、きたきた!」
「こっち〜!」
手を振る赤橋さんと坂本さんの方へ行くと、テーブルに人が突っ伏しているのが見える。
「くるみちゃんなんか変だなとは思ってたんだけどね。水着買いに行ったあたりからいよいよ心配になってきて。フードコートで休ませてたんだけど……」
「うん、ありがとう赤橋さん。坂本さんも。
……で、くるみ。申し開きはある?」
「風邪じゃないし」
「なら顔を見せろ」
「いやだ」
「まったく……はぁ。あとくるみは責任持って家まで送るから。二人ともほんとにありがとね。あとは任せて」
「いや、でも流石に……」
「大丈夫だから。必要ならくるみの親も呼ぶし……ね?」
「……うん、じゃあ任せる!」
「またね〜、お二人さん。くるみちゃん、無茶しちゃダメだよ?」
「……してないし」
赤橋さんと坂本さんを帰して、僕ははぁ、とため息をついたあとくるみの正面の席へ座る。
少しだけ見えるくるみの顔は、明らかに病人のそれだ。
「……くるみ、実際に体調は?」
「だから、風邪ひいてない」
「今そういうのじゃないから」
「……寒気が少しするのと、頭が痛い」
「風邪か熱中症か……とりあえず一回帰って様子見かな。
おばさんに車出してもらって、それで帰ろう」
なんとなく、熱中症ではない気がするけど、詳しくないからよくわからない。
くるみのお母さんに電話をかけて、車で迎えにきてもらうように言う。
少しあれこれと会話を交わしてから、電話を切る。
「なるべく早く来るってさ。
……あのねくるみ。具合悪いならちゃんと言わないと」
「だって言ったら心配かけるし……綾人くるのわかってたし。暑いのに出歩いたらわたしだけじゃなくて綾人も具合が悪く……」
「いや、流石にそこまで貧弱じゃないよ。僕を何だと思ってるの……?」
いやまぁ体が弱い自覚はあるけれど、さすがにそこまで体が脆くはないはずだ。学校にも通えてるわけだし。
「くるみは考えすぎだよ。そんなに僕のこと心配しなくていいんだからね?」
実際、今体調崩してるのはくるみなわけだし。僕の心配もいいけど自分の心配もして欲しいものだ。
「……考えすぎじゃないし」
「考えすぎだよ」
「綾人がそんなに考えてないだけ」
……それに関してはあまり否定できない。基本的に『悩んでも仕方ないしなるようになる』って思考回路をしているので、わりと行き当たりばったりに生きている自覚がある。友人にその話すると「そう見えない」と言われることもあるが、一番僕のことを知ってるくるみが考えてないと言うのだからそうなのだろう。
「……というか、くるみ体調悪くするの珍しいね。何か心当たりとかあるの?」
この会話は分が悪いと思った僕は、半ば強引に話題を変える。
それに、くるみは少し間をおいた後、口を開いた。
「昨日、湯につからずに冷たいシャワーだけで済ませた」
「なぜ!?」
「邪魔な感情消えるかなって……」
「そんな修行僧じゃないんだから……というか、それで『綾人が何も考えてないだけ』なんてよく言えたね……」
「わたしはこうなるリスクも考えた上での行動だからいいの」
「そうですか……」
リスクを考えてたらそんな行動は取らない気がするのだけれど……まぁいいか。
しばらくすると、ポケットに入れていたスマホが震えるのを感じたので、取り出して画面を見てみる。
「あ、くるみ。そろそろ着くってさ」
「ん……」
「ほら、荷物持ってあげるから」
「ありがとう」
立ち上がったくるみは、こっちが不安になる足取りで歩き始める。
くるみが転んだときにいつでも支えられるように心の準備をしつつ、くるみの隣を歩く。
「……綾人」
「ん? なに?」
「ありがと」
「今度からは体調悪かったらすぐ言うんだよ?」
「綾人がそうしたらわたしもそうする」
「僕はいいの。慣れてるから」
「よくないでしょ……」
僕はいいんだよ。熱出るのなんて数えられないくらい経験してるし、自分の限界を知ってるから、本当にやばい時はわかるから。
でもそこまで言うと「限界わかるからって我慢しないの!」と怒られそうだったので、何も言わないでおいた。
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