26話「複雑な」
「……はぁ」
昼休みの教室、僕は机に突っ伏してため息を吐いていた。
その原因は、今日昼食を買ってくるのを忘れた上、購買のパン争奪戦に敗北して昼食抜きが確定したから――というわけではなく(もちろん、それもツライのだけれど)、もっと重要な問題だ。
「さっきからどうしたんだ? 昼食も食わないでため息ばっかり吐いて。文野さんと何かあったか?」
「……なんでそう思うのさ」
「いや、さっきからちらちらと文野さんの机の方見てるから」
「それは無自覚だった。
……昨日、少し喧嘩した……というか、言いすぎちゃったんだよ」
「へぇ、それは珍しいな。喧嘩もなく縁側で茶を啜ってそうな関係だと思ってたんだが」
「誰が熟年夫婦じゃ。
でもまぁ、僕にもそう思ってた節はあったのかもね……」
「お、おう……思ったより本気で悩んでるんだな」
机に頬をつけたまま微動だにしない僕を見てそう思ったのだろう。ぽんぽんっと肩を叩いて、「いいことあるって」などと適当な励ましをしてくる。
「失礼な。僕だって悩むことくらいあるよ」
「悩む前になんとかしてるイメージあるけどな」
「そんなこと出来たら苦労しないよ」
ほんと、そんなこと出来たら苦労しない。
昨日のことがあったので、強く言い過ぎたことを謝罪しようと思っていたのだが、くるみに露骨に避けられていて、謝罪はおろか話すことすらできていない。
……どうしよ。
「どーしたらいいんだろうなぁ」
「ほんと珍しいな……どうにかして、文野さんと2人きりになれるようしてみるか? たぶん、女子たちに言えば簡単だと思うぞ?」
「んー……ありがたいけど、僕らの問題だから大丈夫」
こういうのは自分でなんとかするべきだ。
そう思って断った。
断ったのだが……
放課後、僕は早速その選択を後悔していた。
「あ、くる――」
「綾人の馬鹿っ」
「くるみ!?」
話をしようと声をかけた瞬間、そんな罵倒の言葉を残してダッシュでどこかへ走り去ってしまうくるみ。
その背を呆然と見送った僕は、思わず誰もいなくなったくるみの席に座り込むと、深くため息を吐く。
「あー……大丈夫か?」
「……うん、まぁね」
小野が本気の心配をして声をかけてくれるが、僕はそれに力なく答えるほかない。
のそりと席から立つと、自分の机に戻って鞄を持つ。
「じゃあ、また明日……」
「お、おう。無理すんなよ」
小野に別れを告げ、僕はとぼとぼと帰路につく。
……いや、強い言い方になっちゃったし、悪かったと思ってるよ? でも、ここまで避けられるほどのことなのだろうか……よくわからない。
……夕飯作るの面倒くさいな。
◆ ◇ ◆
綾人の家から飛び出したわたしは、そのまま真っ直ぐ家に帰った。
「あ、おかえりくるみ。今日は夕飯家で食べるの?」
「……いらない。気分じゃない」
とてもご飯を食べる気になれない気分だった。
言葉にするにはあまりにも複雑で、自分でも整理がつかない。
わたしはすぐに自室に入ると、鞄を放り投げてベッドに倒れ込む。
枕に顔を押し付けて、ふぅ、と深く息を吐く。
しばらくそうしていると落ち着いてきて、いくらか冷静に考えられるようになった。
『おふざけのラインを越えてる』
『どうせろくに考えもせずにしたんだろうけど、こういうのは――』
……本気、だもん。
わたしなりに考えたんだもん。
それなのにあんな言い方しなくたっていいじゃん。綾人の馬鹿。
怒りとか、悲しさとか、ぐちゃぐちゃな気持ちでいっぱいになる。
最低な気分のまま風呂に入って、いつもよりもだいぶ早めに布団に入ったのだけれど、全然寝付けず気がついたら朝になっていた。
ぐちゃぐちゃした気持ちのまま登校する。綾人が話しかけたそうにしてるのは分かったけど、今はそういう気分じゃない。
あまりに露骨に避けていたので、友人にも心配されてしまった。
「――ってことがあった」
昼休み。わたしが昨日の経緯を話すと、愛華ちゃんと美波ちゃんは複雑そうな表情になる。
「あー、あの作戦したのね……私が提案したばっかりにそんなことに……ごめん」
「ううん愛華ちゃんは悪くないよ。悪いのは、わたしだから。勘違いしてたの」
「勘違い?」
首を傾げながらそう言う美波ちゃんに頷きを返してから、話を続ける。
「わたしと綾人は幼馴染だから、どこか全部わかってくれてるんじゃないかって思っちゃってたの。
本気度も伝わってると思ってた。
……伝わってるって思ってたからこそ、こう……すごくぐちゃぐちゃした気分になってる」
なんで綾人と
そりゃ伝わってるわけないのに。
知らなかったなら昨日の綾人の言動も理解できる。
それが、昨日から考えて出た結論。
……でも、いくら頭で分かったって、この嫌な気分はなくならない。
「なんというか……こう、茶化してるわけじゃないんだけど、その……くるみってさ、意外と色々考えてるよね」
「……わたしは天才じゃないから、ちゃんと考えないと」
わたしは不器用で怖がりだから、言いたいことも思うように言えないし、いろんなことを考えないと何もできなくなってしまう。
「わたし、どうしたらいいかな」
「加賀谷くんに全部言ったらいいんじゃない?」
「……それは、怖い」
それは、自分の思いの丈をぶつけるのは、告白と何が違うのだろうか。
告白したら付き合うことになる。付き合ったカップルの大半は別れる。
それが怖いから、こうして既成事実を作ろうとしているのだ。
「くるみ、もう少し楽に考えればいいと思うよ」
「……うん」
「まぁ、昨日の今日でいろいろ言うのはキツいと思うから、今日は話さなくてもいいんじゃない?」
「そうしてみる」
愛華ちゃんと美波ちゃんの言葉が暖かかった。
それから、午後の授業中ももやもやしたまま過ごして、放課後になった。
すぐに教室を出ようとしたのだけれど、鞄を持って立ち上がるまでの間に、綾人がこちらに来て話しかけようとしてくる。
そのまま立ち去ってしまおうと思ったけど、綾人の顔を見た瞬間、気がつくと口から言葉が漏れていた。
「あ、くる――」
「綾人の馬鹿っ」
それは、間違いなくわたしが思っていた言葉。
……気づけよ、馬鹿。
「くるみ!?」
驚きの声をあげる綾人の声を背に、わたしは駆け出す。
体質的にあまり走れない綾人に追いつかれるわけもなく、下駄箱へとたどり着いた。
いつもより乱暴に靴箱を開けて、半ば放り投げるようにローファーを地面に置くと、上靴をしまう。
ローファーに足を入れると、そのまま帰宅する生徒たちの群に紛れながらずんずんと先に進んでいく。
……今日は早く風呂に入ろう。ご飯も食べよう。
そして、明日はもう少し冷静になって綾人と話してみよう。
丸一日話をしなかった日なんてほとんどない。どんな顔で話せばいいんだろう。綾人はどんな顔をするのだろう。何を言うんだろう。
不安になりながらも、わたしは色々考えていた。
……でも、次の日綾人は学校に来なかった。
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