20話「カラオケにGO!」



「カラオケ?」


 放課後。帰りの準備をしていたところ、不意に近づいてきたくるみが言った言葉に、思わずそう尋ねる。


「ほら、今日午前授業だったでしょ? 午後暇だからみんなで行かないかってそうめんくんが」


 そうめんくんとは、面川おもかわそうという名の男子生徒だ。うちのクラスには他にも宗介そうすけという名前の生徒がいて、『そう』と呼ぶと紛らわしいから、苗字から『面』を取ってきて『そうめん』と呼んでいる。


「なるほどね……あんまり歌えないけどそれでもいいなら」

「やった。じゃあこっちこっち」


 くるみはそう言うと、人の集団の中に混ざっていく。

 僕もそれについて行った。


「お、旦那呼ぶの成功したの!? やったじゃん!」

「だから僕は別に旦那じゃないし……」

「そう、旦那呼んだ。来ないかと思ったけど、来てくれたんだよね」

「だからお前は否定しろ!」


 毎度お馴染みの流れをした僕は、ため息を吐くと男子の集団の方に混ざっていく。


「というわけで、僕もお邪魔していいかな?」

「むしろ俺が文野に呼んでくれって頼んだんだよ」

竹田たけだが? なんでまた」

「ほら、男混ざったカラオケ大会に文野さん連れてくからには、旦那もいないと……だろ?」

「だから旦那じゃないって……そもそも、僕はくるみの交友関係に口出ししないし」

「それはそれで彼氏としてどうなんだ?」

「だから付き合ってないって」

「あはは、冗談だよ冗談。ほら、綾人くんの歌の腕前はいかほどかと思ってな」

「普通だよ普通。良くも悪くもって感じ」

「期待してる」

「すんな」


 などと会話を交わしてから、僕らは揃って教室を出た。




 カラオケ屋に着くと、大部屋に通された僕らは、飲み物を各自持って部屋に入る。

 当然のように僕はくるみの隣に配置されて、もう一方には小野が座った。


「綾人もこういうところ来るんだな。もっと誘えばよかったぜ」

「綾人は運動以外なら呼べば大抵来るよ」

「なぜくるみが答えるのか……まぁ、あんまり歌えるわけじゃないけどね。喉痛くなっちゃうから」

「お前ほんと体弱いよな……」

「運動能力と健康を犠牲に学力を得てるのが綾人だから」

「否定できない」


 などと話している間に、先に曲を入れていたくるみにマイクが回ってくる。

 入れたのは少し前に流行ったアイドルの曲。

 内容は……まぁ、えげつないくらいにストレートなラブソング。

 こら小野。くるみと僕を交互に見るんじゃない。からかう寸前、みたいな顔で僕を見るな。


「ふぅ、楽しい」

「さっすがくるみ、歌うまいね〜」

「ふふん、それほどでもある」

「あるのかよ」


 無い胸を張るくるみは、次に曲を入れた人にマイクを渡す。


「文野さん、やっぱりさっきの曲は綾人を意識して歌ってたり?」

「ん? なんの話?」


 からかうようにそう言った小野だが、それにくるみは首を傾げる。


「小野、くるみは純粋に歌いたい曲を歌っただけだよ」

「え、綾人に対する熱い思いを歌ったわけじゃないのか!?」

「……?」

「なぜ首を傾げる!?」


 いやまぁ、僕らはそういう関係じゃないし、あんまりピンと来ないのだろう。

 そのままわいわいと話していると、いつのまにかくるみは曲を入れていたようで、マイクを2本持って立ち上がる。


「はい」

「ん?」

「ほら、この曲2人で歌うやつだから。綾人知ってる曲でしょ?」

「いやまぁ知ってるけど……」


 この曲は恋し合う2人の曲なのだ。ぶっちゃけ、恥ずかしい。

 でもまぁ……雰囲気的に断るのも悪いし、歌うか。


「ほら、マイク」

「ありがと」


 僕も立ち上がって、一口注いできたコーラを飲む。

 軽く喉の調子を確認してから、チラリと横のくるみを見る。

 タイミングを図るように真剣に画面を見つめる姿がなんだかおかしくて、ついくすりと笑ってしまう。


「桜が〜」


 先に始まった女性パートをくるみが歌い始めるのをきっかけに、僕も画面の歌詞を見てタイミングを図る。

 歌い出しが一番難しいよな……曲のキーどこだっけ?






「さすが天才加賀谷くん。歌も上手いとは……体弱い以外は隙がないね」

「そう、綾人は天才」

「なんでくるみが胸を張るのさ。それに僕天才じゃないし」

「まぁ綾人は歌がめっちゃ上手いってわけじゃないけど、普通に上手い方だよ」

「いやー、でもさ、ほんと2人ともお似合いだよね〜」

「あ、そうだ! くるみだけじゃ全然何言ってるか分からないから、加賀谷くんからも聞きたいことあったんだ。

 なんで2人付き合わないの?」

「あ、それ俺らも聞きたい!」


 わいわい、と僕に詰め寄ってくる人間共。おい待てなんだそのキラキラした目は。やめろ。


「なんでって……別に付き合う理由ないし」


 何も言うまいと思っていたが、あまりにも圧力がすごいのでそうとだけ答えることにした。


「えー、なんでなんで〜、お似合いなんだから付き合いなよ!」

「何その謎理論」


 詰め寄ってくる花田はなださんから距離を取りつつ、ツッコミを入れる。

 お似合いなら付き合わなきゃいけないってどんな超理論だよ……アダムとイブもびっくりだ。


「ほら、次の曲始まってるから、僕らの話題はこれくらいで……」

「逃がさないぜ? ほら、いい機会だ。全部ゲロっちまえよ」

「ゲロっちまえよ」

「おい待てなんで今くるみまでそっち側に行った? みんな! くるみにも同じことをするんだ! どうせやるならくるみにも同じ詰問を!」

「やべ、墓穴掘った」


 女子のターゲットが僕から自分に移ったのを感じてか、冷や汗を垂らしながらそう言うくるみ。

 ふはは、死なば諸共! 一緒に死のうぜ、相棒。



 最終的に、「ちぇー、つまんなーい」と花田さんが言うまで僕らへの拷問は続き、僕らはカラオケと関係のないところで体力を使い果たしたのだった。

 ……二度とくるみとデュエットしねぇ。

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