21話「竹じゃなくて笹」
「……これどうする気なの?」
目の前にある
くるみは僕の後ろから興味深そうにそれを見ている。僕が今呆れているのはくるみ相手ではなく、久しぶりに帰ってきた破天荒な実の父親だ。
「いやぁ……ははっ!」
「何笑ってんの」
「ま、まぁ、そんな怒んなって……ほら」
別に僕は怒ってるわけじゃない。
ただ、目の前にあるこの大きな物体をどう処理するか、後のことを考えて辟易としているだけだ。あと、父に対する呆れ。
「あのね、仕事あってたまにしか帰って来ないのも、いまだになんの仕事してるのかよくわからないのも、僕は好きにしたらいいって思ってるよ?
でもね……こんな立派な竹持ってきてどうするのさ」
「竹じゃなくて笹だぞ」
「だいたい一緒だわ。やかましい」
しかし、ほんと立派な竹――笹を持ってきたものだ。試しに軽く叩いてみると、コンっといい音を立てる。
「ほら、こんな立派なら、七夕終わったら流しそうめんとか……」
「どこでこの竹割る気なの? どこで流しそうめんするの? この家マンションだよ?」
「…………」
「そもそも、この竹どこで採ってきた?」
「お前のばあちゃんの家」
「あー……あそこの竹林か……わざわざ行って採ってきたの? 馬鹿なの? このサイズだと車ギリだったでしょ」
「ああ。少し入りきらなかったから、ほんの少しだけ切ってきた。本当はもう少しながかったんだけど……」
「戻してこい」
「え、でも」
「も、ど、し、て、こ、い」
「……明日行く」
正座してる父から現地をとった僕は満足して、途中まで続けていた料理へと戻る。
エプロンを付け直していると、くるみが近寄ってきた。
「ねぇ、せっかく竹あるんだから、短冊吊るしていい? ほら、今日七夕だし」
「別にいいけど。紙はあのへんの棚に入ってるよ」
「ありがとう!」
「よし、おじさんも手伝っちゃうぞ!」
「父さんはまずその大量の荷物を片付けなさい」
「でも、すぐ職場に持って帰るものだし……」
「じゃあ置いてくればよかっただろうに……はぁ、まぁいいや。ご飯できるまで好きにしてなよ」
「綾人大好きだぞ!」
「きもっ」
「ぐはっ!」
いい歳こいて何言ってんだか全く。
僕はトントン、とリズム良くキャベツを刻みながら、リビングで黙々と作業をする2人を見る。
まぁ、楽しそうならなんでもいいけどね。
しばらくすると、くるみがキッチンに近づいてきて、僕に紙束を見せつけてくる。
「ほら、七夕飾り」
「短冊だけじゃん……3人しかいないのにそんなにいらないでしょ」
「……たしかに」
「ほら綾人! 父さん頑張ったぞ!」
「紙で無駄にクオリティ高いもの作るな。というかまじで完成度高いな……」
変なところで才能発揮するのやめてほしい。ほんと。
「もうご飯できるからこれテーブルに運んでくれる?」
「はーい」
「任せた〜」
「父さんも働け」
さりげなく1人だけサボろうとしていた父に注意をしつつ、料理の仕上げをする。
……うん、特に失敗はしてないな。
「ほい、できたよ〜」
「お、今日はコロッケか。いいな」
「父さんが今朝急に『今日帰るからコロッケ作って待ってろ』って言ったんでしょ……ほら、この皿重いんだから父さん持ってく」
「ほいほいっと」
「くるみはこっちね」
いつもと量が違うので少し慣れないが、つつがなく配膳を終えると全員揃って席に着く。
「いただきます」と口を揃えて言い、雑談をしながら食事をする。
食事を終えると、くるみが早速と言わんばかりに短冊とペンを渡してきた。
「ほら、何か書いて」
「いいけど……特にこれといった願いもないんだよな……」
割と満ち足りた日々を過ごしているから、わざわざ七夕に書くような願いは思いつかない。
ペンを回しながら――うまく回せないけど――横のくるみを見てみると、丁度書いた何かを塗り潰して、短冊を丸めてゴミ箱に捨てているところだった。あ、ペン落ちちゃった。
手から転がったペンを拾いつつ、何を書いたらいいか考える。
んー、やっぱり「健康でいられますように」とか、「学業成就」とかかなぁ。
「よし」
そう小さく呟いたくるみの方をチラリと見る。テーブルの上の短冊には、「綾人と一緒にいられますように」と書かれていた。
……あの、くるみさん? それ父さんも見れるんだからね?
「綾人は何にしたの?」
「んー、考え中かな。なーにも思いつかなくて」
「満ち足りてるねぇ……」
「そうなのかも」
生活で不便を感じることはないし、恵まれた環境にいるのかもしれない。
人間満ち足りないくらいが貪欲になれていい、と聞いたこともあるし、もう少しハングリーさを持って生きるべきなのかもしれないけど……特に欲しいものとか思いつかないなぁ。
欲しいもの……ねぇ?
「ん? わたしの顔に何か付いてる?」
「いや、何でもないよ。なんとなく見てただけだから」
短冊を竹……じゃなかった。短冊を
「ま、悩むことでもないか」
くるみも僕も健康で過ごせますように、と短冊に書いて吊しにいく。
先に父さんも吊るしていたようで、それを見ると「世界平和」と短冊いっぱいに書かれていた。
……さすが父さん。スケールがでかい。
「おお! 綾人このゲーム買ったのか!!」
「小野――友達に勧められてさ」
「そうかそうか。父さんもこれしたかったんだ。職場に持っていっていいか?」
「良いわけないじゃん。自分で買えよ」
「買いに行くの面倒くさい」
「車あるんだからそれで買いに行ってくればいいじゃん……」
……スケールがでかい願い書くくせに、息子からゲームソフトを強奪しようとするとは、やることが大きいのか小さいのかよくわからん。
はぁ、まぁいいや。そろそろ時間だし。
「僕はくるみ送ってくるから、先に風呂入ってなよ」
「んあ? ああ、そうか。くるみちゃんここに住んでるわけじゃなかったな。あまりにも馴染んでるから忘れてた」
「別に送らなくても1人で帰れるのに……」
「夜に1人で帰らすのは危ないでしょ」
「綾人いても戦力的には心許ない」
「それ言われると弱いけどさぁ……」
「ふふっ、冗談。ほら、行こ? おじゃましました」
バッグを持ってペコリと頭を下げるくるみに「いつでもおいで〜」と僕のゲームソフトを物色しながら雑に言う父。
そんな父の後頭部を軽く叩いてから、くるみを連れて鍵と財布を持って外に出る。
暑い昼間と違って、夜はだいぶ過ごしやすい気温だ。それでも暑いけど。
「相変わらず、おじさん変な人だね」
「もう少し落ち着いて生きてくれても良いんだけどね……」
「短冊にそう書いたらよかったじゃん」
「『父が落ち着いてくれますように』って? んー、まぁそれでもよかったけど……」
「けど?」
「ああいうふうに、好きに生きるのも楽しそうだからね。邪魔するのも悪いじゃん?」
きっと母さんもああいう自由なところに惹かれたんだろうし、あの人から自由さを潰してしまうのはもったいない気がする。
「綾人は寂しくないの?」
「くるみよく来てくれるから寂しくないよ。
それに、家に一人だといくらゲームしても怒られないんだぜ?」
「……綾人も大概あの人の子どもだなって思う」
「馬鹿にしてる?」
「してないしてない。ただ、なんて言うんだろ……綾人もわりと自由人というか、強かというか……おじさんにそっくりなとこあるよ」
「全然自覚なかった……」
まじか。
まじかぁ……。
嫌だってわけじゃないけど、なんか複雑な気分。
「そ、そんな落ち込む?」
「落ち込むというか……自分を見つめ直してる。
ちなみに、具体的にどの辺が似てる?」
「んー……」
考え込むくるみ。
しばらくして何か考えがまとまったのか、一つ頷くと口を開く。
「綾人って考えて動いてるようで、実は行き当たりばったりじゃん。さすがにわかりやすく問題がある時には突っ込んでいかないけど、そうじゃない時はとりあえず動いて、問題が起こって初めて考える、みたいなところある」
「あー……」
「たぶん、綾人って器用だから、ギリギリで対応しても結果的にどうにかなるんだろうね。
そのせいで、側から見ると考えなしに動いてるように見えることがある」
「なるほどなぁ」
「あと……たぶん、おじさんも綾人も、1人が苦にならないタイプなところが似てると思う。
綾人、人が一緒にいたら楽しいけど、1人でも楽しいでしょ?」
「たしかに。1人でいるの全然苦にならないタイプだわ。なるほどね……そいうところが似てるのか」
くるみの説明で納得した。
うんうん、やっぱり僕のことは僕よりくるみの方がよく知ってる。聞いて正解だった。
「……綾人、おじさん明日の朝には仕事に行くんでしょ?」
「そう言ってたね」
何してるのかわからないけど、結構忙しい人なのかもしれない。帰ってきてもすぐ仕事に行くと言って1ヶ月単位で帰ってこない。
……謎だ。
「じゃあさ、明日の放課後……えっちなことしよ?」
「また何も脈絡もなくきたね。残念だけど答えはノーだよ」
「なーんーでー、いいじゃん!」
「よくないですー! とにかく、そんなことはしません。ほら、もうマンション着いたよ」
「ぐぬぬ……」
悔しそうな顔をしながら、エントランスの中に入っていくくるみ。
僕はため息を吐くと、来た道をそのまま引き返すのであった。
◆ ◇ ◆
翌日。学校から帰ってきた僕は、くるみとともに頭を悩ませていた。
……なぜか、この前買ったゲームソフトがないのだ。
セーブデータはゲーム機本体に保存されてるから新しいソフトを買えば最悪続きはできるが、昨日まであったものがないというのは気持ちが悪い。安いものではないし。
「んー、ないね。綾人寝ぼけて食べたんじゃないの?」
「そんなことしそうなのは父さんくら……あ」
「え、やっぱり綾人食べたの?」
「断じて食べてない。
いやね、昨日父さんが持って行こうとしてたソフトだなって思って……」
「…………」
「…………」
「…………」
「……父さん、やったかな?」
「たぶんこれは有罪じゃない?」
「電話してみるか」
ポケットからスマホを出し、メッセージアプリの通話機能を使って父とのコンタクトを試みる。
しばらくして、向こうが通話に応答する音が聞こえたので、スピーカーモードにしてスマホをテーブルの上に置く。
「もしもし。綾人、どうかしたか?」
「父さん……僕の持ってたゲームソフト、どこにやった?」
「……君のようなカンのいいガキは――」
「今度帰ってきた時にはご飯抜きね」
遠回しな自白に、僕は自分に行使できる最大の権力を容赦なく使うことを告げる。
というか、漫画のセリフぶち込んでくるなよ。10年以上前の作品だぞ、それ。通じない人も多いだろ。
言いたいならせめて鬼を殺す少年の話から引用してこい。
「ちょ、ちょっと待」
何か言いたそうにしていた父の言葉を遮って、通話を終了する。
信じられない。普通息子のゲームソフト持ってくか!?
「なんというか……どんまい」
そんな慰めの言葉を聞きながら、僕は通販サイトでゲームソフトを購入するのだった。
だって父さん次帰ってくるのいつか分からんのに待てないし。
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