2話「学校から帰ると」
「疲れた……」
毎週月曜日にある体育の授業をこなした僕の体は週の始めとは思えないほどボロボロで、家の鍵を開けながらそう呟いてしまいたくなる状態だった。
「ただいまー」
どうせ返事がないことはわかっているが、いつもの習慣でそう言いながら家に入る。唯一の家族である父親は仕事で家を空けているので、この家にいるのは僕一人だ。
……そのはずなのだが、なぜがテレビの音が聞こえてきた。
先に家に誰かいて時間つぶしにテレビを付けていた……なんてことはあるはずもなく、ただ僕が消し忘れて家を出ただけだろう。
普段はしないミスに少し落ち込むが、くよくよしていても始まらないので、洗濯機に体操着を投げ入れ、部屋に荷物を置いて制服から部屋着に着替え、テレビゲームをするためにリビングに向かう。
リビングでいつものようにソファーに腰掛けようとした瞬間ーー
――僕の高校の制服を着た女子が一人、うつ伏せでソファーに倒れ込んでいたのが目に入った。。
驚きのあまり体を震わせてしまったのも仕方ないだろう。大声を出さなかった僕を褒めてほしい。
「おかえり~」
我が幼馴染であるくるみは、うつ伏せのまま顔だけこちらに向けてそう言う。
その怠惰な様子に思わずため息を吐く。大方、合鍵を使って入ってきたのだろう。僕の家とくるみの家は家族ぐるみの付き合いで、よく家を空ける僕の父は何かあったときのためにくるみの家に鍵を一つ預けているのだ。
しかし……足をパタパタさせるものだから、スカートがなかなか際どいことになっている。
というか、女子はうつ伏せになって胸が苦しかったりしないのだろうか。いや、くるみには苦しくなるような胸なんて……これ以上は考えないでおこう。なぜか寒気がした。
「……くるみはなんで着替えもせずうちに来たの? というか、同じクラスなのになんでそんな早いの?」
「家に帰りにくかったから真っすぐ来た。実はわたしもさっき家に来たところ」
「せめて一回家に帰ってから来いよ……またプリン盗られて喧嘩した?」
「そうじゃなくて……これ」
くるみはそういうと、ソファーの下に雑に置かれていた鞄に手を突っ込んで暫く漁った後、一つの小さな箱を僕に投げてよこす。軽い
……
「……なんでこんなものが鞄に?」
「朝、お母さんに渡された」
「毎回思うけどくるみの家どうなってるの? 年頃の娘にこんなもの渡すものなの? しかもなんか箱開いてるし」
「気になったから一つ開けちゃった。中そうなってるんだね。勉強になった」
「……ねぇ、それやばくない?」
「なんで?」
「だってこのままくるみが家に帰ったらさ、中身が一つなくなってる状態ってことでしょ? しかも僕の家に寄って帰ってる。
これって……僕ら……その……
「あっ……」
全然そんなことは考えていなかったらしく、くるみは僕の持っている箱を見つめてフリーズしている。
気まずい沈黙。
いやね、別に僕らが付き合ってて勘違いされるとかなら仕方ないかなってなるんだよ。でも、僕らは付き合ってるわけじゃない。勘違いされたくないから付き合っていないというのもあるのに、結果的に勘違いされるのは本末転倒もいいところだ。
「異性の幼馴染が毎日のように家に来てるのに何を今更。勘違いされる要素しかない」と言われたら何も言い返せないけど。
「まぁ、開けちゃったのもは仕方ないし、これは捨てたことにして……」
「いや、勘違いじゃなければいいんでしょ?」
「……は?」
「だから、勘違いじゃなければいいってこと。つまり、いまから二人でヤれば解決。ほら脱げ。
据え膳がここにあるぞ? かもーん」
「…………」
仰向けになり、僕に向かって両手を広げハグを待つような体勢になっているくるみ。
男の家でそんな態度を取ったら誰だって『誘っている』と思うだろう。そんなくるみの姿に僕は……
「馬鹿なこといわないのっ!」
手に持った箱を全力で投げつけた。
近距離から投げられた箱をキャッチすることはできなかったようで、胸の少し上に当たってからソファーの下に落ちる。
「毎回思うけど、
「だーかーら、外堀埋められた状態で召し上がれってされても食べる気になれないの! そういうことじゃないの!!」
「……そんなこと言って、わたしが他の人と付き合っちゃったらどうするの?」
「え……?」
「今のうちに自分のものにしておかないと、盗られちゃうかもよ?」
「…………」
「だからほら、今すぐおいしく……」
「いただかないっての!」
くるみの頭にチョップを入れて、深くため息を吐く。
全く、油断も隙もない。一瞬揺らぎそうなこと言いやがって。
「むぅ、つれない」
「だいたいね、そういうのは僕ら二人ともちゃんと大人になって結婚とか考えるようになってからしようよ。高校生なんて早すぎる」
「いやいや、イマドキは高校生でも普通に……ん?
今の言い方だと、大人になったらわたしと……」
気まずい沈黙が二人を包む。
顔を赤くするくるみだが、僕の顔も似たようなことになっているだろう。
「い、いやいや、いやいやいや。僕が言ったのは一般論であって……」
「でも、綾人さっきま『僕ら』って……」
「い、言ってない!! いいからもう帰れよ!! 明日も学校あるんだぞ!!」
「ふーん、綾人もやっぱり乗り気だったんだぁ?」
「そんなことない!!」
全力で否定し続けたのだが、そのあと一時間くらいそのことを言われ続けて、僕は終始恥ずかしさで死にそうだった。
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