世界が変わる、俺たちが変える。
渡貫とゐち
#1 世界が変わる、俺たちが変える。
第1話 初見さん、いらっしゃい
ランダムに選ばれた戦闘エリア。
十歳の少年・ドットの視界に見えるのは、崩れた建物。
大きな瓦礫が周囲に不規則に散らばっており、地形は最悪。
アップダウンの激しい、行き止まりが見えない広大なエリアだ。
足場の悪い中、彼は同時にこのエリアに移動している二人の仲間を探す。
できるだけ目立たないように、身を低くして廃墟の街並みを進んで行った。
(……遅刻しそうな食パンをくわえた美少女とも、今回はぶつかりたくないなあ)
知識の常識が、ある分野に偏っている彼の心配事は杞憂に終わる。
曲がり角を曲がったところで、ぶつかる人物の姿はなかった。だが、このエリアにワープする前に伝えていた仲間たちとの作戦が、あっという間に破られていた。
爆発したわけではないが、爆音したような音が遠くから聞こえてくる。
壊れかけていた建物が、ずずず、と崩れ、灰色の砂埃を舞い上げている。
仲間を呼ぶ狼煙のようだった。爆音はまだ続いており、段々とこちらに近づいてきている。
同じくこのエリアにワープしてきた敵だったらいいな、と思うが、わざわざ音を立てて自分の位置を知らせようとはしないだろう。
この戦いを長くやっている者こそ。
身を隠し、初撃を急所に当て、一発で終わらせるはず。
廃墟という、隠れ場所が多い街並み。その戦法がテンプレートのはずだ。
だから敵ではないのだろう。
だったら……、こんなにも無駄に派手な事をするのは一人しかいない。
たった一人の、馬鹿しかいないだろう。
「あ、ドット、見っけ!」
建物を足場にしながら跳躍し、移動してきた一人の赤髪の少女。その少女の肩には、米俵のように抱えられている、大きめのヘッドフォンが特徴的な、黒髪の少女もいた。
なぜかだらんと手足を伸ばして。そんな様子だと死んでいるのかと思ってしまう。
もちろん、生きているはずだが。呆れて力が抜けてしまったのだろう。
少女が足場にした建物が、どんどん崩れていく。崩壊音が絶えず耳に届く。
順番がくれば少女がいま立っている建物も崩れるはず。
呼んでいないのに、赤髪の少女が建物から飛び降りて、ドットの目の前に着地した。
満面の笑みだった。自分がした事が正しいおこないだと思い込んでいるらしい。
最悪のシナリオを書き出してしまったのだけど、自覚がないのだろうか。
「ほら! 始まったら三人が合流するって作戦、達成できたよ! わったしのおかげー!」
えっへん、と胸を張る。
両手を腰に持っていったので、抱えられていた黒髪少女が、地面に落下した。
「ぐえっ」と呻き声が聞こえたので、やはり生きているらしい。確信が得られたので良かった。
それはともかく。
目の前の馬鹿は、褒めて褒めてと言わんばかりに頭を差し出して待っている。
撫でればいいのだろうか。手を出せば、自然とグーが出る気がする。
理性を保ったまま手を出してみた。予想通りに、ぐーが出た。
容赦なく、たんこぶができるくらいの勢いで、拳が少女の脳天に突き刺さる。
「い、いたいッ!? なんで!? どうしてわたしばっかりーっ!」
「お前なあ! どうしてそう殴られるような事ばっかりするんだ!
三人で集合しようとは言ったけど、騒ぎを起こすなとも言ったぞ!」
はっとした少女が、口に手を添える。
苦笑しながらごめんごめん、と軽く謝ってきた。
反省の色が見えないのでもう一発、脳天に入れておこうと思ったが、そんな余裕もなかった。
足音が三つ。寝起きのようにぐったりしている黒髪少女も、その音に意識を覚醒させた。
「敵がきた」
「あーあ。これ、お前のせいだからな、ルルウォン」
「わ、わたしだって、わざとやったわけじゃないんだけどーッ!」
瓦礫が積み上がっているその山頂。
ちょうど、三つの山が、北、東、南の位置にあり、三人の敵がそこに立っている。
根元が細く、先っぽが異様に太い特殊な形をした剣を、肩にとんとん、とリズムよく叩いている、トカゲのような肌をした魔族の男だ。
緑、赤、黄色。色合いから、ドットは彼らの事を総称して、パプリカと勝手に呼んでいる。
二足歩行。ドットたちとはまるで違う、気味の悪い相手。
「馬鹿な奴らだぜ、さすがは初心者、いいカモだ」
「これだけ騒ぎを起こして、しかも三人も固まってくれてんのかい。
一網打尽にしてくれと言っているようなもんだぞーい?」
「……人間が勝てるほど、甘くない」
ビジュアルの差から、人間であるドットたちの勝ち目は薄い。
もちろん――ただの人間だったらの話だが。
「……これが罠かもしれないって、発想はないのかな、あいつらって」
「ないんじゃない? 向こうは私たちの事をただの初心者だと思っているだろうし、舐めてかかっているんでしょうね」
「まあ、罠じゃないんだけどね。単純にこっちの致命的なミスなだけだ」
ぐりぐりと赤髪少女・ルルウォンのこめかみを両手のぐーで挟むドット。
激痛に悲鳴を上げるルルウォンを解放するのは、数十秒後だ。
「……どうするの、ドット」
「テトラはどうする?」
黒髪少女・テトラは、その質問返しにきちんと考え、
「ミスした張本人にカバーをさせるかな」
「あ、一緒だ!」
「『一緒だ!』じゃないよ! もしかして、わたしにあの三体を押し付ける気なの!?」
目をばってんにして抗議してくるルルウォンだが、できないとは言わせない。
これくらいのパフォーマンスができるポテンシャルを持っている事は、ドットもテトラも把握しているのだ。
「もうー、仕方ないなあ。ドットがお姉さんを頼るなら、無下にはできないしー?」
「落ち着いて、ドット。
いま感情に任せてルルウォンをしばいたら、彼女が乗っている調子を崩す事になっちゃう」
テトラに羽交い絞めにされて、沸騰しかけた思考が冷やされる。
冷静になった。ルルウォンを操るコツは、泳がせること――。
拘束、命令、その要素はルルウォンを暴走させる、引き金になってしまう。
彼女の好きなようにさせて、結果、ハッピーエンドになった試しがない。
敵味方関係なく、互いに不幸になる微妙な被害を、もう受けたくはないのだ。
なのでドットは棒読みで、
「お姉ちゃーん、あの三人をやっつけてー」
「任せて絶対に倒してくるねー!」
一人、無謀にも飛び出していったルルウォンの背中を見つめながら、ドットは一言。
「……なんか、十歳を悪用しているようで、罪悪感」
「じゃあ、私たちは座ってお茶でも飲んでようか」
二人で和んでいる内に、試合は終わっていた。
ルルウォンの放った三つの攻撃によって、トカゲ肌の魔族は、星のようにきらりと輝き、空の彼方へ飛んでいった。
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