第10話見入った

「よく続けられるな、どういう神経してんだ?」


 未練がグラウンドに足を踏み入れると同時に嫌味が飛んできた。

 声の主は顎を突き出し見下ろすように未練を睨む。

 

 ――怖い!ヤンキーだ!


 と思ったが海鈴であった。


「素人が要らん口出して、この様だよ。無能がしゃしゃり出ると碌な事ないね」


 仰る通りかもしれないが、流石に未練も少しだけムッとした。

 言い過ぎではなかろうかと。


「怪我した客の事はどうでもいいのかよ。のうのうと現れやがって」


 痛い所をつく。先程沸いた怒りがスッと冷めた。

 プロ生活を続ける事を決めた未練だったが、事故の被害者にどう落とし前をつけるかは結論を出しあぐねていた。


 治療費は保険適用、球団からは見舞金が出ているとの事。 

 では自分は何が出来るのか、むしろ何もせずに表舞台から消えた方が良いのではないかとも考えた。

 実際、周りの大人達からは引退を望まれている。

 しかし結局未練は継続を選択した。自分の生活の為にである。



 少し離れた所で美々が心配そうに見ている。

 視線を向けると気まずそうに目を逸らした。

 仕方ない、未練は覚悟出来ていた。が、やっぱり少しへこんでしまう。




「おう、やったな!岡本君」


 この日の未練は人気者だ。

 痛い視線を常に感じながらストレッチをしていると、今度は鬼清である。


「君やっぱ只者じゃないな」


 いつも通り舎弟を引き連れてニヤニヤ。悪意があるのが一目で分かる。


「俺も昔は悪くてさ、喧嘩で十人以上病院送りにした事もあんだけどさ、流石に二〇〇人はないわ。凄いなー岡本君は」


 舎弟達大爆笑である。

 愛想笑いをしながらも、さっさとどっかに行ってくれと願う未練。


 なんとなく鬼清達の後ろに目をやると夏美が近付いてきている。





 夏美とは練習入りする前の球場外でバッタリ会っていた。

 流石練習熱心な夏美、集合時間前から球場周辺のランニングをしていたのだ。


「辞めないんだ、そっか。私の予想大外れだったね」


 先日感動の別れをしたばかりだった為、気恥ずかしい空気が流れる。

 だが夏美は笑顔だった。

 未練も頑張って笑顔を返す。


「続けるなら応援する。困った事あったら言って。助けになれるか分からないけど、私が出来る事はするから」




 絡まれている未練を見兼ねて、早速助けてくれるつもりなのだろう。

 未練は夏美に視線をやり、首を横に振って制した。

 こんなくだらない事に巻き込んでもしかたない。


「なになになになに岡本君、まさか俺らにも天罰下す気? 怖! 降参降参、俺らの事いじめないで」


 未練の願いもむなしく、鬼清達はしばらく居座った。




 ようやく鬼清も去り準備運動を終えキャッチボールの相手を見つけなければならなかったが、多くのチームメイト達は遠巻きに未練に視線を投げるばかりで近付いてきてはくれない。


 さてどうしよう、とキョロキョロしているとまたまた夏美が近付いてくる。

 相手をしてくれるつもりかもしれない。

 今度は掌でストップをかけた。今未練に関わるとチーム内で浮いてしまうだろう。

 二度も親切を拒否された夏美は不満顔である。

 そんな顔もかわいいなあ、未練は思った。


 とはいえキャッチボール相手は必要だ。

 未練は油を探した。

 油なら最初から浮いている。何も問題はない。

 が、油はどこにも見当たらなかった。

 おそらく喫煙所にでもいるのだろう。


 困ったな、と。

 一度断った手前、夏美に頼むのは恥ずかしい。

 油を待つか、なんなら探しにいこうか、未練は迷った。


「キャッチボール、一緒にやってくれるかい?」


 香水の甘い香りと共に声をかけられた。

 しっとりとした落ち着いた声。

 振り向くと腰まで届く長い髪の男が立っている。



 男の名前は美修院益造びしゅういんますぞう、強肩世代最後の投手である。

 年齢はこの時点で五九歳、大ベテランになる。

 油と同い年だがとてもそうは見えなかった。

 油の弛んだ体型と比較して、長身でスラリとスマート、筋肉質で引き締まった体。

 オーバーサイズの皺つきユニフォームをだらしなく着る油に対し、しっかり体にジャストフィットさせピシッと着こなしている。

 猫背で靴を引き摺って歩く油と違い、背筋がピンと伸び指先まで神経が行き届いている。


 思わず息を呑み見つめてしまう未練。


「君と一緒にキャッチボールをしたいんだ。いいよね?」


 ぐっと近付いた美修院に未練はコクコクと頷く。

 近くで見ると長い髪は艶がなくパサパサ、薄く化粧を施した顔は皺が目立ち、香水と体臭が混じり合い独特の匂いがする。




「君はきっと辞めると思っていた。あまり強そうな人間には見えなかったからね、意外だったよ」


 美修院の声はしっとりと落ち着いてはいるが張りがあってよく通る。

 キャッチボールの距離があっても未練にしっかり届いた。


「勘違いしないでくれよ、責めてる訳じゃない。ギャップがあるのは悪い事じゃないって話さ」


 キャッチボールではあるが美修院は綺麗な回転のいい球を投げる。

 六十手前とは思えない。


「ファンあっての我々プロだからね、パーソナルな部分も魅せていかないといけない。セルフプロデュースってやつだね。そういう意味でギャップは武器になる」


 美修院のフォームは美しい。

 未練はついついじっと見つめてしまう。


「君はデビュー戦で大きなインパクトを残した。あまりいい意味ではなかったけどね。さしずめ神に盾突いた異界の反逆児って所かな、このインパクトを武器にするのか払拭するのか、どうセルフプロデュースしていくか楽しみにしているよ」


 美修院は不敵な笑みを浮かべた。

 離れて見ると皺が目立たない為か綺麗な顔立ちだ。

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