第11話干された

 事故から二ヶ月、未練はしっかり干されていた。

 球団上層部や野球連盟から、神保監督に圧力がかかっているという噂もある。

 が、未練にははっきりとは分からない。

 神保は何も言わないし、未練も聞かなかった。



 そもそも予想はしていた。

 謝罪行脚でプロ続投の意思をお偉いさん方に伝えると皆呆れていた。

 未練の自主退団は規定路線だったようで、おじさん達もそのつもりで話していたらアレアレアレといった感じである。


 怒り出す御仁もおられた。

 野球連盟理事長、村剛は初めは軽口を叩いていたが、辞めないと分かると同席していた野歩に詰め寄った。


「どういう事?」


 野歩は焦りながらも状況を説明する。

 契約上、未練を辞めさせることは出来ない。

 未練は人間の身でありながら神に反逆し大惨事を引き起こした訳だが、実際やった事と言えば意見を言った、只それだけである。

 これでは契約解除の理由にはなり得ないだろう。法律が味方である。


 野歩の説明を受け、村は口を利かなくなった。

 何を言ってもそっぽを向きだんまりを決め込んでいる。

 野歩は汗びっしょりで、実に気の毒だった。

 粛々と事務手続きを済ませれば良かっただけの筈なのに、とばっちりで神経をすり減らす事態に。

 未練も申し訳ない気持ちでいっぱいである。



 謝罪の際は、球界スポンサー関係は野歩、競技技術庁等の公関係は野歩に加えて異沼、異世界人組合には江藤がそれぞれ付き添った。

 異沼は更にやつれてしまっていたが対応は落ち着いていた。

 ストレス過多で開き直っていたのかもしれない。

 お偉方のネガティブな反応に動じず、必要な説明をして頭を下げた。


 事を終え、流石に異沼にお礼と謝罪をした未練。


「続けるんなら頑張って結果出してくれよ。そしたらこっちも報われるから。約束な」


 異沼は薄く笑顔をみせた、のかもしれない。

 実際は疲れで表情筋が働かないのか、薄い変顔にしかならなかった。



 因みに江藤が未練の意思を知ったのは謝罪時である。

 江藤の圧力が強すぎて言い出せなかった為だ。

 江藤は怒り狂った。

 あまりに怒るのでお偉いさんの方が冷静になる程であった。



 とにかく未練のプロ継続にはあまりいい反応は得られなかった。

 彼らは各界の権力者達な訳で、未練の現状も予測出来たという訳だ。

 異沼との約束も果たせないかもしれない。




 只、未練は腐っていなかった。

 全く気持ちが沈まない程に図太くはないが、そこまで繊細でもない。ある程度覚悟もしていた。

 試合への帯同も許されず孤独な日々を、ひたすら練習に打ち込み受け流していく。


 孤独で誰にも相手にされないが故に気付ける事もある。

 未練は自分が思っていたよりも野球が好きだと。

 球団から見放され一人でシコシコ練習をするのが野球と言えるかは置いといて、たまに飛んでくる冷たい視線や嫌味を除けばさほど雑音を気にせず取り組む事が出来る。



 かつて未練は短期間ではあるものの中学シニアチームに所属していた事がある。

 チーム毎に事情が異なるのは承知の上で誤解を恐れずにいえば、常識の通用しない世界であった。

 最高権力者の総監督を頂点としてその下に現場監督、コーチと続く組織。

 強豪高校に強力なコネを持つ総監督の言葉は絶対で、一般社会では到底受け入れられないような事が平気でまかり通る。

 チーム内において総監督が間違いを犯す事はあり得ない、何かあった場合は全て現場監督、コーチ、選手の責任となった。


 選手の人権はチームへの貢献度で決まる。

 優秀な選手は大切にされるが、未練のように平凡な選手は奴隷としてチームへ貢献しなければならない。

 容赦ない罵声や、時には体罰を受けながらも選手達は自ら進んで奴隷になろうとする、そんな世界だった。


 野球を進路にするつもりのなかった未練はとっとと逃げ出した訳だが、本来は辞めるのも簡単ではない。

 離脱者の情報は横のつながりで共有され、狭い世界の中では進路の妨げになる事もあった。


 未練が硬式ではなく、軟式を選んだのにはこうした経緯もある。

 この経験から未練は野球界を純粋な目で見る事が出来なくなっていたのだが、野球そのものは楽しいものと改めて気付いた次第である。



 練習中は孤独ではあったが唯一連絡を取り合っているチームメイトがいた、夏美だ。

 野球が楽しい事を伝えると夏美は嬉しそうな反応をみせた。

 夏美は未練とは比べ物にならない位、野球が大好きなようでその話題になるとテンションが高い。

 日々の試合の話を事細かに報告してくれる。

 孤独な練習を経て野球愛を取り戻しつつあった未練だが本来野球はチームスポーツ、そしてやはり醍醐味は試合だ。

 夏美が眩しく感じると同時に、試合を恋しいと思うのだった。


 この練習で未練の球速は自己最速を更新し、MAX一三四まで伸びていた。

 着実に実力はついている、少しだけだが自信もあった。

 さて後は披露する場だが、どうしたものか。




 その時は突然やってきた。

 未練は監督室に呼ばれる。


「火曜の試合お前先発な」


 来た、未練の中で一気に緊張が高まる。

 だが同時に疑問でもあった。

 いいんですか、と聞いてみた。


「お前が戦力になる事なんて大分前から分かってる、いいんだよ別に」


 この時チームは連敗中、お世辞にもいい状態とは言えなかった。

 チーム立て直しのカンフル剤として未練に期待してくれているともとれる。

 しかし神保の言い方はどこか投げやりであった。


「お前が気にする事じゃない。選手は使われた場所で仕事してりゃいいんだよ。後は俺の責任。その結果、俺をどうするかはあいつらの責任だ」


 連敗中の監督として神保がファンからぶっ叩かれいるのは知っている。

 それとあくまで噂ではあるが球団上層部からも相当締め付けをくらっているとも。

 思い通りの采配は出来ていないようだ。


「もういつ辞めたっていいよ俺は……好きにしてくれって感じ。最後にやりたいようにやって終わりだ」


 無気力に吐き捨てるように喋る神保。


「監督ってもっと楽しい仕事だと思ってたんだけどな、俺のやり方が悪かったのかね」


 答えようがない。未練に出来るのは野球だ。

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