第8話投げた
バッターボックスに入った相手打者大ゴを見て未練はビビりあがった。
デカ過ぎるだろこいつ……どこに投げても打たれる気がする。
実はさっきから足がガクガクに震えていた。
満員の観客の圧に気圧されていたのだ。
試合は既に開始されている。もう後戻りは出来ない。
パニックに身を任せ、小便チビり糞漏らし泣き喚いて全てを投げ出せばこの場はどんなにか楽になるだろう。
しかしその後は地獄が待っている。
異世界の恥は掻き捨てというが、元の世界に帰れる当てなどない。
ウダウダしていたら遅延行為ととられる。
急かされるように初球ストレートを投げた。
ヤバい!と一瞬で悟った。
未練の初球は上手く指にかからず、高く抜けた。
身長三メートル越えの大ゴにとっては打ち頃ど真ん中にボールは吸い込まれていく。
こりゃ打たれるなと。未練は覚悟した。
ブォン!大きな風切り音を残し、大ゴは空振りした。
一回表ノーアウトランナー無しカウント0-1
大ゴは面食らっている、ような気がする。
大ゴとは違う世界の住人である未練には大ゴの表情を正確に読み取る事は出来ないが、そんな風にみえる。
実際大ゴのスイングは未練のストレートよりも随分遅れていた。
いけるのかこれは?半信半疑のまま、そろそろ二球目を投げなければならない。
二球目ストレート。
今度は指にかかりボールを上手く制御出来た感覚があった。
外角低めの球に大ゴの体が反応する。
ヤバいかも!未練は肝を冷す。
が、反応したのは体だけでバットは出てこなかった。
神の判定はストライク。
神の意思は電光掲示板にて示される。
ノーアウトランナー無しカウント0-2
大ゴは未練を見つめている。
多分驚きの表情で。
いける……かも、と思うと未練の心臓の鼓動は変化した。
さっきから激しく動悸はしていた訳だが、今までの不安と恐怖の鼓動とは全く別の、高揚感のある胸の高鳴り。
体の震えの余韻は残っているが、治まりかけてはいる。
追い込んだ。三振取れる……未練は投球動作に入った。
三球目ストレート
よし、いい球、自画自賛である。
パスッ……ボールはバットにかすった。かすっただけである。
スイングのタイミングも遅く、差し込まれている。
ボールはフラッとライト方向に上がった。
フラフラ……打球が伸びている。
体のデカさは伊達ではないようだ。
バットにボールが当たればそれなりに飛ぶ。
スタンドまでは届かないよな……未練は打球を見守った。
ライトの宮本島がボールの落下地点に入る。
打球を見極め冷静にグラブにボールを収めた。
ドゴッ、と音を残して宮本島の体が低く吹っ飛んだ。
相手チームの羅コ地のタックルを受けた為だ。
宮本島の体は外野グラウンドを十メートル程、転がって止まった。
ボールはセンター方向を転々としている。
久米村が素早く駆け寄り捕球、内野に向かって送球した、と同時にブコ岩のタックルを受け吹っ飛ぶ。
三塁方向に逸れたボールを大谷川清香が処理、巨ダのタックルをかろうじてかわす。が、ギ土ベがすぐに迫る。
ボールを持ったままではタックルを受けてしまう。
大谷川は体勢を崩したままボールを送る。
ボールはツーバウンドした後、鬼清のグラブに収まる。
ガ武が迫る。
鬼清は今までの選手とは違った。
ガ武に一睨みを利かせ、取り巻きの一人五村圭介とスクラムを組み低い体勢で迎え撃つ。
鬼清と五村は飛んだ。
ボールは鬼清の手からこぼれてマウンドで棒立ちになっている未練の足元に転がる。
思わず拾う未練。
ズシンッズシンッと音を立てながらコ剛ドが向かってくる。
未練の背筋が凍る。
この爆弾をとっとと手放さねばならないが体が動かない。
「こっち!」
未練の体が声に反応する。
声のした方向へ向けボールを押し付けた。
ボールを投げた後気付く。
ボールの押し付け先は夏美だった。
未練のボールを夏美が受けとった、時には既にギ土ベがすぐ横に来ていた。
必死に回避しようと体を捻る夏美。
メキョッ、横からのタックルを受け、体が曲がる夏美。
そのまま宙を舞い地面に叩きつけられた。
夏美のグラブからボールが転がり、それをゲゴ岳が奪取。
ゲゴ岳は本塁へ向け猛ダッシュを始めた。
本塁を守るのは扇の要、油賢夫。
油はどうぞどうぞと言わんばかりに易々と本塁を明け渡した。
ゲゴ岳は無人の本塁にトライを決め五点、さらに気ジ力がゴールキックを決め二点、計七点がビッグフットに入った。
東京0-7広島
レフトスタンドの広島応援席は沸きに沸いた。
大歓声に太鼓やラッパの鳴り物。
異世界の音楽は未練達にとっては独特で、只々無軌道に叩き吹き鳴らしているように聞こえる。
未練は只見ていた。
なんだこれは……めちゃくちゃじゃないかこんなの、こんなのは……
――こんなの野球じゃない
異世界人との野球は対戦相手によってルールが変わる。
広島ビッグフットはきちんとルールを守ってプレイしている。
未練も事前にルール説明はされており分かっていた筈だが、いざ目の当たりにすると気持ちがついていかない。
グラウンドには東京野球団の選手が転がっている。
夏美もまだ起きあがれないようで、球団スタッフが数人で囲んで様子を見ている。
神が目に入った。
微笑みをたたえ、宙に浮いている。
カチンときた。
言わねばならないと未練は思い歩き出す。
とはいえさっきから足の震えがぶり返している。
宙に浮く神は得体が知れず正直怖い。
既に本塁上の神に狙いを定め歩を進めていたが、やっぱ止め……未練はすぐに思い直した。
しかし足が止まらなかった。
止め止め……中止、と心に念じたが、震える足はヨタヨタと歩を進めてしまう。
すぐ側で見る神の顔は人間の物よりやや大きく、肌艶良くツルツルピカピカしている。
プラスチックの様な質感だ。
未練は言葉に詰まった。何を言えばいいのか具体的に考えてはいなかった。
「あの……すいません……」
言葉を絞り出した。
「今のはっ……おかしくないでしょうか……こっちの守備中に相手が割り込んでくるのはさすがにルール的にっ……おかしいのではないのと……」
雲が出てきたのだろうか、スタジアム全体が暗くなる。
神は無言である。そもそも喋るのかどうかも分からないが。
「体の大きさが違い過ぎますし、このルールは無理があるのではないかと……こんなの公平とは言えないっ……後、単純に危険です。一回表でこんなに怪我人がでるのは異常ですよ」
空気が急に冷えてくる。
神の表情はほとんど変わらない、少し悲しそうな顔になった気もするが気のせいかもしれない。
「誰がこんなルール決めたんですかっ……おかしいですよこんなのって、こんな……こんなの……」
――こんなの野球じゃない
口に出すのを躊躇った。
言ってはいけない気がしたからだ。
ピカッ閃光、ドドガガシャンッ雷鳴、ビリビリビリビリッ地鳴り。
突然、近距離で鳴り響いた。
反響して球場全体がブルブルと振動している。
客席には大勢の人が倒れていた。
パチパチと音が鳴り小さな火が上がっている場所もある。
至る所で悲鳴が上がりパニック状態である。
地獄絵図の球場に、激しい雨が降りだす。
未練は客席から神に視線を移した。
神の表情は変わらず微笑みをたたえている。
二〇二一年三月二六日に行われた東京野球競技部隊VS広島ビッグフットの試合は、客席から二三三人の重軽傷をだし一回表、怒天中止となった。
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