僕の彼女
滝の原 みっく
〈1〉
彼女が死んだ。インドア派で、白くて細身の彼女。
いつも僕の疲れを癒してくれる、かけがえのない存在だった。
彼女はいつも風呂場にいて、僕の帰りをそっと待っていた。
「おかえり」も、「お疲れ様」も、言って欲しいことは何一つ喋らないけど、
ただそこに居てくれるだけで良かった。
そんな内気なところも可愛いと思っていた。というより、彼女は人間ではない。
シャワーヘッドなのだから当然だ。
傍からみれば異常かもしれない。人以外に恋愛感情を抱き、意思疎通もないまま勝手に「彼女」として接しているのだから。
けれどそんな事はもうどうでもいい。彼女は死んでしまった。
最近やたら首を横に振ると思っていたら、頭とホースを繋いでいる金具が腐食し、ユルユルと嚙み合わなくなっていた。絶望という2文字が脳内ででしゃばる。
どうしてこんなになるまで気づかなかったのだろう。
今すぐに人間であることを辞めたくなった。
気休めで買ったつまらないカレンダーを見て思う。
今日が土曜日で、燃えるゴミの日は火曜日だから、彼女の葬式は3日後か……。
頭の中では淡々としているけれど、彼女の寿命が尽きたなんて信じたくなくて、気づいたら万引きをしていた。
右手に握りしめていたのは税込で15円もしない棒状のスナック菓子で、
「サラミ味」と書いてある。これといって好きでも何でもない味だった。
覚えていないが、きっと焦っていたのだろう。放心状態でも度胸の無さは拭えないようだ。
店員にはバレずに済んだが、もうあのコンビニには行けないな。
淡々とそんなことを思った。今の僕に罪の意識はまるでない。
ただただ頭の中で忽然と、スナック菓子の咀嚼音がこだましていた――
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